第一に対戦相手が大物中の大物だ。33歳のロマチェンコは世界王座を失って以来8ヵ月ぶりの復帰戦だが、前回際どい判定で敗れるまでは主要メディアのパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングでトップ争いの常連だった。

 北京、ロンドン両五輪で金メダリストになり、プロではフェザー、スーパーフェザー、ライトの3階級でチャンピオンになった。アマチュア時代の戦績は396勝1敗とされている。プロ2戦目で世界王座に挑んで失敗したが、その再起戦(3戦目)で獲得成功と破天荒な記録を達成した。

 サウスポーの構えから多彩なポジション、アングルで繰り出す左右の激しいパンチは正確無比。対戦した相手がパンチを当てようにもあえなくフットワークで外され、逆に打たれるを繰り返す。そうやって降参に追い込むパターンは「ロマチェンコ・ストップ」などと表現される。クオリティーがあまりにも高く、付いた異名が「Hi-Tech」(ハイテク)あるいは「AI」とはよく言ったものだ。要はちょっと人間離れしたボクシングなのである。

 そのロマチェンコが昨年10月、テオフィモ・ロペス(アメリカ)に判定負けした一戦は世界を驚かせた。もちろんロマチェンコの勝ちを支持する声はあったし、ライト級では小柄であることや古傷の右肩が万全でなかった等の敗因が指摘されもしたが、ロペスがすばらしいボクシングを披露した事実を抑えこむほどの説得力はない。

 プロ2度目の黒星を喫したロマチェンコ(14勝10KO2敗)はこれを機に1階級下のスーパーフェザー級に戻るのではないか、という憶測もあった。しかし元チャンピオンの選択はリベンジだった。ロマチェンコ側からみれば、今度の再起戦は自らの商品価値を再び強く印象づけるための大事な一戦なのである。

 とくに2018年にライト級に上げて以降は報酬も一段とアップした。120万ドル(ホルヘ・リナレス戦)、200万ドル(ホセ・ペドラサ戦)ときて直近の3試合はいずれも300万ドルを超えている。キャリア17戦目で2度目(!)のノンタイトル戦となる中谷との試合は、さすがに世界戦同様とはいかないが、階級的にも稼げるのがライト級である。

 ロマチェンコはいまなおPFP10傑に名を連ねている。“PFPファイター”の試合は主要メディアの注目度も違う。その対戦コーナーに立つ資格を中谷が得たのは画期的である。

 今のライト級であること――これも中谷の挑戦を価値あるものにする要素だ。もとより欧米が市場の、日本にとっては高嶺の花の階級だった。あろうことか、そのライト級がヒートアップしている最中なのである。

 統一チャンピオンのロペス(16勝12KO)のほかデビン・ヘイニー(26勝15KO)、ライアン・ガルシア(21勝18KO)、複数階級を股にかけるジャーボンテイ・デービス(24勝23KO)といずれもアメリカの無敗スター候補がひしめき、実力のたしかなベテラン勢も充実している。

 そんな激戦区で中谷が今度のチャンスを手にしたのは偶然ではない。

中谷への期待感

 大阪生まれの32歳は興國高校、近畿大学でアマチュアを経験し、井岡ジムからプロ入り。高校時代の同級生である井岡一翔(現Ambition)や宮崎亮らと汗を流し、7戦目でOPBF(東洋太平洋)ライト級王者となった。これを同級最多となる11度防衛し、2019年7月には米国メリーランド州でIBF(国際ボクシング連盟)挑戦者決定戦に出場した。

 この時の相手が現王者ロペスだった。中谷は善戦及ばず判定負けで初黒星を喫し、ここで一度引退を表明してしまう。惜しむ声は当然あがった。中谷自身、限界を悟ったわけではないが、現実的に再びライト級で世界を目ざす決断は容易なものではなかった。海外戦略に実績のある帝拳ジムに移籍したのも、その環境を求めてのことだ。

 移籍初戦は昨年12月、いきなりラスベガスで世界ランカーのフェリックス・ベルデホ(プエルトリコ)と決まった。中谷は序盤に2度ダウンしつつも大逆転の9回TKO勝ちを収める。ロペス挑戦を計画していたベルデホを食った中谷は一躍ライト級戦線のキャストに。そこに、無冠となっていたロマチェンコからオファーが届いた。

 ロペスに健闘している中谷をロペスよりもいい内容で破って、リベンジ戦へのアドバルーンを上げる――ロマチェンコの王座復帰へのシナリオにこれほど手っ取り早いものもない。ロマチェンコ戦を放送するテレビ(ESPN)が、世界タイトルマッチでない試合の重要な相手としてゴーサインを出したのは、中谷にそれだけの実績があるからだ。

 本番まで2週間を切った時点で、英国大手のブックメーカー(ウィリアムヒル)はロマチェンコが1.06倍、中谷8倍と大差の賭け率を出し、ほかも似たようなものである。ただし、ロマチェンコ優位は仕方ないとして、中谷に勝ち目がないとは決して言えないという声があるのも事実である。

 ロマチェンコより12センチ長身で、リーチも14センチ長い中谷のサイズを生かした間合いと、やや変則的なリズム、何よりメンタル面の強さ。ロマチェンコが敗北からの復帰第1戦であることもこの試合の不確定要素だろう。中谷のボクシングが「AI」の精密さを崩す期待感はある。勝って中谷が得るものは大きい。世界ライト級王座挑戦者としての認知のみならず、立て続けにアメリカからチャンスがもたらされるはず。

 ラスベガスを舞台にしたハイリターンの一戦を見逃す手はない。


VictorySportsNews編集部