東南アジアの難民

 ど根性男の本間にジョンソンは次々とアパートを任せた。半年も経つと、本間はアパート5棟、計60戸もの管理責任者となっていた。

 やがて東南アジアの難民家族がそのアパートへ引っ越して来るようになった。ベトナム、ラオス、タイそしてラオスの山岳部族のモン族等の難民である。難民に住居を提供すると、州政府から補助金が出ることになったので、アパートのオーナー達は積極的に難民を受け入れたのだ。

 東南アジア難民が移り住むようになってから、彼らのパワーに圧倒されたヒスパニック系の住民たちは次第に、本間のアパートから追い出され、後には東南アジアの難民達の親戚、友人、知人家族が次から次と移って来た。

 これらの民族・部族は、それぞれがグループを形成し、各棟に分かれて住むようになった。だが、民族間の歴史的対立やいがみ合いはかなり強いようで、ベトナム人とタイ、ラオス人あるいはベトナム人とモン族は、時おり激しい言い争いをした。そこは、デンバーに突如誕生した「東南アジア避難民アパート地帯」となった。

 この東南アジア難民のアパート定住化は、本間にとっては有難かった。政府から補助金が出るため、頭痛の種だった家賃の不払い問題や室内破壊問題が解消したからだ。

コロラドの虎

 本間の管理する5棟のアパートは、その4棟が東南アジアの難民たちの城となり、ヒスパニック系の住民たちの砦は、最後の1棟となっていた。そのアパートには毎日のように十数人の不良達が出入りし、ドアを蹴破るはカーテンに火を付けるはと狼藉を働いていた。もちろんアパート代も払わない。

 本間は、彼らの悪行の現場を押さえるべく、しばしば張り込みをしていたのだった。ある日、それも真っ昼間に事件は起こった。数人の不良が窓ガラスを割って、女性の部屋に乱入、 
そしてレイプに及んだのだ。

 以下、本間からは「武勇伝のようにとられる話を書くのはやめてほしい」と再三にわたって拒絶されたが、山本の強い願いと筆によって書かれたエピソードを記しておく。

 本間は凄まじいその物音と女の叫び声に驚き、「お前ら何をやっているんだ!」と怒鳴りながらその部屋に駆け込んだ。だが敵の数が多すぎる。7、8人はいる。ストリート・ファイターの連中は、本間を取り囲み錆び付いた釘がささった角材を持ったり、ポケットナイフを抜いたりして今にも本間に襲いかかってくる体勢だ。

「表に出ろ!」と怒鳴って本間は通りに飛び出した。不良達に取り囲まれた本間は、リーダーらしき男に狙いを定め、両手を広げて胸の前に構え、じりじりと間合いを詰めて行った。

彼らは本間の隙のない構えと鋭い眼光、そしてその迫力に威圧されて攻撃を仕掛けることが出来ない。騒ぎを聞きつけた近所の住人達が集まり周りを取り囲み始めた。本間と不良ヒスパニックとの決闘を見物しようと、東南アジア難民達も集まり周囲は黒山の人だかりとなった。

やがてけたたましいサイレンを鳴らしてパトカーが現場に駆けつけた。ポリスがやってきては強姦魔達も逃げざるを得ない。彼らが逃げの体勢に入ったその隙を狙って、本間は猛烈な攻撃を掛け、リーダーとその子分数人を取り押さえた。

「日本青年正義感に燃え犯人逮捕!」との見出しで、翌日の新聞(デンバーポスト)に本間の記事が写真入りで出た。アパート住人の東南アジア難民家族達からは「さすが合気道の本間先生、大したもんですな!」と賞賛の嵐となった。そしてその事件以降、本間は何回も不良連中を捕まえることになるのだが、それはまさに命を張った闘いであった。
デンバーの貧民街ファイブポイントにおいて、命を張って奮闘する日本の武道家・本間を、東南アジアの難民達はいつしか畏敬の念を持って「コロラドの虎」と呼ぶようになった。

この事件によって、本間の合気道教室の生徒はうなぎのぼりに増加することになる。

詐欺師と元米兵軍団

 だが当時の本間にはまだグリーンカードが無かった。

 一日も早くグリーンカードを取得しなければと、本間が思い悩んでいた頃、言葉巧みに近寄ってきた日系三世の紳士がいた。不動産会社の社長をしているというその男は、既に10人近い日本人のグリーンカード取得に協力したと言い、「グリーンカード取得にはスポンサー(保証人)が重要なんですよ。私があなたの永住権取得のためのスポンサーになってあげましょう。腕利きの弁護士と相談してグリーンカード申請の準備をしましょう。弁護士費用として4千ドルが必要です。用意できますか?」

 人を騙すということを知らない本間は、彼の紳士的な態度とその言葉を信じ虎の子の4000ドルをその男に渡した。それは本間の全財産であった。

 1カ月が経った。その男からの連絡は全くない。心配になった本間はグリーンカード取得進捗状況を問いただした。男はその都度「明日になれば……」、とか「来週にはきっと……」などと言ってのらりくらりと逃げ回る。

本間が日系人の知り合いにその話をすると、「本間さん、あの男は博打打ちのハスラーで、日系人コミュニティでは評判の詐欺師だぞ。あんたも運が悪かったな」

合気道の達人を自負する自分が、いとも簡単にあの男の口車に乗り、虎の子の4000ドルを渡してしまった。情けなくて悔しくて夜も眠れない日が続いた。

そんな窮状を知った道場門下生の米兵軍団が立ち上がった。

「本間先生、私たちに任せて下さい。必ず解決します!」

 米兵軍団はそう言い残し、男を締め上げに行った。帰ってきた彼らの報告は次のようなものであった。

「あの男は移民局の所在地すら知らない大ペテン師です。残念ながら借用書がないので、男に渡した4000ドルは返ってきません。でもグリーンカードはなんとかします」

 米兵軍団は、米国に帰国していた元米兵の仲間や三沢基地に残っている米兵たちに呼びかけて嘆願書を作成し、移民局に提出した。

「本間館長は日本武道・合気道のマスターであり、我々は米国空軍三沢基地勤務時代に、多大なる恩恵を受けた。多くの士官・米兵が彼の弟子となり訓練を受けた。特に若い米兵には家族のよう接し、我々は大変お世話になった。また米軍が不利益を蒙る行為の未然の防止にも多大な功績があった」

 嘆願書の提出から3カ月後、本間は念願のグリーンカードを取得することができたのだ。三沢空軍基地からの弟子である門下生たちをこれほど頼もしく思ったことはなかった。


Project Logic+山本春樹

(Project Logic)全国紙記者、フリージャーナリスト、公益法人に携わる者らで構成された特別取材班。(山本春樹)新潟県生。外務省職員として在ソビエト連邦日本大使館、在レニングラード(現サンプトペテルブルク)日本総領事館、在ボストン日本総領事館、在カザフスタン日本大使館、在イエメン日本大使館、在デンバー日本総領事館、在アラブ首長国連邦日本大使館に勤務。現在は、房総半島の里山で暮らす。