文=篠幸彦

どこまで登れたかの“到達高度”を競うリード

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 リードの特徴はなんと言っても高さ12メートル以上ある巨大な壁。そびえ立つ巨壁に、前回の記事で紹介したルートセッターにより、“ルート”と呼ばれる最大60手程度のコースが設置される。ボルダリングが最大12手程度なのに対し、リードはその約5倍と考えればどれほどの規模なのか想像できるだろうか。

 選手はその壁を“ハーネス”という安全ロープをくくりつけるベルトを装着し、安全ロープをつけながら登る。ルートの途中には“確保支点”というロープを引っかける箇所が設置され、選手は下から順番にロープをかけながら登らなければならない。もし一つでも飛ばして次の支点にロープをかけてしまうとその時点で失格となる。

 ホールドには下から順に番号が付けられ、どのホールドまで登れたかがスコアとなり、そのスコアの“到達高度”を競い合う。面白いのが同じ高度まで登れても、次のホールドをつかむアクションが取れたかどうかで「プラス」の差がつく。たとえば、36のホールドをつかんだまま落下した選手のスコアは「36」。36のホールドをつかみ、さらに37のホールドをつかみにいって落下した選手のスコアは「36+」という具合だ。

勝負のカギは持久力、テクニック、戦略性の3つ

 そんなリードを登るために求められるのは、ボルダリングの約5倍の手数が必要な長い距離を登り続けられる持久力だ。ボルダリングと比べて一つひとつのルートの負荷は軽いのだが、長く登ることで筋肉に負荷がかかり続け、筋力トレーニングで筋肉がパンパンに張るパンプアップした状態になってしまう。たとえトップクライマーであっても、スタートからゴールまで長いルートを休みなくフルパワーで登ることは難しいのだ。そのため、ルートの途中で片手、あるいは両手を離してうまく休める箇所を見つけ、かかり続ける負荷を軽減できるかが大事なポイントとなる。

 またボルダリングとの違いで言うと、ボルダリングは落下しても制限時間内であれば何度でもトライできる。しかし、リードの場合はどんなに時間が余っていたとしても落下した時点で終了。つまり、選手には一度のミスも許されない。落ちたら終わりという緊張感の中で、初見のルートをテンポの良く登らなければならないリードは、ボルダリングとは違った張り詰めた空気が漂うのだ。

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(写真=岩手国体・山岳の成年女子リードで優勝した茨城・野口啓代(左)と小林由佳(右))

 16歳から13年間、日本代表の第一線で女子リード界を牽引(けんいん)し続けた小林由佳選手はリードならではの駆け引きについてこう語る。
「リードはボルダリングのような派手さはないけれど、一本のルートの中に駆け引きがいくつもあるんです。長いルートをどんなリズムで登り、その中でどんなムーブを選択できるか。一つの選択で順位が大きく変わってくる。たとえば決勝まで来ると、前の選手の登りが見られなくてもどの辺りまで登れているかが感じ取れて、どの高さが優勝ラインなのかがわかってくる。そうすると、そのラインを越えることを最優先に集中するのか、またはもっと先まで狙って次の人にプレッシャーをかけるのかで、登り方はかなり違ってくる。落ちたら終わりという一発勝負の中でのそういう駆け引きがあるところが面白いと思います」

 長い壁をただ登り続けるのではなく、どれだけ無駄なく、かつ最小限の力で登ることができるか、そしてどの高さまでどんなペースで登るのか。マラソンのように長い距離の中で「テクニック」と「戦略性」が勝負のカギとなるのがリードという競技だ。

とにかく速く登った人の勝ち! スプリント競技のスピード

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 ボルダリングやリードと比べると、さらにマイナーなのがスピードだ。それもそのはず……これまで日本にスピード種目ができる施設は1カ所しかなく、一般の人が目にする機会はほぼなかった。昨年の世界ランキングも15位と、東京五輪に向けて3種目の中で最も強化が必要な種目と言える。

 スピードは他の2種目とは大きく異なる競技性が特徴だ。ボルダリングとリードがルートセッターという職人が大会毎に新しい課題やルートを考案するのに対し、スピードは予め周知された全世界共通のコースを登ること。つまり、スピードの選手は同じコースで日々トレーニングを積み重ねてホールドの位置を身体にたたき込み、大会本番でも練習と同じコースを登るのだ。初見トライであらゆる事態に対応する能力が求められるボルダリングやリードと違い、スピードは練習でたたき込んできたことをどれだけ出せるが重要なのだ。

 もう1つは陸上のスプリント競技のように、他の選手と並んで競争すること。大会の会場には同じコースが壁に2つ並び、2人の選手が並んでスタートする。そして完登のタイムを競い、とにかく速く登った選手が勝つというシンプルなルール。スプリント力を生かして15メートルもの壁をあっという間に駆け上がっていく迫力ある登りが魅力だ。

 予選は2トライした速い方のタイム順で順位が決まり、16位までが決勝トーナメントに進出する。トーナメントからは1トライで対戦相手と並んで登り、負けたら敗退というまさにサバイバル。0コンマ数秒を競い合う姿はスプリント競技そのものだ。現在の世界記録(15メートル)は以下のとおり。

男子:5秒60 ダニエル・ボルディヤフ(ウクライナ) 2014年9月樹立
女子:7秒53 イウリア・カプリナ(ロシア) 2015年7月樹立

 そして、4月16日に東京都・昭島の複合商業施設「モリパークアウトドアヴィレッジ」にIFSC(国際スポーツクライミング連盟)公認仕様のスピードクライミング専用ウォールがオープンする。そのオープンを記念して海外トップ選手を招いてエキシビジョンイベントを開催するという。また同日に開催される第3回スポーツクライミング東京選手権でもスピード種目が行われる予定だ。なかなか見ることができなかったスピード種目の迫力を肌で感じられる絶好の機会だ。


篠幸彦(しの・ゆきひこ)

東京都生まれ。スポーツジャーナリスト。編集プロダクションを経て、実用系出版社に勤務。技術論や対談集、サッカービジネスといった多彩なスポーツ系の書籍編集を担当。2011年よりフリーランスへ。サッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』でFC町田ゼルビアの番記者を担当。『サッカーダイジェストテクニカル』にライター兼編集で携わる。著書に『弱小校のチカラを引き出す』『高校サッカーは頭脳が9割』(東邦出版)『長友佑都の折れないこころ』(ぱる出版)がある。2017年よりスポーツクライミングの取材も行っている。