文=篠幸彦

クライミングの中で最もメジャーなボルダリング

 スポーツクライミングの「ボルダリング」「リード」「スピード」の3種目に共通するのは人工壁に“ホールド”と呼ばれる突起物が設置され、そのホールドを使って壁を登っていくこと。一つひとつのコースは“課題”や“ルート”と呼ばれ、選手はその課題をゴールまで登り切る“完登”を目指すのが3種目に共通する点となる。

 その中でも近年、全国各所でジムが急増し、手軽なスポーツとして定着しつつあるのがボルダリングだ。競技人口も年々増え続け、現在では約60万人と言われている。一般的な認知度が広がっている一方で、ボルダリングがどのようなルールで競われる競技なのかはあまり知られていないだろう。まずはボルダリングという競技の特徴から説明したい。

 ボルダリングの壁の高さは約3〜5メートル。そこに最大12手程度で登れるホールドが設置される。ホールドは形や大きさがさまざまで、設置の仕方次第で無数のバリエーションあるコースが作り出せる。選手は瞬発力が求められるダイナミックなアクションやホールドをつかむ保持力、高いコーディネーション能力など、フィジカルとテクニックを駆使して課題を攻略していく。

 そして課題は大会毎に新しいコースが設置される。つまり選手は毎回初見の課題に挑戦することになるのだ。その課題は“ルートセッター”と呼ばれ、国際ライセンスもある課題作りの職人が大会用に考案したものだ。フィジカルとテクニックも必要だが、初見の課題に対して正しい登り方の“ムーブ”を読む力もボルダリングでは必須の能力なのだ。

 選手は壁と対峙(たいじ)しながら、その課題を作ったルートセッターとの勝負でもあるというのが、自然の岩場とは違う“スポーツクライミング”の魅力の一つだ。最適解のムーブを短い時間で見つけ出し、ルートセッターとの駆け引きに勝つことが上位進出のカギになる。

 また、選手によって身体のサイズ、リーチの長さが異なるので、同じ課題でも選手それぞれで違うムーブが求められる場合もあり、最適解となるムーブは一つではない。

 ボルダリングでワールドカップ年間優勝を4度達成している野口啓代選手は、ボルダリングの魅力をこう話す。
「課題毎にパワーだったり、足の置き方だったり、それぞれ違う要素を求められ、一つひとつが違う問題を出されている感覚。それを登り分けてどう攻略するかがボルダリングの面白いところ」
観客の想像を超える超人的なムーブや、難解なコースを攻略する姿を見て「ここはそう登るのか」とわからなかった問題が解けるような気持ち良さは、ボルダリングを観戦する醍醐味(だいごみ)なのだ。

©共同通信

完登数を競うボルダリング

 さて、競技大会がどのように行われているのだろうか。大会形式は予選、準決勝、決勝と行われ、準決勝には20名、決勝には6名が進出するというのが一般的な形式だ。予選、準決勝はそれぞれ5つの異なる課題が1つの壁に並び、1課題につき5分間でトライし、5分間の休憩を挟んでまた次の課題にトライする。“ベルトコンベア式”と言われ、この5分トライ・5分休憩のリズムで次々と選手が流れて順番に登る。最後の選手が終わるまで常に誰かがトライし、誰かが休憩している状態が続いていく。

 もし早々に完登して時間が余った場合、残り時間も休憩に当てられる。休む時間が長いのは、いくつも課題をこなす選手にとって大きなメリットだ。また、公平性を保つため、1つ目の課題にトライする前や休憩の際に次の課題や他の選手のトライを見ることはできない。

 決勝は4つの課題が用意され、各4分間のトライ。予選、準決とは異なり、選手は一人ずつ登場して課題に挑み、その選手のトライが終わると次の選手が登場する。それまでは次から次へと選手が流れて同時進行でトライが続いていたが、決勝は一人ずつにスポットライトが当たり、独特の緊張感が味わえる。

 さらに決勝は、各課題の前に数分間の“オブザベーション”という選手全員で課題を下見する時間が設けられる。ここで面白いのは、この下見を選手同士が相談しながら行うことだ。各課題の最適解を短時間で見つけるために、それぞれが知恵を出し合ってムーブのイメージを作り上げていく。もちろん、一人で黙々とルートを探る選手もいるが、大会だからと言って選手同士のバチバチ感がないところもボルダリングの特徴と言える。

 そして各ラウンドで選手はいくつ完登できたかを競い合い、上位から順に次のラウンドへの進出が決まる。完登数が同じ場合はトライ数の少ない方が上位となり、理想は“オンサイト”と言って(一撃とも言われる)初見トライで完登すること。観客全員が注目をする決勝でオンサイトできた瞬間は会場が大いに沸くシーンだ。

 また、完登数・トライ数が同じ場合は、“ボーナスポイント”で差がつけられる。各課題の途中にボーナスポイントとなるホールドが設定され、そのホールドを通過したかがカウントされるのだ。たとえ完登が難しい課題でもボーナスポイントの通過が、僅差の中で競り勝つためにはキーとなる。

 ボーナスポイントでも並んだ場合、そのトライ数で差がつけられ、それでも並んだときは“カウントバック”と言って、前ラウンドの成績上位が上となる。どれだけの課題を、どれだけ少ないトライ数で完登できるかというのが、競技大会においてのボルダリングだ。

 そんなボルダリングの世界のトップクライマーが集う「IFSCクライミング・ワールドカップ ボルダリング」が、4月7日のスイス・マイリンゲル大会からスタートする。スポーツクライミングは毎年世界各地(今年はスイス、中国、日本、アメリカ、ドイツで開催)を回ってワールドカップシリーズを開催し、各大会の順位で選手にポイントが与えられ、その総合ポイントで年間順位が決定する。

 そして今年、5月6日・7日にワールドカップシリーズの八王子大会が、エスフォルタアリーナ八王子で開催される。昨年、年間優勝を果たした楢崎智亜ら国内トップクライマーはもちろん、世界のトップ選手を間近に見ることができるワールドカップは、2020年東京五輪に向けてぜひチェックしておきたい大会だ。


篠幸彦(しの・ゆきひこ)

東京都生まれ。スポーツジャーナリスト。編集プロダクションを経て、実用系出版社に勤務。技術論や対談集、サッカービジネスといった多彩なスポーツ系の書籍編集を担当。2011年よりフリーランスへ。サッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』でFC町田ゼルビアの番記者を担当。『サッカーダイジェストテクニカル』にライター兼編集で携わる。著書に『弱小校のチカラを引き出す』『高校サッカーは頭脳が9割』(東邦出版)『長友佑都の折れないこころ』(ぱる出版)がある。2017年よりスポーツクライミングの取材も行っている。