文=田坂友暁

東京五輪に向けた第一歩となる日本選手権

 競泳の日本一を決め、国際大会派遣選手の選考会を兼ねる日本選手権が、4月13日から16日の4日間の日程で開催される。この大会で、1種目につき2人まで、派遣標準記録を突破した選手が選考対象となり、7月にハンガリーのブダペストで行われる世界水泳選手権への切符を手にすることができる。

 昨年のリオデジャネイロ五輪では、萩野公介(ブリヂストン)が400m個人メドレーで、日本代表選手団全体で最初の金メダルを獲得。さらに、萩野の同世代のライバル、瀬戸大也(ANA)も、同種目で銅メダルを獲得した。同種目で2人の日本人選手が表彰台を獲得したのは、1956年メルボルン五輪の男子200m平泳ぎ以来。実に60年ぶりの快挙であった。また、女子200m平泳ぎでは、金藤理絵(Jaked)が萩野に続いて金メダルを獲得。目標に掲げていた、「複数種目での金メダル獲得」を達成したのであった。

 合計で7個のメダルを獲得した競泳日本代表は、リオデジャネイロ五輪のひとつの目標を達成し、2020年東京五輪に向けて、また新たなスタートを切ることになった。その第一歩となるのが、今回の日本選手権なのだ。

有力選手の顔ぶれは変わらず調整も順調

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(写真=フランスの国際大会から帰国し、記者の質問に答える競泳女子の池江璃花子)

 非常に厳しい選考基準を設けていることで有名な競泳だが、実は五輪の翌年は、世界大会の経験をできるだけ多くの選手に積ませるために、少しその基準が下がる。基本は前年度の世界ランキング16位相当が代表派遣基準なのだが、今年は24位相当が派遣標準記録となっている。そのため、今まで代表に入れなかった種目の選手たちにとっては、世界の舞台を経験する大きなチャンスとなっている。

 とはいえ、今年は各種目とも勢力図にあまり大きな変化は見られない。リオデジャネイロ五輪後、メダリストのなかで引退をしたのは、女子200mバタフライの星奈津美、男子4×200mリレーメンバーである松田丈志の2人(金藤は引退ではなく休養。今大会は欠場)。しかも、星、松田の後継者はすでに頭角を現している。女子200mバタフライでは、星とともに五輪を戦った高校生の長谷川涼香(東京ドーム)に加え、同級生で同じスイミングクラブに所属する牧野紘子(東京ドーム)の2人が、世界大会の決勝に残れる実力を有している。男子は、200m自由形で松田と同レベルの選手は2、3人存在している。

 そして、日本の競泳界を牽引する存在である萩野は、五輪後に右ヒジを再手術しているが、経過は良好。ライバルの瀬戸も1カ月に1、2試合をこなすという、新しいトレーニング、調整法に着手して順調な様子だ。

 また、五輪でメダル獲得はならなかったが、スーパー高校生と名高い池江璃花子(ルネサンス亀戸)も、「試合に出場すれば、何かしらの新記録が出る」と言われるほど、自己記録を更新し続けている。

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(写真=競泳の東京都選手権男子200m平泳ぎで世界新をマークした渡辺一平)

 もちろん、忘れてはいけないのは男子200m平泳ぎで世界記録を樹立した、渡辺一平(早稲田大学)だ。1月という、合宿なども多い厳しいトレーニング期ながら、世界ではじめて2分07秒の壁を突破。引退した北島康介の後継者問題を一気に解決してくれた。

 主な種目だけでも、現在のトップ選手たちは順調にトレーニングが積めており、さらに引退してトップが抜けた種目でも次世代を担う選手たちが育ってきている。この状況下では、今年の日本選手権で波乱が起こる要素は、ほとんどといってもいいほど見当たらない。

「いい経験」といった成長の証を記録で見せろ

 だからこそ今大会で注目したいのは、勝負よりは記録だ。7月の世界水泳選手権でメダル争いが期待できるような記録なのかどうかは、国際大会派遣標準記録の「Ⅰ」(世界ランキング8位相当)を突破しているかどうかで判断できる。また、「Ⅱ」(世界ランキング16位相当)を突破する程度だと、決勝に残るか残らないかのレベルだ。そして、国際大会に選考される最低の基準である、標準記録(世界ランキング24位相当)のレベルであると、世界とはまだまだ差があることがわかる。

(※この国際大会派遣標準記録は、大会公式HPから誰でも見ることができる。)

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(写真=競泳のマドリード・オープンで力泳する萩野公介)

 五輪代表だった選手たちには、ぜひとも「Ⅰ」を突破してもらいたいところ。世界と本当の意味でメダルを争うためには、最低でも「Ⅰ」を突破していなければ話にならない。五輪代表選手たちが、もし東京五輪でのメダルを本気で狙うのであれば、ここで足踏みしているわけにはいかないはず。

 選手たちは国際大会のレース後、「いい経験になりました」とよく口にする。しかし、本当にいい経験になったかどうかは、その後に経験を糧として何かに取り組んで結果を残したときにわかることである。つまり、本当にいい経験になったのであれば、何かしら成長した証がどこかで見て取れるはずなのだ。

 五輪代表選手たちのなかにも数人、五輪という舞台で泳げたことがいい経験になった、と言っていた。果たしてその経験が、本当の意味で血肉となり、次のステップに進むことができたのかどうか。この日本選手権の記録で証明されることだろう。

 そして、高校生や五輪に出場できなかった次世代の選手たちには、標準記録はもちろん、できるかぎり「Ⅱ」に近いタイムを出してもらいたい。世界大会にただ出場するだけが目標なのか、それとも世界と勝負をしに行きたいのか。この心構えひとつで、今後の成長を大きく左右する。だからこそ、最低の基準ではなく、「Ⅱ」の記録を突破してもらいたいのだ。

 現在のトップの選手たちを尊敬したり、あこがれたりするのはいいことだ。しかし、それと勝負は別。トップに臆することなく、「俺が、私が倒してやるんだ」という強い気持ちでレースに臨んでもらいたい。それは必ず、記録という結果で現れてくるはずだから。


田坂友暁

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は100mバタフライでの日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのスポーツライター・エディターとして活動を開始。水泳と身体の知識とアスリート経験を生かした幅広いテーマで、水泳や陸上を中心に取材・執筆を行っている。