スペイン1部リーグで活躍を続ける吉川智貴

 3月8日に行われたサッカーの欧州チャンピオンズリーグ、敵地での初戦を0-4で落としていたバルセロナは、カンプ・ノウでパリ・サンジェルマンと対戦し、大逆転劇を演じた。最低でも5点差を付けなければならない一戦で、87分から3得点を奪って6-1で勝利する奇跡を起こし、世界中を驚嘆させた。

 後世に語り継がれる伝説が生まれた翌日、バルセロナに勝利した日本人がいる。とは言っても、サッカーではなくフットサルの話だ。

 バルセロナはメッシやネイマールが所属するサッカー部門が最も有名だが、他にもバスケットボール、ハンドボール、ホッケーなどのプロフェッショナルチームを抱えるスポーツクラブだ。フットサル部門もそのひとつで、フットサルのチャンピオンズリーグであるUEFAフットサルカップを2012年、2014年に制した欧州の盟主だ。スペイン、ブラジル、ロシアなどの各国代表クラスを揃える豪華な陣容は、世界最強と形容されるスペインリーグでは、毎年優勝候補の筆頭として名が挙がる。今シーズンも現在リーグ戦2位と好調だ。

 その強豪を打ち負かした日本人が、マグナ・グルペアに所属する吉川智貴だ。

 吉川は日本唯一のプロフットサルクラブ、名古屋オーシャンズからスペインのクラブにレンタル移籍して2年目になる。滋賀県立草津東高校を卒業し、同志社大学に入学してからフットサルを始めた。ちなみに高校時代の県大会決勝では、現在スペインのエイバルで活躍している乾貴士を擁する野洲高校と対峙した。吉川は、Fリーグが開幕した2007年からフットサルを始め、2009年にFリーグの舞台に立った。バサジィ大分、デウソン神戸、名古屋に在籍し、2014年にはAFCフットサルクラブ選手権を初めて制した。日本代表としても2014年のAFCフットサル選手権に参加し、主軸として優勝に貢献した。強度が高いディフェンスとインテリジェンスの高さを武器に攻守に貢献するダイナモは、着実にステップアップしてきた。

バルセロナのキーマンを封じ込めて勝利に貢献

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 スペイン国内には、スペインカップという重要なタイトルがある。リーグ1巡目終了時点での上位8チームをひとつの開催地に集めて行われるトーナメント戦だ。準々決勝でマグナ・グルペアはバルセロナと対戦し、2-2の引き分けの後のPK戦の末に準決勝に進出した。

 吉川はバルセロナ戦で、重要な任務を与えられていた。バルセロナのディエゴのマークだ。ディエゴは、昨年、コロンビアで行われたフットサルワールドカップに出場したブラジル代表選手で、1対1を得意とする。特に今シーズンはパフォーマンスが良く、今、世界で最も鋭いドリブラーと評しても大げさではない。対峙するディフェンスにとっては、悪夢でしかない。バルセロナの攻撃は、ディエゴのドリブルが決定機の起点となることがほとんどだ。吉川がブラジル人のドリブルを封じられるか。ゲームの命運を握る大きなポイントだった。最初の1対1こそ抜かれてしまったが、その後はディエゴに何もさせなかった。それだけではなく、ボールを奪ってから素早い攻守の切り替えから決定機もつくり出していた。

 吉川の活躍は守備面にとどまらなかった。後半、バルセロナが守る時の陣形の真ん中に生まれる誰もいないスペースで何度もボールを受け、攻撃を円滑にした。「自分の判断でそうしていました」と本人は振り返る。前半にそのスペースが必ず空くと確証した吉川は、後半に意図的に何度もその空間に顔を出した。チームから与えられたタクスをこなすだけでなく、戦況を分析し、実践に移す。守備力と戦術眼の高さといった吉川の真骨頂が発揮されたゲームだった。生中継をしていた地元テレビ局のレポーターは、何度も「ヨシカワ」という名を叫んだ。実況が「吉川はスペインでプレーした日本人で最高の選手か?」と質問すると、解説者の元スペイン代表第2監督カンチョは「戦略的には最も優れている日本人だと思います」と返した。バルセロナ戦で吉川が主役の1人だったのは、誰の目にも明らかだった。

 準決勝に進んだマグナ・グルペアは、バルセロナと共に優勝候補のひとつに挙げられていたエルポソ・ムルシアに残り1秒で決勝点を決められ、逆転負けを喫した。吉川は前半のプレーでスライディングをした際にヒザを捻り、それ以降、コートには立てなかった。「もし僕が出ていれば、もっと何かできたかもしれない」と悔しさを口にした。同じように思ったマグナ・グルペアの人間は多かっただろう。彼の負傷は、明らかな痛手だった。

 スペインカップのタイトルは逃したが、吉川には挽回の舞台が約2カ月後に待っている。国王杯の決勝戦だ。2部B(実質3部)から1部までの全チームが参加して、シーズンを通して開催されているトーナメント戦で、マグナ・グルペアはクラブ史上初めて決勝の舞台まで勝ち進んでいる。対戦相手は、奇しくもスペインカップ準決勝で敗れたエルポソ・ムルシアだ。スペインの公式戦の決勝の舞台に立つ初めての日本人は、歴史に名を刻めるか。

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座間健司

1980年7月25日生まれ、東京都出身。2002年、東海大学文学部在学中からバイトとして『フットサルマガジンピヴォ!』の編集を務め、卒業後、そのまま『フットサルマガジンピヴォ!』編集部に入社。2004年夏に渡西し、スペインを中心に世界のフットサルを追っている。2011年『フットサルマガジンピヴォ!』休刊。2012年よりフットサルを中心にフリーライター&フォトグラファーとして活動を始める。