さて、新型コロナウイルスで世界が一変して日本のボクシング界もいまだ激動の中にある。試合数は減り、とくにビッグイベントの世界タイトルマッチは国内開催のリスクが大きく主催者側は慎重にならざるを得ない。国内で行われた世界タイトルマッチをみると、一昨年(2019年)は17試合だったものが昨年(2020年)はたったの2試合。そのうち1試合が年間最高試合に選ばれた井岡と田中恒成(畑中)との一戦だった。
昨年大みそかの田中戦も、主催者の井岡側は徹底したコロナ感染予防対策をとって開催にこぎ着けた。あれから8ヵ月――新型コロナウイルスの猛威は収まるところを知らないというのが現状だ。しかも今回は海外から挑戦者を招くのだから、前回以上にイベント実現には困難さが伴う。平時なら本番の大体2ヵ月前に行われ徐々にムードを高めていく世界戦の発表が直前になったのもそのためだ。井岡側関係者は「スポーツ庁、国の指導にすべて従った上での実施」と言う。
挑戦者ロドリゲスは来日後、規定に則り入国後2週間が隔離期間となる。まず3日間は指定ホテルの部屋で完全隔離、その後、滞在先のホテルの1フロアを借り切って“バブル”をつくるという。この間も練習場以外へは外出ができない。
しかもこれはロドリゲスのみならずそのチームにも適用されるため、経費(滞在費)がさらにふくらむ。コロナ禍でプロモーターが海外選手との国内世界戦に二の足を踏むのも当然なのである。井岡-ロドリゲス戦が何ごともなく行われれば、海外から対戦相手を招へいする世界戦としては、昨年11月の中谷潤人(M.T)-ジーメル・マグラモ(フィリピン)戦以来2例目となる。
騒動以来初のリング
大規模イベントの開催制限は相変わらず続いている。井岡-ロドリゲス戦は観客を入れて行われる予定だが定員の50パーセントが上限。せめてチケットで可能な限りペイしたいのがプロモーターの心情だ。世界戦に限らず、コロナ禍では限られたチケットの代金、とくに最安価の券種が値上がりしている。井岡-ロドリゲス戦にしても最も安いチケットで1万円である。
8月末を期限にする緊急事態宣言の解除の見通しが微妙とも言われ出す中、予断を許さない状況は続く。ビッグネーム井岡の試合はTBS系列で全国放送が決まっているため、主催者は最悪の場合、無観客興行となっても開催する意向だ。
そしてもうひとつ、今回井岡が否が応でも注目されるのが、先の田中戦のドーピング検査をめぐる騒動に巻き込まれて以来初めてのリングであることだ。
あの試合のドーピング検査で井岡から禁止薬物が検出されたと大騒ぎになったのは記憶に新しい。結局、調査でJBC(日本ボクシングコミッション)によるずさんな検査と手続きの瑕疵が認められ、井岡は7月中旬に公開の場でJBC永田有平理事長から謝罪を受けた。
井岡側は名誉回復措置やしっかりとしたドーピング検査の体制の確立、JBCの体制一新などを求めているが、とくに不信感を強めることとなったのが、JBCが検査実施機関としての正当な手続きを取らずに警察への情報提供を行った点。これにより警察の家宅捜索を受けたショックは「謝って済む問題ではない」(井岡)と、この点JBCへの態度は硬化させたままである。それでも永田理事長の直接謝罪を受け入れたのは、これをひとつのけじめとし、ボクサーとして集中して前に進むためだった。
JBCが取り組みだしたドーピング検査新体制の構築には相応の時間を要するためロドリゲス戦には間に合いそうにないが、井岡は「ドーピング検査に関してはJBCの方に任せるしかない。僕はいつも通り、正々堂々とやることをやる」と決意を述べている。
普通のボクサーが経験したことがないリング外の重圧下にあって「世界戦を勝ちきるほうが難しい」と言ってのけられるのは、数々の苦境に直面しても乗り越えてきた井岡ならではだろう。ここまでの間も地道に黙々とトレーニングを積み、ロドリゲス戦に向けた調整は順調な様子。並の精神力ではこうはいかない。「前回同様、レベルの違いを見せるつもりでやります」(井岡)