文=篠幸彦

3年連続でボルダリング世界一の日本

©Eddie Gianelloni

(写真=今回ボルダリングに強い日本の秘密を明かしてくれたプロフリークライマーの平山ユージ氏)

 昨年、楢崎智亜がボルダリングでワールドカップ年間総合優勝と世界選手権優勝という日本男子初の2冠を達成し、個人タイトル獲得のニュースがメディアに多く取り上げられた。その一方で、世界各地を回って開催されるワールドカップシリーズでは、ボルダリング、リード、スピードの3種目で毎年それぞれの国別ランキングが発表されている。

 ワールドカップシリーズの順位は、各大会の成績によって選手はポイントを獲得し、その合計値の最も高い選手が年間1位となる。そして、大会毎に各国の上位3選手のポイントがその国の獲得ポイントとして加算され、合計値の最も高い国がその年の世界ランキング1位となるのだ。

 日本はボルダリング種目で2014年、2015年、2016年と3年連続で世界ランキング1位を獲得している(リードは14年2位、15年4位、16年4位、スピードは14年19位、15年15位、16年15位)。つまり今現在、ボルダリングが世界で一番強い国は日本ということだ。では、なぜ日本はボルダリングが強い国なのか。日本トップクラスのプロフリークライマーで、国内最大級のボルダリング大会「THE NORTH FACE CUP」をプロデュースする平山ユージ氏に日本が強い3つのポイントを聞いた。

ボルダリングに有利な日本人の体型

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(写真=クライミング世界選手権。ボルダリング男子で優勝した楢崎智亜(中央))

 まず1つ目に挙げられるのが日本人の体型だ。クライミングの本場であるヨーロッパやアメリカの身体の大きなクライマーと比べ、日本人クライマーは身体が小さいため、リーチが短くて体重が軽いという特徴がある。それがまさにボルダリング向きの体型だと平山氏は言う。

「まず単純に体重が軽いということは、指への負担が軽くなります。クライミングはパワーウエイトレシオと言って、体重に対してどれだけパワーが必要なのかというのが重要になります。つまり軽い方が使うパワーを少なくできるので、軽い日本人の体型はそれだけで優位なんです。そして傾斜がある壁の中では、どこかを支点にして次のホールドをつかみにいく際に、リーチの長さによって壁との距離が生まれることで重みが増してしまいます。日本人はリーチが短く、小さくなれるので傾斜がある中でも有利です」

 傾斜がない壁ではリーチの長さが優位に働くが、ボルダリングにおいてそれはほんの一部でしかない。ただ、歴代の世界チャンピオンの中には飛び抜けて身長が高いのに体重が軽く、高いパワーウエイトレシオを誇る例外的な選手はいる。しかし、トップ選手の体型は押し並べて170cm前後になると言う。現世界チャンピオンの楢崎智亜の身長が170cmで、まさに理想的なボルダリング体型なのだ。

ボルダリングジムが急増している日本独自の環境

 次に挙げられるのがクライミングの環境だ。クライミングの中心地であるヨーロッパは、大きな壁を必要とするリード種目をベースにクライミングが発展してきた歴史がある。しかし、日本が同じような発展を歩むには難しい事情があったのだと平山氏は言う。

「日本は建物事情、地価が高いなど、さまざまな理由からクライミングのジムが大きな壁を持つことができないという事情があります。そのため、低い壁でも可能なボルダリングジムが全国的に広がっていきました。そしてここ4、5年でその数は急速に増え続けていて、今年度中には国内のボルダリングジムは500箇所を超える勢いです。そうしたことから日本には自然とボルダリングの選手が全国各地で育ちやすい独自の環境があります」

 今年1月末に行なわれたボルダリングの日本代表選考会を兼ねた「ボルダリング・ジャパンカップ2017」の準決勝進出選手の出身地を見てみても、北海道から九州までさまざまな地名が並んだ。どこかに偏ることなく、全国各地で選手が育っていることがよくわかる。

大会上位に多くの選手を送り込む分厚い選手層

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(写真=記者会見後、ポーズをとるスポーツクライミングの(右から)野口啓代、野中生萌、楢崎智亜ら)

 そして3つ目に挙げられるのが選手層の厚さ。これまで挙げた「ボルダリングに向いた体型」と「全国各地に自然とボルダリングの選手が育つ環境」という2つのポイントが、ワールドカップという世界トップレベルの大会を席巻できる分厚い選手層を生んでいるという。

「ワールドカップで男子は準決勝の20人の中にほとんどの選手が残り、そこから決勝の6人に毎回1〜3人が残ります。そして女子はほぼ確実に決勝に2人が残ります」

 冒頭に説明したように、各国上位3選手の獲得ポイントがその国のポイントとして加算されるため、安定して上位に複数の選手が進出できることは国別ランキングという点で重要なことだ。

「この層の厚さは協会が組織立って盛り上げているわけではなく、自然発生的に生まれているんです。全国各地に熱心に教えている先生たちがいて、そこから生まれてくるクライマーを日本代表という形で集めたときにものすごい選手層ができあがるんです」

 平山氏に聞いた4月6日は、ワールドカップ・マイリンゲル大会の前日。そして7、8日に行なわれた大会では、男子では藤井快が優勝し、3位に渡部桂太、4位に杉本怜が入賞。女子は野中生萌が3位と表彰台に登った。2017年最初のワールドカップでも抜群の安定感を発揮したボルダリング日本代表は、4年連続の世界1位に向けて好スタートを切った。


篠幸彦(しの・ゆきひこ)

東京都生まれ。スポーツジャーナリスト。編集プロダクションを経て、実用系出版社に勤務。技術論や対談集、サッカービジネスといった多彩なスポーツ系の書籍編集を担当。2011年よりフリーランスへ。サッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』でFC町田ゼルビアの番記者を担当。『サッカーダイジェストテクニカル』にライター兼編集で携わる。著書に『弱小校のチカラを引き出す』『高校サッカーは頭脳が9割』(東邦出版)『長友佑都の折れないこころ』(ぱる出版)がある。2017年よりスポーツクライミングの取材も行っている。