文=池田敏明

日本で使われる椅子やテーブルは鉄製の凶器

 4月27日の新日本プロレスで、NEVER無差別級王者の後藤洋央紀が挑戦者の鈴木みのるに敗れ、王座から陥落した。この一戦で、鈴木は後藤に対して執拗な椅子攻撃を仕掛け、ダメージを与えたという。

みのるは序盤から場外乱闘を展開。椅子を使って後藤を痛めつけ主導権を握る。20分過ぎには後藤の牛殺しを浴びて窮地に陥ってしまうが、GTRを何とか阻止すると、ドロップキックを発射し形勢逆転。さらには、みのるがレフェリーの目を引きつける間にセコンドのエル・デスペラードが乱入し、椅子攻撃を繰り出した。
【新日本】みのるがNEVER王座奪取!新日侵略再開だ

 凶器攻撃はプロレスの試合を盛り上げる要素の一つであり、中でも観客や関係者が座っているパイプ椅子は、会場に無数に準備されていることもあり、非常に“手頃”な凶器の一つとなっている。場外乱闘を繰り広げる間に観客から椅子を強奪し、折りたたんだ状態の脚の部分で小突いたり、座面を背中に叩きつけたりするのが主な攻撃方法だが、時には相手の脳天に思い切り振り下ろし、座面が吹っ飛ぶこともある。

 パイプ椅子は学校の体育館などにも常備されているため、誰もが現物に触れたことがあるだろう。持ち運んだことがある人は「意外に重い」と感じたはずだ。日本で市販されているパイプ椅子は、脚部分は鉄製で、重さは1脚あたり4キロを超えるものが一般的だ。それが背中や頭に振り下ろされる際のダメージを想像してほしい。

 もう一つ、代表的な凶器の一つに折りたたみ式の長テーブルがある。木製の天板の下に折りたたみ式の脚と棚がついており、会議室などで使われるアレだ。立てかけて相手を叩きつけたり、天板の上でパワーボムやパイルドライバーを繰り出したりといった使い方が多いのだが、こちらは硬い天板と鉄製の棚という二重構造になっており、たとえ叩きつけられたダメージで天板が割れたとしても、その下にある鉄製の棚が体を痛めつけることになる。

 パイプ椅子も長テーブルも市販のもので、プロレスの凶器として使われる想定はしていない。だからこそ硬く、重く、頑丈にできていて、凶器としては有効だが、想定外のケガに繋がりやすい。読んで字のごとく“凶器”なのだ。

アルミ製の“安全な凶器”で観客を盛り上げるWWE

©Getty Images

 頭部への攻撃を制限するなど、安全面に考慮しているアメリカのプロレス団体WWEではどうだろうか。こちらでも椅子攻撃やテーブル攻撃はたびたび見られ、盛り上げに一役買っている。ただ、日本のように観客から取り上げることはせず、リング下やバックヤードに仕込まれたものを使うため、“凶器用”に準備した特注品との見方が強い。パイプ椅子はアルミなどの軽い金属製で、椅子としての機能を果たしつつ、レスラーたちが振り回しやすいように軽く、なおかつ叩きつけた時にひしゃげて衝撃を与えにくくなっている。缶コーヒーのスチール缶とコーラなどのアルミ缶の側面を額にでも叩きつけて比較してみたら、どちらのダメージが大きいかは簡単に分かるはずだ。

 特注のパイプ椅子でも、もちろん頭部への攻撃は禁止されている。2000年頃、WWEではエッジ&クリスチャンという名タッグチームが活躍しており、彼らは相手の頭部目がけて左右からパイプ椅子を叩きつける「コンチェアト」という技を得意としていた。はた目から見ると非常に危険だが、実際のところは椅子同士を叩き合わせることで大きな衝撃音を出し、ダメージを与えているように見せている。2人の息の合ったコンビネーションなしには実現しない技だ。

 エッジ&クリスチャンと抗争を繰り広げていたダッドリー・ボーイズはテーブル攻撃を得意としていたが、こちらの長テーブルも特注品。天板は市販のものより薄く、柔らかい木材でできており、レスラーを乗せるだけでは壊れないが、叩きつけたら簡単に真っ二つになるという絶妙な塩梅で作られている。天板の下の棚もなく、簡易的な支えがあるだけ。割れた天板が肌を傷つけ、思わぬ出血に見舞われる可能性も低い。こちらはフローリングの床とベニヤ板で比較すればイメージしやすいだろうか。

 パイプ椅子やテーブルだけでなく、WWEで凶器として使われるものはすべて薄くて軽く、レスラーへのダメージを軽減させるように配慮されている。もちろんケガがゼロになるわけではないが、リスクを減らす努力をしている点は評価したい。

ただ、このようなことを書くと「ヤラセだ」、「八百長だ」と批判する声も当然出てくる。では逆に問うが、時代劇の殺陣のシーンでは真剣を振り回しているだろうか。サスペンスドラマで人間が落下するシーンでは、本当に生身の人間を崖や建物から落としているだろうか。窓ガラスに叩きつけるシーン、ビール瓶で殴るシーンでは、本物を使用しているだろうか。そもそもこれらの番組を「どうせフィクションだから」という視点で見るだろうか。

 うがった見方をせず、純粋にエンターテインメントとして楽しめばいいのだ。そして、ドラマで使用される様々な小道具は日本にもあるのだから、日本のプロレス団体も“凶器”に対する考え方を少しだけ変えれば、プロレスの表現の幅や可能性はもっともっと広がるはずだ。

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著者プロフィール 池田敏明

大学院でインカ帝国史を専攻していたが、”師匠” の敷いたレールに果てしない魅力を感じ転身。専門誌で編集を務めた後にフリーランスとなり、ライター、エディター、スベイ ン語の通訳&翻訳家、カメラマンと幅広くこなす。