文=高崎計三

様々な舞台で活躍し、多くを残してきたキャリア

9月4日に行われた髙山善廣についての会見が波紋を広げている。髙山は5月4日、DDTプロレスリング大阪・豊中大会のタッグマッチに出場し、試合中に自ら仕掛けた前方回転エビ固めの失敗で頸髄を損傷し救急搬送され、以後欠場が続いている。都内で開かれた会見にはDDTの高木三四郎社長、有志代表の鈴木みのる、髙山のマネージャーである石原真氏の3名が出席した。

会見での説明によると、髙山は5月8日に大阪市内の病院で手術を受けたが当初は首から下の感覚がなく、呼吸もできない状態だったという。その後、自力呼吸ができるまでに回復し、関東の病院に転院。当初、「頸髄損傷および変形性頸椎症」と発表されていたが、改めて「頸髄完全損傷」という診断が下され、医師からは「回復の見込みはないと言われている状態」だという。

この状況を受けて、髙山を支援する団体「TAKAYAMANIA」の設立が発表された。賛同するプロレス団体等の会場への募金箱設置、髙山プロデュースによる興行の開催などを通じて治療費等の支援に充てられる。また寄付のための募金口座も公開された。

髙山は1966年生まれ。大学卒業後サラリーマンを経て92年、UWFインターナショナルでデビュー。196cmの恵まれた体格は新人時代から注目されたが、当初の試合ではその体格を持て余している感も否めなかった。

その後成長を重ねて活躍の機会も増えたが、一つの大きな転機となったのは97年の全日本プロレス参戦。同じく長身のジャイアント馬場から、体格を生かした闘い方や立ち振る舞いについてアドバイスを受けてダイナミックなファイトに開眼し、馬場の死後、99年に全日本プロレスに入団。大森隆男と結成したタッグチーム「NO FEAR」で大暴れすると翌2000年には三沢光晴が立ち上げた新団体プロレスリング・ノアの旗揚げに参画した。

もう一つの転機となったのが、01年のPRIDE参戦だろう。特に同年6月23日、「PRIDE.21」で行われたドン・フライ戦では“PRIDE男塾塾長”フライと真っ正面から組み合っての嵐のような殴り合いを展開。敗れはしたものの、顔をボコボコに変形させながら一心不乱に拳を振るい続ける姿は観客を熱狂させ、今もファンの間では語り草となっている。以後、新日本プロレスなど様々な団体にも参戦し、いつしか“帝王”の異名で呼ばれるようになったが、04年には脳梗塞に倒れるという不運に見舞われた。しかしリハビリの甲斐あって06年に復帰、その後も多くの団体で活躍していた。

そんな髙山についての会見での発表はファンや関係者に大きな衝撃をもたらしたが、同時にあちこちから支援への協力表明が出ているのは、彼がプロデビューから20年以上にわたって様々な舞台で活躍し、多くのものを残してきたからこそだろう。さらに、これだけの活動期間にもかかわらずトラブルめいた騒ぎを耳にした覚えが全くないという事実も大きい。かつて参戦したことのある団体にまたフラリと姿を現したりすること、そして各団体・各方面に広い交友関係を持っているのも、不義理をしていないことの証明だろう。

相次ぐレスラーの負傷、予防策はあるのか

あちこちの団体で多くのタイトルも獲得したが、それよりも重要なのはその闘いぶりで見る者に強烈な印象を残したことだ。特に前述のドン・フライ戦を「心のベストバウト」に挙げるファンは数多い。総合格闘技の実績では遥かに勝るフライに対し一歩も引かずぶつかり続ける姿に「勇気と感動をもらった」と話すファンに出会ったことも一度や二度ではない。それこそ、飲み屋でたまたま居合わせたサラリーマンに「格闘技のライターをしています」と話すと、「あー、格闘技が流行ってた頃は見てたよ。アレすごかったよね、髙山とドン・フライの!」という答えが返ってきたことも2回あるほど。「記憶に残る試合をした」という点では、もしかしたら日本人格闘家では髙山が一番なのではないだろうか。

RINGS代表の前田日明も、フライ戦での髙山を絶賛する。

「捕まえて殴り合って、無謀な試合だったよね。あんなことやってたら壊れるのは目に見えてるんだけど、それでもやる。あれはね、プロレスを通った人間にしかできない試合ですよ。プロレスに対していろいろ言われることに我慢ならないからこそ、『冗談じゃない』という気持ちをああやってぶつけたんだよね」

一方、このような重篤な事態に陥ったことで、プロレス界への批判や、現状の見直しを求める声も上がっている。折しも、3月に本間朋晃が中心性頸髄損傷、4月に柴田勝頼が硬膜下血腫と、長期欠場につながる負傷が続いていたタイミングでもあったことから、危険な技や攻防への批判、団体や選手の健康管理について様々な意見が飛び交っていた。

しかし、ことは「この技とあの技を禁止すればいい」というような単純な話ではない。直接のきっかけになった技で言えば、本間はロープに足をかけた状態でのDDT(首を取って脳天からリングに打ち付ける技)、髙山は前述のように前方回転エビ固めの失敗であり、柴田に至っては(頭突きではないかという説もあるものの)倒れたのは試合後の通路でのことであり、どの技と断定はできない。誤解を承知で言えば、「もっと危険(そう)な技はたくさんある」のである。

三沢光晴の死亡事故が直前のバックドロップによるものかと言えば、これも今は多くの人が否定しているのと同様、そこには様々な要因がある。もちろん、だから放置していいというわけではないが、「予防策」を打ち出すためには、もっともっと多面的な検証と分析が必要だろう。

業界側も手をこまねいているわけではない。様々な経験を経て、団体や選手個人のボディケアへの意識はかつてないほどに高まっている。新日本プロレスの会場には三澤威らのメディカルトレーナーが常駐しているが、彼自身が首の負傷により短いキャリアで現役を断念せざるを得ず、その経験から現在の道に進んだという経験の持ち主だ。

格闘技中のケガは、保険の対象外に

髙山の一件では、脳梗塞を患った過去や年齢、オーバーウェイトを指摘する声もあるが、どれも「遠因の一つかもしれない」というレベルである。プロレス界全体で見れば高齢の選手が以前より増えていたり、団体に所属しないフリーの選手が多くなっているという現状があるのは確かだが、逆に言えばプロレスとは、「60歳の選手は60歳なりの試合で観客を沸かせられる」という特殊なジャンルでもあるのである。またフリー・レスラーは自分の状況に応じて、試合数を自己判断により調整することもできる。ここが他の競技との決定的な違いであり、プロレスにおける“対策”が一筋縄ではいかない理由でもある。実際、髙山も近年は以前のようなハードな試合は行っていなかった。

個人的には信じられない思いなのだが、今回、募金口座が公開されたことに対する批判の声も一部にある。しかし、意識はしっかりとあり会話もできるとはいうものの、肩から下の感覚がないという状態の髙山に対する医師の見立ては「回復の見込みはない」というものなのだ。この先、治療やリハビリにどれだけの時間がかかるかは全く見えず、収入が断たれている状態で治療費のみならず家族の生活もある。支援はできる限り多いに越したことはない。

髙山自身、UWFインターナショナル~全日本と同じ釜の飯を食った垣原賢人が悪性リンパ腫に倒れた時には、多くの会場に出向いて自ら募金箱を持ち、頭を下げていた。あまりにありきたりな表現で恐縮だが、すべては「助け合い」だ。

そもそもほとんどのプロレスラーは個人事業主であり、仕事が仕事だけに生命保険の条件も厳しい。ある保険代理店に確認したところ、下記のような回答を得た。

「プロの格闘家の方のお引き受けに関しまして、マニュアルおよび保険会社に確認をいたしましたところ、お引き受けは可能です。ただし、下記の制限があります。

■傷害保険
格闘技中のケガは対象外
その他のケガは対象

■生命保険
死亡保障限度額 3,000万円
医療保障 お引き受け不可
がん保障 お引き受け可」

髙山の場合は「格闘技中のケガ」に該当するため、対象外ということになる。やはり、今必要なのはより多くの人々の、継続的な支援なのである。

9月4日の会見を受けて、新日本プロレスをはじめとするプロレス団体、RIZINをはじめとする格闘技団体など、あちこちから募金箱設置のお知らせが出ている。また、呼びかけに賛同して協力を表明する選手・OBも数多い。ファンも含め、この支援の輪はもっともっと広がっていきそうだ。「ドン・フライ戦でもらった勇気と感動を、今度は僕たちが髙山選手にお返しする番」「あれだけ不屈の姿をリングで見せてくれた髙山選手だから、このケガも克服して立ち上がってくれると信じてる」というファンの声が、ネット上でもたくさん寄せられている。

前述の前田日明も、すぐに協力を表明した一人だ。最後に再び、彼の言葉で締めくくりたい。

「この先長くかかるだろうだから大変だけど、みんながいろんな支援をしようとしてる。カッコつけでも売名でも何でもいいから、協力できる人は協力してあげてほしいね」

【募金振込先】
三菱東京UFJ銀行
代々木上原支店
(店番号)137
口座番号:普通預金 0057767
口座名義:株式会社 高山堂

【TAKAYAMANIAお問い合わせ】 takayamania.staff@gmail.com

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高崎計三

著者プロフィール 高崎計三

編集・ライター。1970年福岡県出身。1993年にベースボール・マガジン社入社、『船木誠勝のハイブリッド肉体改造法』などの書籍や「プロレスカード」などを編集・制作。2000年に退社し、まんだらけを経て2002年に(有)ソリタリオを設立。プロレス・格闘技を中心に、編集&ライターとして様々な分野で活動。2015年、初の著書『蹴りたがる女子』、2016年には『プロレス そのとき、時代が動いた』(ともに実業之日本社)を刊行。