試合後、パッキャオは決断こそ保留したものの引退を示唆するコメントを出し、欧米のメディアも次々と関連記事をあげている。「ボクシング史でいかなる地位を占めるか」と、稀代の英雄のキャリアの総括するところもある。
パッキャオの数々の偉業でも特筆されるのは、軽量級から中量級まで6階級の世界王座を獲得したことだ。この記録は長いボクシング史でほかにオスカー・デラホーヤ(アメリカ)しか達成していない(パッキャオについてはアメリカの老舗専門誌リングの認定タイトルを含めて8階級という認識もある)。
いや、さらに上がいる!?――というのは女子の話である。今回はプロの女子ボクシングの偉業をいくつか紹介したい。
まず複数階級制覇から。プエルトリコにアマンダ・セラノというチャンピオンがいる。現在はフェザー級王座に君臨する32歳のセラノは、スーパーフライ級からスーパーライト級までの7階級を制覇した。これだけでも驚異的だが、普通なら階級を順に上げていくところを、セラノは「上げて、下げて、また上げて」と体重の増減を繰り返してタイトルを集めていったのである。
極めつけが、2018年9月にスーパーライト級を獲って、わずか4ヵ月後には6階級下のスーパーフライ級で戦っていること。実に24ポンド(10.9キロ)落としている。常識ではまず考えられない。
ここまで40勝30KO1敗1分の見事なレコードのセラノは女子のPFP(パウンド・フォー・パウンド)トップを争う選手である。8月29日に次期防衛戦の予定。
続いて女子随一の人気選手、ケイティ・テイラー(アイルランド)。元アマチュア選手の父の指導を受けてジュニアから活躍し、女子ボクシングが初めて正式競技となったロンドン五輪でライト級金メダルを獲得。リオの後、プロに転向した。
プロでは18戦全勝6KO。7戦目で初の世界タイトルを獲ると、ライバル王者との対決を順次こなし、2019年6月にメジャー4団体の完全統一に成功した。この一戦でファイトマネーも跳ね上がり、100万ユーロ(約1億2800万円)を超えた。このテイラーが現在の女子ボクサーの稼ぎ頭だろう。
アメリカのクラレッサ・シールズも実績がすごい。アマチュアでロンドン、リオのミドル級を連覇した(米国選手初)。2016年11月にプロデビューすると、11戦で3階級を制覇。なんとミドル級とスーパーウェルター級の2階級でメジャー4団体統一を果たしている。
その自信は揺るぎなく、男子のトップ選手であろうと勝てると豪語する女傑。米国を代表するチャンピオンだが、そんなシールズの“最新ファイト”はさる6月の総合格闘技の試合だった。ボクシングに相手がいなくなったからではない。ボクシングの待遇に不満があったからという。シールズのボクシングでの最高報酬は1試合35万ドル(約3800万円)だったそうだ。
日本の選手ではどうか。WBA(世界ボクシング協会)フライ級チャンピオンの藤岡奈穂子(竹原慎二&畑山隆則)が代表格だ。24歳でボクシングを始め、アマチュアを経てプロに転向。ミニマム級を皮切りにバンタム級まで、こちらも5階級の世界チャンピオンに輝いた。そして現役世界チャンピオン最年長の46歳になったいまも堂々トップを張っている。
さすがにセラノの記録を追うつもりはないようだが、今年7月に藤岡はかねてからの念願だった米国デビューを果たした。2年のブランクもなんのその、カリフォルニアのリングでメキシカン挑戦者に判定勝ち。
押しも押されぬチャンピオンに1万ドル(約110万円)とされるファイトマネーは安すぎる印象だが、それでも本場進出という大きなステップを踏んだ藤岡の意欲は健在で、さらにその先を見ている。世界チャンピオンを4人抱える日本の女子ボクシングは、まだまだ選手が報われていない現状がある。藤岡のようなトップボクサーの活躍が発展につながってほしいものである。