文=河合拓

監督就任から5カ月で初めての国際試合

 昨年10月、フットサル日本代表の監督にブルーノ・ガルシア監督が就任することが発表された。2016年2月に行われたAFCフットサル選手権で上位5チームになれなかった日本は、コロンビアで開催されたW杯に出場できずに、イチからの出直しが必要だった。しかし、W杯に出場したライバルのイランやタイが国際大会に出場しているのに対し、活動機会が少ないフットサル日本代表は、ブルーノ監督が就任してから、これまで一度も試合ができていなかった。

 ブルーノ監督の初陣となった3月29日のハンガリー戦は、移動直後ということもあり、日本の選手たちの動きが重かった。早い時間帯に先制された日本は、試合終盤にFP西谷良介がゴールを決めて、1-1の引き分けに持ち込むのがやっと。それでも2日後の第2戦では、FP渡辺知晃、FP仁部屋和弘、FP森岡薫がそれぞれゴールを決めて3-0で快勝した。

 その後、チームはスロベニアに移動。欧州でプレーしているFP吉川友貴、FP逸見勝利ラファエルも合流して、スロベニアとの試合に向けて調整を進めた。スロベニアは2018年のUEFAフットサル選手権のホスト国であり、この大会に向けて急速に力をつけているチームだ。

 初戦を2-5で落とした日本は、第2戦ではFP滝田学、仁部屋のゴールで2-2と引き分けた。試合後、ブルーノ・ガルシア監督も「スペインやイタリアにも勝利する強敵を相手に、勝ち切ることはできなかったがほぼ完ぺきにゲームプランを実行してくれた」と、手ごたえを口にする一戦だった。それだけに遠征最後の試合となる第3戦での勝利が期待されたが、結果は0-3の敗戦。拮抗した試合になったが、得点機を生かせなかった日本に対し、スロベニアが確実にチャンスをモノにしたという一戦だった。

欧州遠征で取り組んだ3つのテーマ

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 日本代表監督として、初めての遠征を終えたブルーノ・ガルシア監督は、「非常にポジティブな感触があります。この2週間、同時にこなすことは難しいと思われる複数のテーマを掲げて過ごしてきましたが、それを全面的にクリアーできたので、感触的にはポジティブです」と、成果を強調した。

 この遠征で指揮官が取り組んだテーマは、①日本代表の戦い方の徹底、②経験の浅い選手たちに国際経験を積ませること、③欧州組との融合、の3点である。

 監督就任後、3度行われてきた国内合宿で、ブルーノ監督が常にハードワークを求めることは示されてきた。だが、実際の試合のどんな局面で、どういったことをするかという確認はできていなかった。自分たちより力の劣るハンガリー、自分たちより強いスロベニアという異なる対戦相手と5つの試合を戦い、様々な局面を経験したことで「みんなが『これが日本の戦い方だ』とわかるシステムを共有し、体現できるようになった」と、今後につながる土台ができたと話している。

 また、2つ目のテーマである経験を積ませるという点でも、ブルーノ監督は徹底した。たとえば、スロベニアは3試合目になると出場する選手をほぼ固定し、FPは6人くらいで回していたという。しかし、日本は最初から最後まで、3セットでのローテーションを崩さずに、ほぼ全員が等しい出場時間を与えられた。この試合の勝敗にこだわるのであれば、選手の出場時間に多少の差が出てもおかしくない。だが、ブルーノ監督は目先の結果よりも、20代前半の選手たちが世界と触れ合うことを優先した。

 そして、3つ目の海外組との融合だ。スペインのマグナ・グルペアに所属する吉川智貴、ポルトガルのベンフィカに所属する逸見勝利ラファエルは、スロベニアでチームに合流。吉川は負傷のため、試合に出場することはできなかったが、新チームのコンセプトや雰囲気に触れられたことは大きい。昨年のW杯予選のときは、当時唯一の欧州組で代表活動に加われる機会が少なかった逸見と他の選手との連係不足も目立った。チームのレベルを引き上げることができる力を持つ彼らが、最初の海外遠征からチームに合流できたのは、11月にアジア選手権予選が控えていることを考えれば、重要だったといえるだろう。

「いろいろな側面で、非常に期待感を持てるなという手ごたえを感じています。また、今の進め方が間違っていないなということを、しっかりと確認できた遠征になりました」と、疲れたそぶりを見せないブルーノ監督は、帰国翌日から休む間もなく、新設されるA級ライセンスの指導者講習会に向けた準備に入るという。5月中旬からはU-20AFCフットサル選手権にU-20日本代表のスーパーバイザーとして帯同、さらに神戸フェスタも視察するという。それが終われば、すぐにFリーグ2017/2018シーズンが開幕する。

 可能な限りFリーグの試合会場に足を運び、それ以外の試合も映像で確認し、全試合を漏れなく詳細に分析しているブルーノ監督は、立ち止まらない。「それが自分の仕事ですし、喜んでやらせてもらっていることです。これをしっかりやることで、成功への道が開けると思っています」。初の海外遠征を終えて、ますます力の入る監督に、どれだけの人が呼応できるか。アジア王者から滑り落ち、W杯の出場権も逃した日本フットサル界のカギは、そこにある。


河合拓

2002年からフットサル専門誌での仕事を始め、2006年のドイツワールドカップを前にサッカー専門誌に転職。その後、『ゲキサカ』編集部を経て、フリーランスとして活動を開始する。現在はサッカーとフットサルの取材を精力的に続ける。