赤門旋風

 “赤門軍団”という呼称、それは重要文化財に指定されている東京大学本郷キャンパスの赤門(旧加賀屋敷御守殿門)に由来する。東大の象徴ともいうべき歴史的建造物から運動部を指す言葉として定着した。その中の一つ、運動会硬式野球部(野球部)が歴史に残る壮絶な優勝争いを演じた季節があった。45年前の1981年春季リーグ戦。赤門軍団が巻き起こした季節外れの台風は神宮の杜を席巻。快進撃は“赤門旋風”と名付けられ往年のファンにとって今も語り草となっている。

 吹き荒れる暴風に最初に晒されたのは開幕戦で対戦した法政大学だった。PL学園で甲子園を制覇し、後にプロ野球でも一時代を築く木戸克彦さん、西田真二さん、小早川毅彦さん、といったスター軍団ひしめくラインナップを相手に6ー2で勝利。結果的に1勝2敗で勝ち点は奪えずも、この開幕戦勝利が赤門旋風の呼び水となった。その後、早稲田大学に2試合連続完封勝ち、慶應義塾にも2勝1敗。同一シーズンに早慶から勝ち点を挙げる東大史上初の快挙を達成する。第4週を終えて5勝3敗の勝ち点2。首位明治大学に次ぐ2位で第5週の立教大学との対戦を迎える。このシリーズは互いに相譲らず第四戦までもつれた。その1回戦をスタンドから観ていた明治大学の名将・島岡吉郎監督は勝利した東大に「強い。明治と東大の試合が優勝戦になる」と言葉を絞り出した。島岡御大に決戦の覚悟をさせたその力は、紛れもなく本物だった。しかしこのシリーズは1勝2敗1分で勝ち点奪取ならず。第7週の明治大学戦にも連敗を喫し、赤門旋風は終焉を迎えた。もしかしたら優勝するかも?強い東大は野球界を大いにザワつかせた。優勝したのは明治大学だったが、主役は間違いなく4位の東京大学だった。6勝7敗2分。自己の持つシーズン最多勝利記録を塗り替え、4校(法政、早稲田、慶應、立教)から勝利を挙げたのは1958年秋以来23年ぶり。記録尽くしのシーズンはこうして幕を閉じた。

大山雄司投手

1959年4月生 170cm 68kg(現役時)東京学芸大学附属高校出身 理科Ⅰ類 卒業

 高校時代、もともと三塁手だったがチーム内にストライクを効率良く投げられる投手がおらず制球に優れた大山さんが務めることになった、というのが投手転向のきっかけ。東京大学では1年春からリーグ戦登板を果たしたが、度々痛打を浴びた。コントロールが良いだけではだめ。ボール半個分の出し入れが出来る精密な制球力が必要不可欠だと学び決意を新たにする。大学2年の時、大沼徹氏が監督に就任。マンツーマン指導を受ける。また大学院生だった平野裕一コーチのトレーニング科学を取り入れた練習メニューでフィジカルを鍛え徐々に頭角を現す。3年時の1980年は春7試合:1勝2敗 31回2/3 防御率3.41 秋10試合:1勝4敗 36回2/3 防御率4.91と目立った数字は上げられなかったが、79年秋の3試合登板で5投球回、防御率21.26からは飛躍的に成績を伸ばす。迎えた1981年春。コーチの平野氏が監督に就任すると才能は一気に開花。球種はストレート、カーブ、シュートにフォークとスライダーが加わった。10試合登板:5勝2敗 61投球回 防御率1.62を記録し、赤門旋風の立役者の一人となる。なお1シーズンに5勝を挙げた東大の投手は1925年秋の東武雄さん以来となった。

松本慎之介投手

松本慎之介投手。2005年1月12日生172cm 83kg 國學院久我山高校出身 理科Ⅱ類

 2022年 センバツ大会・高知高校戦。2番手で登板。5回83球2失点で勝利投手となる。その前年。秋季東京都大会を制しセンバツ当確を決めた後、殿堂入りの元メジャーリーガー、イチローさんが同校を訪れ薫陶を受けた世代の選手でもある。卒業後、東京大学へ進学。1年春から神宮のマウンドを経験。2025年10月4日の慶應義塾との1回戦に先発して白星をマーク。甲子園と神宮の両方で勝利を挙げた東京大学の投手は1934年の梶原英夫さん以来91年ぶり2人目。昨秋のシーズンは8試合に登板(先4)2勝3敗 防御率3.41でチーム2シーズンぶりの勝利に貢献する。1シーズンに2勝以上をマークした東大の投手は2017年秋の宮台康平さん(元北海道日本ハムー東京ヤクルト)以来8年ぶり。しかし、春のシーズンは5試合登板(先1)0勝1敗 防御率6.57と結果を残せなかった。一夏の間に如何にして急成長を遂げたのか?「真っすぐで縦変化、伸びが圧倒的に足りていない。球質から変えていきたい。低めにしっかり制球できるように。長いイニングを投げるためには必要となる」「秋に照準を合わせて自分のピッチングスタイルを確立する。秋に先発で1勝か2勝はしないといけない」(2025年春・松本投手談)有言実行で目標だった先発で2勝。投球回も春の12回1/3から秋は29回と倍以上に増えた。コメントにあったようにしっかり低めに制球できるようになった一端が垣間見えた。与四死球(11個)が多いのは修正点だが、防御率が大幅に改善され安定感が増した。左投げ左打ち。ストレート、スライダー、カーブ、フォーク、チェンジアップを駆使。打者の手元でボールを動かして芯を外し内野ゴロで仕留める。

 両投手とも同じポイントに気付き、より高いコマンドを得ることが飛躍のきっかけとなる。同じ理系、サイズ感もほぼ同じ。いかにして理想のピッチングスタイルを確立できたのか?一番知りたいのはそこだが、折しも春季リーグ戦開幕直前だったため、シーズン終了後に機会を頂けるよう取材許可願を提出。筆者が立てた仮説を検証して完結、という形に企画を少しだけ軌道修正した。ということで是非ともご本人への直球質問を実現して急成長の謎を解き明かしたい。大山さんとの共通項が多ければ、同じサクセスロードを歩んでいる証左となり秋に向け期待は更に膨らむ。

 ボールを受ける明石健捕手、二遊間を組む秋元諒内野手、樋口航介内野手、そして今季主将に就任した堀部康平内野手にもお話を伺い、松本投手がそれまでと何かが変わったと試合中に実感したのはいつか?を確認する。松本投手が得た手応えとバックが感じた変化。このタイミングが時を同じくするならば、そこが覚醒への胎動が始まった瞬間となる。その仮説についてもしっかり検証していきたい。

大久保裕監督

 2019年より助監督として指導に当たり2023年11月4日、監督に就任する。1981年、赤門旋風の立役者の一人であり、主将で遊撃手、主に三番を務めた。大山雄司投手をチームメイトとして、松本慎之介投手を教え子として、同じユニフォームに袖を通し成長を見守ってきた。両投手の長所から共通項を探り、松本投手が今季以降、東大投手陣の大黒柱となる可能性について率直にご意見を頂戴したい。

勝ち点

 東京六大学野球リーグ戦は勝ち点制を採用している。公式サイトには、“6校総当たりで、同じ対戦を、どちらかのチームが「2勝」するまで行う。同じ対戦で2勝したチームに「勝ち点1」が与えられ、勝ち点の数で順位を決定する”とある。東大が優勝争いをするためにはまず勝ち点を挙げる必要がある。しかし70連敗(1987~1990)や94連敗(2010~2015)、64連敗(2017~2021)といった大型連敗に苦しむ時期が幾度かあり、連敗を止めたことが大きな話題ともなってきた。そんな中、2017年秋のシーズンに15年・30季ぶりの勝ち点をマークする。北海道日本ハムからドラフト7位指名を受けることになるエース左腕の宮台康平さんを擁し法政大学に連勝。こちらも89年ぶりという快挙だった。これ以降、東京大学は勝ち点を挙げていない。ただ2016~2025年までの10年間・20シーズンで勝ち星なしに終わったのが11シーズン。残りの9季では勝利を挙げ、複数勝利も3回を数える。したがって次なる目標は約9年ぶりの勝ち点奪取となる。ではそのために何を改善するべきなのか?45年前との数字の比較で分かることが一つある。

・攻撃力
1981年春:14試合:425打数79安打 打率.186 総得点28 平均2.0
2025年秋:12試合:381打数70安打 打率.184 総得点25 平均2.08

・投手力
1981年春:14試合 125イニング 失点28 自責28 防御率2.02
2025年秋:12試合 104イニング 失点78 自責64 防御率5.54

・失点
1981年春:14試合で失点28。1試合平均2点
2025年秋:12試合で失点78。1試合平均6.5点。
5失点以上の試合が81年春は2試合だったのに対し昨秋は8試合。二桁失点も3回。投手力に大きな開きがある。

・失策数
1981年春:14試合:失策数-14
2025年秋:12試合:失策数-14 暴投-12 捕逸-1 

 “投手力の整備”改善ポイントはこの一点に尽きる。45年前はエース大山さんに次ぐ2番手の國友充範さんの存在も快進撃を支えた重要なピースとなっていた。

國友充範投手 1981年春:5試合(先4)30投球回 1勝2敗 防御率1.80

 大山、國友の“2本柱”がしっかり試合を作り、水原義孝さん、大小田隆さんといったゲームメイク出来る投手も控えていたからチームとして安定した戦いが出来た。つまり、柱の育成と、それに次ぐ2番手、3番手の確立が必要となる。昨秋にエースとして期待された渡辺向輝投手は9試合(先4)0勝4敗 33回2/3 防御率6.95と調子が上がらず。また期待の新戦力は、兆しはあったものの台頭には至らず。松本投手が活躍するも投手力の底上げはできなかった。だが2人の右投手に見え始めた”兆し“が希望をつないだのも事実。

池田剛志投手(2年):3試合 5回 防御率1.80
佐伯豪栄投手(4年):9試合(先1) 9回2/3 防御率3.72

 この両名、昨秋は規定投球回数(24)に未到達ながら一定の数字は残した。2人が安定して力を発揮すれば、投手陣の層は間違いなく厚みを増す。松本投手がエースに覚醒する前提にはなるが、東大最大の懸念材料が払拭される可能性が高まる。が折しも変革期。今春から東京六大学でも導入されるDH制が各大学にどのようなメリット、デメリットをもたらすか?に左右されることも否定はできない。ただ、東大には強い味方がいる!昨年から打撃コーチを務めている荒井幸雄さん。プロ野球のヤクルト、近鉄、横浜で活躍、また1984年のロサンゼルス五輪・野球で金メダルを獲得した球界のレジェンド。1987年のセ・リーグ新人王。プロ15年間で培った打撃理論、セパ両リーグでのプレーやコーチとしての経験値が、必ずやポジティブな力を引き出してくれるに違いない。

仮説、そして検証へ

 筆者がなぜ今季の東京大学に注目したのか?それは、覚醒間近のエース候補が飛躍の可能性を秘めている、1981年春の赤門旋風で活躍したレジェンドと共通項が複数ある、その快進撃の当事者でもある大久保裕さんが現監督である。この3点が揃ったことが偶然とは思えなかったからだ。複雑に絡み合った運命の糸が過去と現在を結び付けた。45年前に世間をあっと言わせた東京大学。開場100年の神宮球場、節目が重なるこの年に大きな波が起きるならこれほど劇的なことはない。東大がジャイアントキリングを連発し熱い風を巻き起こせたら、筋書きのないドラマのスクリプトを書き換えられるかもしれない。この時代に生まれた野球ファンとして、球史に何かが刻まれる瞬間に立ち会いたい!そんな想いからこの“がんばれ!東大”ともいうべき企画は始まった。

シーズンは始まったばかり!

 東京六大学野球の春季リーグ戦は4月11日(土)、東京大学vs明治大学でシーズンの開幕を迎えた。東大は開幕戦を松本慎之介投手に託した。130km/h台後半のストレート(最速は143km/h・自己最速)と切れ味抜群のスライダーのコンビネーションに、時折大きなカーブも交え昨年秋の覇者・明治の強力打線に立ち向かった。結果は5回1/3、102球、被安打8 失点2 自責2 奪三振7 四球2 死球0で勝ち負け付かず。チームは2-3で惜敗、開幕戦を勝利で飾れなかった。「7回2失点の想定だったが少し早く降りてしまった」試合後、自身のゲームプランとの乖離を口にしながらも投球内容には手応えを感じていた。「1点差だが、その1点が大きい」エースとして試合を作るだけでは満足せず、その先の勝利、勝ち点を見据えているからこそ厳しい現実も受け止める。「今季は1戦、3戦に先発して勝ち点を目指します」貪欲に勝利を追求し周囲の期待に応えるために八面六臂の活躍を心に誓う。残念ながら明治とのシリーズは0勝2敗に終わり勝ち点奪取はならなかった。だが、力の覚醒と自覚の芽生え。新たなエースの誕生は、東大に大いなる可能性を芽吹かせた。シーズンはまだ始まったばかり。ここから巻き返すチャンスは十分ある。

 筆者は一人のベースボールジャーナリストとして。スタジアムで可能な限り、彼ら赤門軍団の戦いをつぶさに見届け記録と記憶に留めたい。シーズン終了後、今度は取材で考察を重ね記事を完結できるよう万難を排し臨む。

 最後に。“願わくは、歴史の証人にならん事を心から祈る” 本稿の結びとして、この一言を添えさせて頂きたい。


参考文献
敗れても、敗れても 東大野球部「百年」の奮戦(門田隆将氏著)
4years. ( https://4years.asahi.com/article/16120601)
Big6 Scorebook(https://big6scorebook.jp/)
大学野球 2025秋季リーグ戦 決算号(ベースボールマガジン社)
東京大学野球部(ベースボールマガジン社)


渡邉直樹

著者プロフィール 渡邉直樹

1967年4月8日生まれ 東京都出身  1993年7月:全国高等学校野球選手権西東京大会にて”初鳴き”(CATV) /1997年1月:琉球朝日放送勤務(報道制作局アナウンサー)スポーツ中継、ニュース担当 /琉球朝日放送退社後、フリーランスとして活動中 /スポーツ実況:全国高等学校野球選手権・東西東京大会、MLB(スカパー!、ABEMA) /他:格闘技、ボートレース、花火大会等実況経験あり /MLB現地取材経験(SEA、TOR、SF、BAL、PIT、NYY、BOS他)