文=斉藤健仁

圧倒的に足りない選手の数

 プロ野球やサッカーのJリーグで行われている「トライアウト」。実はラグビーのトップリーグでも開催されているのはご存じだろうか。「トップリーガー発掘プロジェクト」という名で行われており、今年で5回目を迎え、4月19日に大阪で約80名、4月26日には東京で約60名が、企業チームの採用担当20名ほどの目の前で楕円球を追った。

 ラグビーのトップリーグは純然たるプロリーグではなく、各企業チームが集まったリーグ。なかにはプロ選手がいるものの、大半の選手は働きながらラグビーをしている社員選手である。そのため、他のプロスポーツのようにドラフト制度はなく、各企業チームの採用担当が、強豪大学に所属する選手に声を掛けて採用する形を取っている。

 なぜ、ラグビーのトップリーグで、トライアウトが始まったのか。

 しかもトップリーグのトライアウトは、他のスポーツとは異なり、所属チームを構想外になった選手が受けるものではなく、20歳以上の選手で、過去にトップリーグに所属したことのある選手は受験資格がないという独自のものだ。

 その発起人となったのは、かつてはキヤノンイーグルスで採用を担当し、現在はトップリーグリーグに所属する元日本代表WTBの瓜生靖治氏だ。

「大学時代から日本代表に絡んでいるような選手はすぐに行き先が決まりますが、彼らだけを採ろうとしてもトップリーグは16チームあるので、人数が足りない。そこで、日本ラグビーを支えるトップリーグを底上げすることが大事ですし、いろんな選手にチャンスを与えたいと思って、このトライアウトを実施するにいたりました」(瓜生氏)

 つまり、トップリーグから声がかからなかった選手や、トップリーグを目指して下部リーグでプレーしている選手の発掘に主眼を置いたトライアウトなのである。

過去の受験生から代表合宿に呼ばれる者も

 こうした趣旨になったのは、ラグビー独自の事情も影響している。まず、ラグビーは球技の中では最多の15人でプレーし、控えを入れると23名が試合に出ることができる。ただ、ケガなども多く、各チームはその倍にあたる40~50名の選手を保有しなければ、1シーズンをしっかりと戦うことができない。

 仮に1チーム40名だとして16チームだと640名、そのうちの2割が外国人選手やアジア枠の選手だと考えても、500名近い日本人トップリーガーが必要となる。さらに2部でもラグビーに力を入れているチームも多く、その数はもっと多い。

 一方で、ラグビーをプレーしている選手は決して多くない。子どもが減っていく中で、高校の部活の人数で比較すると、平成28年度のデータで、野球(硬式)は16万7635人、サッカーは16万9855人と約17万人ずついる一方で、ラグビーは2万3602人で、野球とサッカーの8分の1ほどだ(サッカーはユースチームでプレーする選手もおり、野球は軟式でも1万人ほどプレーしているため、実際はもう少し多い)。

 こうした背景もあって、どうしても大学のトップ選手にリクルートが集中するなか、各企業チームの採用担当ひとりで、関東や関西の2部リーグや地方の大学リーグ、さらには海外でプレーする日本人選手を見て回ることは時間的に難しい。

 また、トップリーグでプレーしたいと思っている選手が個人で各チームにアポイントを取るのも時間と費用がかかり、なかなかマッチングが上手くいかなかった。そのため、こうしたトライアウトが行なわれるのはトップリーグ、選手双方にとって有意義な機会になっているのだ。

 実際、過去4年は毎年5人ほどがトップリーグチームに採用され、このトライアウト出身の、元習志野自衛隊LO福坪龍一郎は、昨年度は宗像サニックスブルースで主力として活躍。今年、日本代表候補合宿にあたるNDS(ナショナルディベロップメントスコッド)合宿にも呼ばれた。

 今年も関東で行われたトライアウトには、多士済々、様々な選手が受験していた。昨年、下部リーグのチームから誘われたもののトップリーグのチームからは声がかからず留年して再挑戦した選手、高校卒業後ニュージーランドの大学でプレーしていた選手、スカウトの目が届きづらい北海道や九州の大学から受験している選手、日本の大学でプレーしているフィジー国籍の選手や、強豪チームでプレーしながらもトップリーグから声のかかっていない選手などである。

受験者は約140人、合格率は10%未満

©共同通信

 一方、採用するトップリーグのチーム事情もさまざまだった。「いい選手がいれば」というスタンスの強豪チームもあれば、「SHが辞めてしまったのでSHの選手を採りたい」とポジションを絞っているチームもあった。ただ、5年目を迎えてある採用担当者から「トライアウトに人生が懸かっているという情熱があまりないかな。2回目くらいが一番あったのでは」「トライアウトで採った選手が、結局試合に出られなくて昨年度で辞めてしまった」という声も聞かれた。

 今年も140名ほどの選手が受験したが、実際に合格する選手は10%未満のため、モチベーションの高い選手が少なかったのかもしれない。また、受験者同士で試合を行うため、このレベルでは活躍できても、実際にトップリーグのチームの中で練習すると、さほどでもなかったという例もあったというわけだ。

 ただ、少なくともこのトライアウトに人生を懸けて、1年間調整してきた選手がいたことも確かだ。瓜生氏は「こういった機会が継続できれ嬉しいですし、トライアウトで採用した選手の方が練習を頑張っているという声も聞きます。大学で4年間ラグビーを頑張っていれば、採用されるチャンスがあるということが浸透していけば、その意義が上がっていく」と言いつつも、「トライアウトで採った選手が使えないと言われないように、また、選手たちにもっとモチベーションを持って参加してもらうやり方も考えていかないといけない」と課題も口にした。

 現在、1部にあたるトップリーグは16チームだが、今年度から2部リーグが統合されて、8チームによる全国リーグである「トップチャレンジリーグ」が始まる。2019年のラグビーワールドカップ以降、1部と2部のチーム数やリーグ方式の変更などが議論されることになるはずだが、1部より2部チームの方が、こうしたトライアウトを行う意義が大きくなるかもしれない。

 合同トライアウト出身ではないが、トップリーグから声がかからず、ヤマハ発動機ジュビロが行ったトライアウト経てトップリーグ入りし、現在はサンウルブズ、日本代表にまで駆け上がったHO日野剛志は「大学当時は日本代表になれるとは考えてもいなかったです(苦笑)。トライアウトでは何か爪痕を残そうと思って受けました。諦めなかったら、いろんなチャンスがあって、日本代表まで来られる場合があるので、ラグビーが好きな気持ちがあれば頑張ってほしい!」と若き選手たちにエールを送る。

 トップリーグのトライアウトは、形が多少変わる可能性があったとしても、来年以降も継続されるだろう。「トップに当たる日本代表を強化しつつ、ラグビーの裾野を広げていく、そのバランスが大事だと思っています。ラグビー選手の育成はトップリーグしかできない。ちゃんと整備していかないと、ラグビーが終わってしまうかもしれない」という瓜生氏の信念と熱き思いは、5年前も今も変わらない。


斉藤健仁

1975年生まれ。千葉県柏市育ちのスポーツライター。ラグビーと欧州サッカーを中心に取材・執筆。エディー・ジャパンの全57試合を現地で取材した。ラグビー専門WEBマガジン『Rugby Japan 365 』『高校生スポーツ』で記者を務める。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。『エディー・ジョーンズ 4年間の軌跡』(ベースボール・マガジン社)『ラグビー日本代表1301日間の回顧録』(カンゼン)など著書多数。Twitterのアカウントは@saitoh_k