逃げること

  血走った眼で周囲を威嚇しながら、まるで練達のドリブラーのような身のこなしで雑踏を駆け抜けるマナブ。私も慌てて彼の後に続き、追いつくと、無理やりタクシーに突っ込んだ。「何があったんだ」と問うと、ぜぇぜぇと激しく肩で息をしながら答える。

「九州から遊びに来たっていう、ね、ゼェゼェ、チンピラの、ゼェ、ゼェ、小僧3人組をぼったくりに案内したらさ、ハァァ、1時間後店から出てきて、『てめえ、こらっ』って追いかけてきやがって。まあ、ね、よくある話ですよ」
 
 ほどなく、客引き排除の条例違反で逮捕されたマナブは、何十万円かの罰金を食らい、街から姿を消した。

カスバ

 15歳で家を飛び出してから一度も自分で部屋を借りたことがないマナブは、小銭があればサウナに泊まり、なければ路上に転がる日々を送ってきたが、このときは池袋の公園に居を定めた。
 
 ポン引き時代に手に入れた携帯電話を即刻売払い、酒とドラッグをたっぷりと買い込んで噴水の前に座ったマナブは、ゆっくりとジョイントをくゆらせながら、真顔で話しかけてきた。

「一緒にカスバに行きませんか?」
「大丈夫か、お前」
「知ってるでしょ、アルジェのカスバ。行ってみたいんですよ」

 マナブは草をキメたり、泥酔すると、決まってカスバの話をした。どこから仕入れてきた話なのか、こんなことを言う。

「日本で言やぁ、西成みたいなとこらしいですよ。おれみたいな犯罪者が身を隠すのにはうってつけの街です。でも西成じゃあ、粋じゃないでしょ。カスバの阿片窟にでもシケこんで、たっぷりキメたら、肉肉しい淫売を買って楽しみましょう。おれ、奢りますから」
 
 いったい、いつの時代のカスバなのか。それに戸籍がどこにあるのかもわからないと語る男に旅券が取れるわけもない。だが私は合わせた。「いいね。マナブと行ったらきっと最高だろうな」
 
 そう言うと彼は満足げな顔で頷き、ジョイントを持つ手を私に差し出すのだ。

奢りますよ

 もうひとつ、忘れられない思い出がある。

 ある夜、久しぶりに公園を訪れ、噴水の前でマナブと飲んでいると、急に獰猛な顔つきとなった彼は、肉食獣のように瞳をあちらこちらへと走らせはじめた。視線の先にはベンチに寝転んだ酔っぱらいのスーツの男だ。

 マナブは「ちょっと待っててください」と立ち上がると、スタスタと男のもとに歩み寄り、「大丈夫ですか? 気持ち悪くないですか?」と親切げに声をかけながら、体を揺さぶった。男は目覚めない。

 戻って来たマナブの手には革財布だ。中を確認すると3枚とちょっと。彼はおもむろに抜き取ると、私の目をまっすぐに見つめて「誕生日おめでとうございます。少ないですけど、取っといてください」と言い、抜き取った金のすべてを私に握らせた。池に投げ捨てた財布が水面でぷかぷかと浮いて光っていた。

 マナブは熟練のかっぱらいだった。日々の飯と酒はすべて万引き。ドラッグや女が欲しくなると、路上で潰れた酔っぱらいを標的にスリを働いた。そしてそんな日は公衆電話から私に決まってかけてきて、こう言うのだ。「ちょっと金入ったので、一杯どうでしょう? 全部、おれが奢りますんで」

マナブも走る

 公園暮らしが3年を過ぎた頃、マナブは路上でもんどりを打って転倒し、救急搬送された。公園で暮らす仲間たちのために、近所のスーパーマーケットでうな重弁当数個を万引きしたところを店員に見つかり、全力疾走で逃げていたときのことだったという。
 酒毒に侵され、たえず足がつって困るとは聞いていたが、病状は深刻だった。緊急の連絡先として渡してあった、私の名刺を見た病院が電話をくれたのだ。すぐに駆けつけると、マナブはどす黒い顔で、酒臭い息を吐きながら、ベッドで泣いていた。
 「あのくそばばあ、淫売のくせしやがって!」
 その後、彼は、忌み嫌っていたボランティアの連中に拾われ、生活保護の受給が決まり、築50年のアパートで数年間暮らしたが、疫病禍の直前、腐臭に気づいた近隣の通報で血と体液にまみれた屍体となって発見された。
 彼がくそばばあと言っていた実の母親からも、親戚からも遺体の引き取りを拒絶され、結局、無縁仏として区営墓地に埋葬された。私は役所にどこの墓地かと尋ねたが、「個人情報なのでお答えできない」の一点張り。
私にできるのは、ごくたまに公園の噴水前に座り、カップ酒を啜りながら、奴の走る姿を思い出してやるぐらいだ。

【スポーツを読む】走る、逃げる、思い出す(前編)

根本直樹

 1967年、群馬県生まれ。立教大学・文学部仏文科中退。『週刊宝石』記者を経て、フリーランス。編著『歌舞伎町案内人』(李小牧/角川文庫)を始め、在日中国人社会の裏側やヤクザ、社会の底辺に生きるアウトサイダーを追い続けている。著書に『妻への遺言』(河出書房新社)など。