文=河合拓

木暮監督の建てたFリーグ制覇への3年計画

 10周年を迎えていたFリーグ2016-2017シーズン、開幕前のポスターに掲げられていたのは「フットサル新時代へ」というキャッチコピーだった。2007年に創設されたFリーグは、これまで名古屋オーシャンズが9連覇を達成しており、唯一の王者だった。しかし、3月3日、4日に行われたプレーオフ・ファイナルで、Fリーグには新王者が誕生した。シュライカー大阪である。

 大阪の戴冠を振り返るうえで、語り落とせないのが、初めてFリーグを選手と監督の両方の立場で制した木暮賢一郎監督の存在だ。フットサル日本代表として長らく活躍した木暮は、2012-2013シーズン限りで現役を退き、FリーグU-23選抜の監督を務めた後に、2014-2015シーズンから大阪の監督に就任した。最初のトレーニングの前、木暮は全選手、スタッフの前で「歴史を変えよう」と話をしていたという。このとき、すでに3年後には自身も現役生活の最後を過ごした名古屋を破り、大阪をFリーグの頂点に導くためのプランが描かれていた。

 監督就任1年目の木暮が取り組んだのは、世代交代だった。当時の大阪には日本代表にも選出された実績のある選手が数名在籍していたが、木暮は田村友貴、加藤未渚実、水上洋人といったサッカーから転向したばかりのまだまだ無名だった若手選手たちのポテンシャルを信じ、彼らに出場機会を与えた。このシーズン、大阪はプレーオフ進出圏内の5位に滑り込むと、ファーストラウンドでリーグ2位のバサジィ大分に3-2で勝利、セカンドラウンドでもバルドラール浦安を2-1で破り、名古屋オーシャンズの待つプレーオフ・ファイナルラウンドに勝ち進んだ。ファイナルラウンド第1戦を4-4で引き分けた大阪は、第2戦でも6-5で勝利。しかし、当時のプレーオフは1位のチームに1勝のアドバンテージが与えられていたため、ここから優勝を決める延長戦が行われ、そこで名古屋に0-2で敗れ、優勝を逃したのだった。

 このときの経験から、木暮はあらためてレギュラーシーズンで1位になれるチームをつくらなければならないと考え、さらなるチームのボトムアップに務めていった。通常、監督は与えられた選手たちを、どのように強化していき、どのような戦術で戦うかといったピッチ内のことに集中をしたがる。だが木暮は、どうやって資金を集めるかといった営業、チームの資金をどう使っていくかの経営、どのような選手を補強するべきかといった強化と、チームに関わるほぼすべてのことに関わっていった。かつてスペインリーグでプロ選手としてプレーしていた頃から、木暮は様々な予算規模の各クラブが、どのようなクラブ運営をしていて、どういったクラブが成功を収めているかを細かく見ていたという。そこで得た経験を大阪に落とし込んでいったのだ。誰よりも早くクラブハウスに来て、最後まで残って仕事をしている木暮の姿を見て、チームは一体感を増して行った。

 木暮が監督就任した2シーズン目の大阪は、バサジィ大分から日本代表FP小曽戸允哉、ブラジル人のFPアルトゥールを補強した。しかし、レギュラーシーズンの成績は4位に終わり、プレーオフではセカンドラウンドで府中に敗れ、ファイナルラウンドには進めなかった。それでも、このシーズンにFPヴィニシウスが48得点を記録して、得点王とリーグMVPの2冠を獲得している。

10年目のFリーグに誕生した名古屋に代わる新王者

©futsalx

 2016-17シーズンの開幕前に、大阪は3人目の外国人選手となるチアゴを加え、レギュラーシーズン優勝を狙える陣容を整えた。迎えた2016-17シーズン、大阪は圧倒的な攻撃力を武器に33試合で186得点を挙げ、レギュラーシーズンで初めて1位となる。43得点を挙げたヴィニシウスは2年連続で得点王となり、チアゴは37得点、アルトゥールは33得点で、得点ランクの上位3位を大阪の外国人選手が占めた。

 迎えたプレーオフでは、9連覇中の名古屋がセカンドラウンドで町田に敗れ、大阪はファイナルラウンドで町田と対戦することになった。第1戦は前半で3点のビハインドを背負うと、後半の反撃も2点にとどまり2-3で敗れた。逆に追い詰められた大阪だが、第2戦は前半5分に永井義文のゴールで先制すると、その2分後にもチアゴが追加点を記録する。その後、一度は同点に追いつかれたものの、試合終了5秒というところで、攻撃に出てきた町田相手にカウンターからチアゴが決勝ゴールを決め、勝利で初のリーグタイトルをつかんだ。

 監督就任3年目でのリーグ制覇。有言実行の木暮監督がこの3年間、チームに何を求めていたかを聞いた。

「Fリーグにはプロ、セミプロ、アマチュアが混在しています。その中で一貫して要求してきたのは、プロフェッショナルとして取り組む姿勢です。そのアイデンティティこそ、一番クラブに根付かせたかったものです。Fリーグで唯一のプロクラブである名古屋を倒すというのは、モチベーションや戦う原動力になります。また、お金を1円でももらっていたり、たとえもらっていなかったとしても、クラブと契約して1シーズン戦うということは、毎日の練習から100%、120%で取り組む約束だと僕は思っています。今シーズンの活躍、結果は、次のシーズンに来るもの。今シーズン、戦う契約を結んだのであれば、試合に勝とうが負けようが、プライベートで何があっても、毎日トレーニングをして、100%で戦うのがプロフェッショナルです。日本のフットサル界が次のステージに行くためには、自分たちが動かないといけません。環境が良くなるのを待っていても、時間だけが過ぎていきます。今回、自分たちが優勝したことで、他のクラブの意識も変わり、もっともっとフットサル界が発展していくことが願いです」

 今回、木暮が率いる大阪は、セミプロのクラブであっても、全員が高い意識で取り組んでいれば、プロクラブである名古屋に勝てる可能性があるということを示した。タイトルを失った名古屋は、来シーズンに向けてチームを再び強化していくだろう。同時に大阪以外のクラブも、「自分たちもタイトルを狙えるかもしれない」と信じて、どれだけ取り組んでいけるか。

 Fリーグの観客数は年々、減っている。それでも4年に一度、フットサルワールドカップが開催される年には、観客数が増加する傾向にあった。ワールドカップの映像を見た人が興味を持ち、「Fリーグに足を運んでみよう」と考えたのだろう。しかし、2016年の日本フットサル界は、日本代表の失敗によって、その機会を逃した。Fリーグの試合に1,000人の観客が集まらないことは、珍しいことではなくなってきている。

 だからこそ、Fリーグのレベルをより高いものにしなければならない。だが、中にはチームが好成績を残すことよりも、選手の人件費をはじめとする経費を下げることに主眼を置いているクラブ。監督が毎日の練習に顔を出さないクラブ。次節の対戦相手の出場停止選手を試合当日まで知らない選手がいるクラブが、残念ながら現実にあるのだ。

 10連覇を逃した名古屋は、覇権奪還に向けて動き出している。来シーズンから、再び名古屋一強の時代に戻る可能性も十分にある。大阪の優勝を他人事と考えるのか。自分たちもタイトルを狙えると考えるのか。各クラブの捉え方によって、11年目のFリーグが本当の意味で新時代に突入することができるかが決まるだろう。


河合拓

2002年からフットサル専門誌での仕事を始め、2006年のドイツワールドカップを前にサッカー専門誌に転職。その後、『ゲキサカ』編集部を経て、フリーランスとして活動を開始する。現在はサッカーとフットサルの取材を精力的に続ける。