間近で予感した充実ぶり
31歳の若隆景は3月の春場所で勝ち越した後、右肘負傷で途中休場した。夏場所は右肘にサポーターを装着しながら、25場所ぶりという3番目の長期ブランクを経て賜杯を抱いた。183センチ、138キロと決して大柄ではないが、地道な稽古を証明する筋肉質の体。鋭い踏み込みから前傾姿勢で厳しくおっつける攻めは、理にかなった技能相撲でもある。
大躍進を早々に予言していた人物がいる。若隆景のまげを結う一等床山の床仁。これまで横綱日馬富士や関脇安美錦(現安治川親方)らを担当し、次の名古屋場所で大関から関脇に転落する安青錦も任されている59歳のベテランだ。場所の前半、こう話した。「昔からよく、力士の体の調子は首に出ると言われますが、今場所の若隆景関は首から肩にかけての筋肉がものすごく充実している印象です」。首も強さを支える大切な部位の一つ。例えば優勝25回の横綱朝青龍は出番前、支度部屋の壁にタオルをあてがい、そこに鬼気迫る表情で額をつけて圧力をかけ、首の鍛錬を欠かさなかった。反対に、特に幕下以下で引退が近い力士は首が細くなっていくとも言われる。床山は力士の体を後ろから間近に見る立場だけに、説得力のある床仁の見立てだった。
実際、若隆景は尻上がりに力強さを増していった。14日目には若手の琴栄峰を左右のおっつけから電車道で押し出し。優勝決定戦でも右差し、左おっつけで大関を一方的に土俵から出した。4年前の初優勝の後、右膝の大けがで一時は幕下まで転落。あきらめずに再びはい上がったからこそ、余計に輝く復活劇となった。涼しげな目元に精かんな顔つきで、集中力を存分に漂わせる風情。余計なことをしゃべらない姿は古風そのものだ。令和の相撲界では貴重で、これから紹介するようなさまざまな波及効果をもたらしている。
人気の理由と先取りコラボ
次の本場所が開催される名古屋で、優勝を先取りするような企画が話題となった。3年前から日本相撲協会のオフィシャルホテルに参画するストリングスホテル 名古屋。7月の本場所に向けた大相撲とのコラボの一環で、若隆景と次兄の幕内若元春で彩ったデコレーションルームを昨年に続いて用意した。名古屋場所観戦チケットなどが付いた宿泊プランを15日間分売り出したところ、「大波兄弟」の部屋は三つあるプランのうち最初に完売した。
若隆景が人々を引きつけるものは何か。もちろん、おっつけを駆使した技能賞7回の取り口は好角家を魅了する。それに加え、ストリングスホテル 名古屋で企画に携わる廣石由美子さんは、こう説明した。「女性にとても人気があります。普段あまり笑わない方なので、たまに笑うのを見るととても魅力的に映ります」。夏場所千秋楽、土俵下での優勝インタビューで「朝、子どもたちに優勝してねと言われたので、優勝した姿を見せられて良かった」と語ったシーンや優勝パレードなどで垣間見せた笑みは、「ギャップ萌え」を呼び起こしている。同ホテルはチャペルやアフタヌーンティーなども好評で、女性がメインターゲットの一つ。角界は〝スー女〟と称される女性ファンにも支えられて人気が続いており、現状とうまくリンクした試みとなった。
機運醸成の面で相撲協会の施策は見逃せない。本場所開催都市ごとに現地のホテルとオフィシャル契約を締結。協会の担当者は「我々と一緒になって新しいことにチャレンジし、新時代を切り開いていってもらえるような存在」。土俵を中心とした伝統を継承しながら、必要な点では進取の精神を発揮している。廣石さんは「割と攻めた企画ですが、相撲協会には深くご理解とご協力をいただいています。若隆景関が優勝したので、さらにお客さまに喜んでいただけるような案を考えています」と前向きだ。
群雄割拠がもたらすもの
一方で、夏場所では歴史的に初の現象が起きた。千秋楽に7人に優勝の可能性が残る大混戦。星のつぶし合いで優勝力士の成績はまたしても12勝3敗だった。1場所15日制が定着した1949年夏場所以降、4場所連続で優勝者が13勝未満だったのは初めて。優勝45回の横綱白鵬が「横綱としての勝ち越しは12勝」と言っていた日は遠い昔で、突出した存在がなかなか現れない過渡期が継続している。
今場所も15日間満員御礼の大盛況。幕内の激しいせめぎ合いは全体に波及している面があり、館内の風景の変化に絡んできている。「お茶屋」と呼ばれる相撲案内所に属するベテランの出方(案内役)はこう明かした。「最近はお客さんの入りが早まっています。以前は企業の接待も多くて午後からの来場が目立ちましたが、最近は幕下以下にも注目力士や応援するお相撲さんがいるせいか、常連さんでも午前中から次々にいらっしゃいますね」。連日、午前4時半起床で歓待の準備をしている。
その言葉通り、幕下以下も熱かった。中でも幕下最下位格付け出しでデビューした大森、そして〝史上最強の新弟子〟とも評された旭富士が大きな関心を集めた。伊勢ケ浜部屋所属の旭富士は三段目優勝。序ノ口から3場所連続の各段制覇を果たし、最初からの連勝を21に伸ばした。24歳ながら安定の内容に、稽古場の様子も知る伊勢ケ浜一門関係者は「イメージとしては、機動力のある照ノ富士(元横綱、現伊勢ケ浜親方)のようだ」と絶賛。来場所は幕下上位に浮上することが予想され、大きなけががなければ瞬く間に群雄割拠の幕内に割って入りそうな勢いだ。
6月はパリ公演が開かれ、若隆景の所属する荒汐部屋では福島県や長野県で合宿を予定。豊昇龍、大の里の両横綱らが名古屋場所で戻ってくる場合、若隆景は大関とりの足場固めに向けて、いかに持ち味を発揮するのか。各地で優勝の祝福を受けながら鍛錬する1カ月を迎える。