チャンピオンに輝いたのは、ニューヨーク・ニックス。前トム・シボドーヘッドコーチ(以降HC)のもと研鑽を積んできた大都市の古豪は、決勝のサンアントニオ・スパーズ戦で選手個々の能力を理解、信頼し、的確な選手起用を行ったマイク・ブラウン新HCの指揮下で第3クオーター終盤から逆転劇を起こして勝利。頂点に立ったのは、NBAファイナルでレイカーズを下した1973年以来となった。

 一方、最後に力尽きたスパーズは、デンバー・ナゲッツ、ヒューストン・ロケッツなどそうそうたるチームが名を連ねる西カンファレンスCグループで、身長224㎝の大スター、ビクター・ウェンバンヤマを故障で途中欠きながらも3勝1敗と1位通過。準々決勝のレイカーズ戦では“ビジター”の立場ながら好ディフェンスと突破力を発揮して大勝し、準決勝と決勝が行われるラスベガスへの切符を手に入れた。ウェンバンヤマが約1か月ぶりに復帰した準決勝では、開幕から24勝1敗だった昨季の王者オクラホマシティ・サンダーを相手に熱戦の末、勝利。ウェンバンヤマと有能なガード陣が繰り広げるオフェンス、そして賢明なディフェンスが光った。

 「NBAカップ」の試合は、決勝戦以外はレギュラーシーズンゲームのうちの1試合として行われる。そのため最後の2チームは全82試合よりも1試合多くプレーすることになる。

 だが、利点はある。

 今季、1999年以来のNBAファイナル進出を目指すニックスは、2年前と3年前は東カンファレンス準決勝で悔しくも敗れ、昨季は同決勝進出もNBAファイナルを逃した。そんなチームにとって準々決勝以降の勝ち抜き戦を勝ち上がり、優勝トロフィーを高く掲げる経験をしたことは確固たる自信になったに違いない。特に大事な局面で控え選手らが活躍したことは大きく、選手間の信頼度もぐんと上がるきっかけとなった。

 主力に若手が顔を並べるスパーズは、過去2年NBAカップの決勝で敗れたインディアナ・ペイサーズとサンダーが昨季ともにNBAファイナルに進出したように、今後「強豪」の仲間入りになることを大きく期待させるチームとなった。ミッチ・ジョンソンHCから選手まで勝利を信じて必死に戦い、敗れたあとに悔しさを剥き出しにしていた姿は、プレーオフでの躍動につながりそうだ。

 「この構想は、リーグオフィスで約15年間話されていたことだ」。NBAのアダム・シルバーコミッショナーは、レギュラーシーズン中にトーナメントを行うことを発表した際にそう言った。

 NBAの開幕時は米プロフットボールNFLとカレッジフットボールのシーズン真っ只中。アメリカで圧倒的な人気を誇るアメリカンフットボールにどうしてもスポーツファンの注目が行きがちだ。

 試合の緊迫感が高まり、プレーオフのようにファンがハラハラしながら視聴する機会。NBA観戦を選択する機会。選手に負担をかけず、チームとしての活動が中断しないかたちでそれを与えるために何をすればいいのか―。

 「スポーツにおいて、これは新たな発想ではない。特に世界のサッカーを追っている人にとってシーズン中のトーナメントは、長く続いている伝統だ」と同コミッショナーが言うように、ヨーロッパのサッカーをモデルにしながら、浮かび上がっては停滞していた取り組みが、ようやく実を結んだ。

 約2か月に及ぶポストシーズンを戦い抜いた末に得られる優勝ほどの価値はないかもしれないが、レイカーズのJJレディックHCがスパーズとの準々決勝を前に「何かを目指して戦うもう一つの機会。わくわくしている」と話したように、王座を目指して戦うことは、いつでも選手にモチベーションを与える。しかも8強入りから賞金があり、今季設定された優勝チームの賞金は、本契約の選手1人につき約53万ドル(ツーウェー契約選手はその50%)だ。

 今季を例にとると、グループプレーの試合が行われるのは10月31日から11月28日までの毎週金曜日と、順位が決まりはじめる11月25、26日。これらの試合が行われる日は「カップナイト」と呼ばれ、同トーナメントのために特別にデザインされたコートでプレーするなど通常のレギュラーシーズンゲームとの違いを出した。

 その効果は1年目から表れ、ESPNとTNTで全米中継されたグループプレーは、前年の同様の放送期間と比べて視聴率が26%上昇。ローカル局は20%増加した。準決勝のペイサーズ対ミルウォーキー・バックスは、東時間の午後5時開始だったにも関わらず平均160万人が視聴し、続くレイカーズ対ニューオーリンズ・ペリカンズは平均217万人の視聴者を集めた(SportsProより)。

 NBA競技運営部門の幹部ジェームズ・ジョーンズ氏は、今季準々決勝に勝ち進んだ8チームについて「若いチーム、実績のあるチーム、スーパースターのベテランや新進気鋭の才能ある選手たちが揃っている」とし、「1年目のペイサーズがそうであったように、このトーナメントを機に自信をつけ、ファイナルを目指すチームが出てくること。それこそが、このトーナメントがもたらすチャンス。今季は素晴らしいシーズンになる」との見通しを語った。また同氏は、普段見ることのないチームや選手の強みをファンがシーズンの浅い時期に発掘できることも「NBAカップ」のメリットに挙げている。

 「チームや選手にとって、1シーズンで2つの優勝トロフィーを手にすることほど最高なことはない」。現役として14年プレー、マイアミ・ヒートとクリーブランド・キャバリアーズでレブロン・ジェームズとともに3度の優勝を経験し、ジェネラルマネジャーとしてフェニックス・サンズをNBAファイナルと「インシーズン・トーナメント」準々決勝に導いた経歴を持つジョーンズ氏は、そう言って笑みを見せた。

 「NBAカップ」の準決勝は来季から観客がさらに盛り上がる上位シードのホームでの実施が決まっており、決勝戦の開催地も別の場所で行うことを検討しているという。

 グローバリゼーションを重んじ、常に進化を図るNBA。新たな試みは今後も続いていきそうだ。


山脇明子

著者プロフィール 山脇明子

米ロサンゼルス在住ライター。同志社大学野球部マネージャー、関西学生野球連盟委員を経て、フリーアナウンサーとしてABCラジオ「甲子園ハイライト」のキャスター、野球場内アナウンサーなどを務める。1995年渡米後は通信社や雑誌社等でNBA、MLB、学生スポーツを中心に取材、執筆。