初先発初完封
10月3日。第4週の早稲田大学vs東京大学で早大・安田虎汰郎投手(3年・日大三)が完封勝利を挙げた。116球、被安打3、奪三振5、四球1。リーグ戦初先発にして初完封の快挙はチームに追い風を吹かせ始めた。試合後、小宮山監督は「(安田先発は)色々とチーム事情を鑑み、ちょっと前から考えてました」と起用の経緯に触れた。「プランとしては5回くらいで後は他の投手を突っ込んでというつもりでした。そこから一人ずつ増やしていって、球数も少なく本人が行きたいというので行ってもらいました。完封はなかなか出来るものではないです」と愛弟子の快投を称えた。
1151日ぶり
安田投手が“前回”、完封勝利を挙げたのは2023年8月9日。夏の甲子園1回戦vs社(兵庫)まで遡る。この年の3月、日大三高の小倉全由監督が勇退し、三木有造監督が就任。新監督の甲子園初陣を完封勝利で飾った。その日から1151日。試行錯誤の日々を乗り越え辿り着いた至福の瞬間。この日の主役は苦境に立たされたチームを救えた喜びに満ち溢れていた。
どん底からの飛翔
早大進学後の2024年、1年生で神宮デビュー。春季は6試合登板で防御率は0.00。秋も登板5試合で防御率は1.59。代名詞のチェンジアップを武器に結果を残しさらなる飛躍が期待されたが、翌年から成績が伸び悩む。そして2026年春、5試合登板0勝0敗 4回2/3で被安打8 失点7・自責5 防御率は自己ワーストの9.64まで悪化した。「ずっとチームに迷惑をかけてきた。自分の結果というよりチームにマイナスなことばかりしてきてしまった。だから何とか、という想いで冬を越えて、夏も一生懸命練習してやっとここまで来られました」自分の好不調がそのままチームの成績に響いてしまう。野球というスポーツの難しさに苦しみながら、“それでも仲間のために”と前を向き、来たるべきその時に備えた。
1日100球 1週間で500球
この日は100球を越えても球威は衰えなかった。ストレートは最終回にも143km/hを計測。筆者は尋ねた。「無尽蔵のスタミナという感じですが、どんな取り組みをしてきましたか?」答えはシンプルだった。「毎日100球の投げ込みで1週間に500球がノルマでした。コントロールやテンポを身に着けようと投げ込みを続けました。だからスタミナには自信があります」投手の命ともいえる肩のスタミナを養うために毎日100球の苦行を自らに課した。「打者が素振りをするのと同じで投手は投球練習が大事だと思っています」凡事徹底という言葉がある。“当たり前のことを手を抜かず徹底してやり抜く”これを地で行くような努力が快挙につながった。いまピッチングで求めていることは「調子が悪い時にどうやって修正したらいいのか。この感覚を100%掴めるように」一段高いフェーズを目指してリーグ戦を戦っている。
エースは同期でラーメン仲間?
リーグ戦通算7勝(10月8日現在)、いまや大黒柱として投手陣を支える高橋煌稀投手(3年・仙台育英)とは同学年。「煌稀が打たれたら仕方がないと(皆が)思える投手。自分は足を引っ張ってきたのでその分しっかり抑えていきたい」同期への想いと共に自らの活躍を誓った。去年までは授業の後、一緒にラーメンを食べにいく間柄。「最近は行っていないので、また行きます」最後まで笑顔は絶えなかった。
春のリベンジに燃える秋
10月4日の東大2回戦は背番号10が躍動した。香西一希投手(4年・九州国際大付)。新チームから主将を務める。投手では2020年の早川隆久投手(現・東北楽天)以来となる。今春の東大1回戦で先発し1安打・無四球でリーグ13年ぶりの準完全試合(一走者完封)を記録。安打は秋元諒選手(3年・市川)の右前打1本という完璧な内容で5―0と快勝。チームも自身も幸先の良いスタートを切った。だがこの試合後に上半身のコンディション不良に見舞われ第5週の立教2回戦まで登板出来ず、好投の代償は大きかった。波に乗れないまま最終週の早慶戦を迎えたが、シリーズの結果は1勝2敗。慶應義塾が通算41回目の優勝を決めた。しかし、天皇陛下、愛子内親王殿下をお迎えし1994年以来32年ぶりとなった天覧試合・慶應2回戦ではサヨナラ勝ちで一矢を報い意地を見せた。
50回目、節目の優勝を目指す
早稲田の選手にとって、この秋は特別な想いがある。優勝すれば通算50回の節目、また2019年から指揮を執る小宮山悟監督と過ごす最後のシーズンでもあるからだ。一丸となって迎えた秋だったが、開幕3週目の明治2回戦までは2勝3敗、ロケットスタートは切れなかった。明治戦の大敗も含め重い空気を打破するために指揮官は動いた。左ひざの故障から復帰の寺尾拳聖選手(4年・佐久長聖)を本来の4番に据え、やや不振の阿部葉太選手(1年・横浜)を8番に下げる。テコ入れが奏功し初戦は6―0の快勝。続く2回戦。監督は「早い段階から(東大の)2戦目には行くと決めてました。春開幕戦後、ケガがあって苦しいシーズンを送りましたが、夏に鍛えてオープン戦でもしっかり投げてたので」と香西投手先発の理由を語った。7回90球、無失点。主将の好投に野手陣が応え6―1で勝利。連勝で勝ち点を挙げた。プロ志望届を出していることに触れ、「厳しいと伝えてあります。ただ本人の言葉を借りれば、自分で夢を断ちたくない、ということなので志望届を出さないと指名はないけど出しておけば可能性は残る。そこは尊重したい」と教え子の未来に希望を託した。
香西投手には憧れの人がいる。東京ヤクルトスワローズの石川雅規投手だ。身長167cmながらプロ通算188勝を挙げ“小さな大投手”と呼ばれている。香西投手も171cmでサイズは近い。サウスポーで技巧派なのも酷似する。技術的にどんなところが参考になるのか?筆者の問いに、「遅いボールを有効に使っているところです。遅いボールは投げるのに勇気がいるんですけど、しっかりゾーンの中で勝負しているのでそこがすごく勉強になります」幼き日より動画を観て学びを増やした。「石川さんも言われているように子供たちに体は大きくなくても戦っていけるんだ、という姿を見せていきたい」と理想のプロ野球選手像に想いを馳せる。プロ志望届を提出。今月22日のプロ野球ドラフト会議でその時を待つ。この試合の前日、今季限りでユニフォームを脱ぐ石川投手の引退試合が行われテレビで観戦した。試合後のセレモニーでは「胸にこみあげてくるものがありました」と去り行くヒーローの背中に涙した。大先輩が残したメッセージを大事にしながら、それを受け継ぎ次の世代に残したい。最後は力強く語った。
明治2回戦後、崩れかけたチームを2人の投手が救った。10月6日の明治3回戦は、エース高橋煌稀投手の力投と打線の奮起で勝利、勝ち点を2に伸ばした。長雨の影響で日程消化が危ぶまれたが、10月7日に第4週までが完了。勝ち点3で首位を走る慶應へ追撃態勢は整った。通算50回目の優勝へ反撃の狼煙を上げるかの如く、秋晴れの神宮に臙脂(えんじ)の団旗が天高く翻った。