文=本田好伸

存続自体が危ぶまれるFリーグの現実

 日本フットサルの最高峰のリーグ「Fリーグ」は、2007年の開幕から10年が経過し、6月に11年目のシーズンが始まる。8チームから始まったリーグは、2009-2010シーズンに10チームに増え、2014-2015シーズンに現行の12チームとなった。シーズンごとに競技レベルが向上し、順調に歩みを進めてきたこのFリーグを中心とする日本フットサル界には今、避けては通ることができない一つの話題が浮上している。

「Fリーグはプロ化すべきなのか。そして、Fリーグのプロ化とは何なのか」

 現状は、所属するすべてのクラブが選手全員とプロ契約を結ぶプロクラブではない。名古屋オーシャンズが唯一のプロクラブという2007年の状況から変わらず、他の11クラブは、セミプロもしくはアマチュアクラブという位置付けにあたる。ただし、この「プロクラブ」の定義は曖昧で、勝利給などを含めて1円でも給料が発生する場合、クラブは選手と「プロ契約」を交わすことになるため、そういうことでは、ほぼすべてのクラブがプロクラブだと言える。しかし、ここでいう「プロクラブ」とは、全員が、選手契約だけで生活できる給与を得ているということ。その意味で、「ボールを蹴っているだけで生活はできない」というのが、Fリーグの現状である。

 こうした状況は、クラブ努力によってシーズンを追うごとに改善が見られ、2016-2017シーズンに、名古屋以外のクラブとして初めてリーグ制覇を達成したシュライカー大阪や、地元のビッグスポンサーの後ろ盾を持つバサジィ大分など、限りなく「プロ」に近い環境を用意できているクラブもある。それでも今、Fリーグを取り巻く“環境問題”が消えてなくなることはなく、むしろ払拭できない課題として、ネガティブな声が後を絶たない。「Fリーグは大丈夫なのか」、「果たして、Fリーグに未来はあるのか」、と。

 そうした、Fリーグの存続自体が危ぶまれる現実がある一方で、実際のところ各クラブは、間違いなく進化を遂げている。まもなく始まる2017-2018シーズンを前に、クラブとして初めての「完全プロ契約選手」が誕生した、フウガドールすみだがその一つの好例だろう。すみだに所属する弱冠20歳の清水和也が、トップチームに登録して4年目となる新シーズンから、「ボールを蹴っているだけで生活できる」選手となった。

自然な流れで生まれた完全プロ契約

©本田好伸

 すみだは、高校時代のサッカー仲間を中心に2001年に結成されたチームを前身として、Fリーグの下位に位置する地域リーグでその名を轟かせてきた。関東リーグで無類の強さを誇った彼らは、2009年の全日本選手権でFリーグの強豪を打ち破って日本一に輝くなど、“超地域級”の存在感を放っていた。そして、もはや必然のように、彼らもFリーグ入りを目指してクラブ整備を進めていき、2014-2015シーズンに、満を辞してFリーグ参入を果たした。その2年目には早くもプレーオフに進出し、3年目となった昨シーズンは、リーグ序盤戦で首位に立つなど、Fリーグでも際立つ実力を発揮していた。

 彼らの環境整備は、他クラブ以上に徹底されてきた。加入当初の清水のような、高校生かもしくは大学生ではない限り、選手は全員、選手活動とは別に、一般企業やスポンサー企業、パートナー企業、クラブのスクールコーチというように、アルバイトではなく、手に職を持っていた。「Fリーグのプロ化」という漠然とした目的がFリーグに漂っている中で、彼らは、ある意味で「企業チーム」のようでもあり、そうやって、選手と仕事を両立しながら高みを目指すという道こそ、すみだが目指すクラブ形態なのではないかと思われた。

 仲間内のフットサルから始まり、徐々にクラブとして体裁を整えてきた彼らの身の丈にあった選択は、非常に日本フットサルの現状にマッチしているようだったが、しかし彼らは、そこを到達点に据えていたわけではなかった。「清水和也と結んだプロ契約」は、すみだが“第二段階”に突入したことを意味していた。

 清水が、フットボウズというフットサル専門チームからすみだのセカンドチームに加わったのは高校2年生の秋頃のこと。1シーズンプレーした後、翌シーズンにトップ登録されることになった。「もともと彼は、専門学生や大学生かという考えだったが、一番なりたいのものはプロ選手で、引退後に指導者になることもビジョンとして持っていた。それならば、最初は厳しい環境かもしれないが、スクールコーチとしてやってみないかというところから始まった。それで1年ごとにしっかりと実績を積み上げていき、スクールコーチとしても、選手としても価値を高めていった。3年目の昨シーズンは、20点以上を挙げてクラブ内得点王になり、日本を背負っていく選手としての期待を込めて、そしてより厳しい環境に身を置いてもらう意味でも、決断した」(須賀雄大監督)。清水の思いと、彼自身が成し遂げた成果によって、もはや自然な流れで、このプロ契約選手が生まれた。

 クラブとして初の完全プロ契約選手を出したことは、着々と進めてきた環境整備の成果だと言える。クラブの創設者の一人として経営にも携わる須賀監督が、「Fリーグはプロリーグを目指しているので、参入する以上、目指せる可能性があれば最終的にそこを目指すのが筋だと思う」と言うように、クラブとしてのビジョンは「プロクラブ」にある。ただし、「選手が安心してプレーできる環境づくりが第一段階」だと定め、前述のような、選手が働きながらでも、安心して、もしくは生活に不安を感じることなくプレーヤーとして専念できる環境を整えることに努めてきた。「自分たちが思っていた以上に早く、環境の部分で、応援してくださる企業やファンが増えたり、スクールの基盤を進めることができている」と、Fリーグに参入して3年で一つの成果に達した。

フットサル選手の可能性を見出すクラブづくり

©本田好伸

 すみだにとって、「プロは目標であり、目的ではない」。彼らがもっとも大事にしているのは、「日本のフットサルが強くなるということ。うちであれば、それと同時に、地域で認知されて、文化になっていくことが使命だと思う。そういうものをFリーグのクラブとして担っている。だからこそ、そういう目的に向かって進んでいる」という考え方だ。プロ化を目指すという方法論を採りながら、常に目的がブレることなく突き進んでいるからこそ、地元の隅田区で愛されるクラブづくり、そして日本フットサルを強くするという方向に舵を切れているのだろう。

 しかし、大阪が優勝したことで、すみだにとっても、環境面の重要性を改めて痛感することになった。「練習の回数などがもたらすものは少なくない。それが全部ではないが、だからこそ、そういう環境整備を進めて自分たちが努力しないと、選手がいくら努力しても限界がある。クラブとしては、外国人選手を獲得することではなく、今いる選手が、より自信を持ってピッチに立てる準備をすること。そういうことを考えずに、良い選手を獲得すればいいという短絡的な考えには至らない」。だからこそ彼らは、クラブとしてできることを続けている。

 この先彼らは、午前中の練習環境を確保するために、選手が働いている企業と話し合いを設けたり、8月には、錦糸町とスカイツリーを結ぶ場所に、念願にして自前のフットサル専用コートを完成させる。ビッグスポンサーの獲得というインパクトのある経営ではないが、スポンサー、スクール事業、入場料収入、コート運営など、すべての環境整備を少しずつより良いものにしていくことで、着実なクラブ経営を続けているのだ。

 すみだが大切にしているのは、「クラブの強さは、選手だけの強さではない」ということ。選手の質を上げるためにできることを考え、地元に愛されるクラブとなるためにできることを模索していく。当たり前のようなことを、当たり前にやっていくということ。でも決して背伸びすることなく、身の丈にあった活動を続けることで、彼らは確実に成果を上げてきた。これは、他のどのクラブも考える必要のある大切なことに違いないだろう。

 そして、こうしたすみだのクラブづくりが意味するのは、「フットサル選手の可能性」に他ならない。すみだは、下部組織の選手育成にも力を入れてきたが、清水のような選手を輩出したことで、今はトップチームの選手に憧れる子供たちも多い。何より、等身大のフットサル界に触れている子供たちは、きちんと“リアルな夢”を描くことができる。清水のようなプロ契約ももちろん目指せるし、仮にそこに到達できなくても、大好きなフットボールに触れながら、仕事をしながら選手としてプレーする道を目指すこともできるのだ。

 すみだの育成年代の子供のように、社会における立ち位置を理解する選手は、雇用主の企業にとっても貴重なもの。フットサル育ちの選手は、社会に欠かせない人材──。すみだのクラブづくりとはすなわち、選手の価値を高める活動だ。理想と現実から目を逸らさないクラブがあることは、Fリーグの明るい未来だろう。


本田好伸

1984年10月31日生まれ、山梨県甲府市出身。日本ジャーナリスト専門学校を卒業後、編集プロダクション、フットサル専門誌を経て、2011年からフリーランスに転身する。(学生時代まではがっつり野球児だったが、今は)サッカーやフットサルをメインに取材を続けながら、ライター、エディター、カメラマンとして、オールジャンルの仕事をこなす。著書に『30分で勝てるフットサルチームを作ってください』(ガイドワークス)がある。