文=向風見也

「バランス」を武器に司令塔のレギュラー争いに名乗り

 ワールドカップを2年後に控えるラグビー日本代表で、将来を嘱望される1人が山沢拓也だ。筑波大学の4年生だった昨年はパナソニックに在籍。国内最高峰のトップリーグで、史上初の大学生選手となった。

 埼玉・深谷高校1年の時にサッカーから本格的に転向。間もなく全国レベルで活躍するようになり、高校3年時には日本代表候補入りも果たした。この春、ついにテストマッチ(国際真剣勝負)デビューも飾る22歳への注目は高まる一方だ。

 山沢が務めるのは、背番号10をつけるスタンドオフ。いわゆる司令塔だ。

 主に密集戦から出たボールを最初に受け取り、周りの選手にパスを出すこともあれば、防御の裏側にキックすることもある。チャンスと見るや自ら突破を図ることも求められ、まさに、頭脳と技術でチームを勝たせるポジションと言われている。ボールを前に投げることが許されないこの競技にあって、チームをいかに前進させられるかは、スタンドオフの選んだプレーに懸かっていると言っても過言ではない。

 過去には絶妙な間合いでのパスが光った松尾雄治、しなやかなランで魅了した平尾誠二がこの位置で「ミスターラグビー」と謳われた。そんな位置における有望株が、山沢なのだ。熱視線を浴びるのは自然なことだった。

 山沢の凄みのひとつは、「バランス」だ。

 自軍の戦術や相手の守備陣形によって立ち位置を変え、時に相手の死角へ駆け込みながらパスをもらう。そこからラン、パスを繰り出す一連の動きに、生来の「バランス感覚」をにじませるのだ。
 
 走り出してからの「ボディバランス」も光る。4月30日、東京の秩父宮ラグビー場。後半10分に登場した韓国代表とのテストマッチデビュー戦でも、その才能を発揮する。

 同33分頃、ハーフ線中央のスクラムから出たボールを右中間でもらった山沢は、少し、身体を外側へ向けた。相手タックラーがその動きにつられた瞬間、正面を向き直して約30メートルを快走。結局はカバーに入った選手のタックルで落球したが、身体の軸は最後まで一定を保っていた。

 このような山沢のパフォーマンスに、ボーデン・バレットを重ねるファンも多い。バレットは現ニュージーランド代表の主戦スタンドオフで、山沢と似たプレースタイルで知られている。

 代表定着までのハードルも、ある。

 山沢が名を連ねる今春の日本代表は、若手中心の編成。強豪国とぶつかるベストメンバーのチームでは、小野晃征や田村優らが背番号10候補の最右翼だ。それぞれ30歳、28歳と円熟期を迎え、落ち着いた連携で信頼を勝ち取っている。

 何より今度の若手組でも、同学年の松田力也らとの定位置争いがある。5月6日に秩父宮で組まれた香港代表戦では、的確なキックで陣地を稼ぐ松田が先発。山沢は29―17で辛勝した試合を、後半32分までベンチで見つめていた。

日本のバレットとなれるか。成長の原動力は向上心

©Getty Images

 もっとも、そのハードルを乗り越える資質は十分にある。山沢の真の凄みが、主体的な向上心だからである。

 2戦連続でのリザーブスタートとなった彼は、80-10で勝った韓国代表戦のプレーを「自分の判断ミスでトライチャンスを逃した部分もあった」と反省していた。今はトライアンドエラーを通し、持ち味を発揮するか周りを活かすかの塩梅を見極めている。

「『行きたい』で行って、止められてしまうところがある。『行ける』『行かないでおく』という部分を見つけていけたら。自分が最大限に見られて、聞けている範囲(の情報を得たなか)で一番いい判断をしたい」

 練習後は、ゴールキックの練習を欠かさない。歩幅や助走区間をその都度変えながら丁寧に蹴り込む。

 その様子を近くで見る堀川隆延アシスタントコーチは、「(ポールの)右サイドを狙っている、左サイドを……という意図が、観ていてわかる。1本、1本、自分でテストしているんです。ゴールキックの点に関しては、五郎丸に似ているかもしれません」と、本職であるヤマハのヘッドコーチとして指導した名キッカー、五郎丸歩を引き合いに出す。

 普段の山沢との会話を通しても、驚かされることは多いという。主体的な考えのもと湧き出てきたような質問が、次々と飛んでくるというのだ。

「ちゃんとすべてを熟知して、物事を遂行したい感じ。質問の内容もすごく細かいです」
 
 この言葉とリンクするのは、パナソニックのロビー・ディーンズ監督の意見だ。かつてオーストラリア代表なども率いた国際的コーチは、山沢の資質にこう太鼓判を押していた。

「自分からイニシアチブを取って、どう自分を成長させるかを考えている選手は、必ず、成長できます」

 関係者の耳目を集めた10代の頃に「(自分の)何がすごいのかわからない」と苦笑した山沢は今、バレットとの比較について「考えたこともなかったです。あの人(のラン)は、その場での最適な判断がそうなっている、ということだと思うので……」と語る。高まる周囲の期待へも、戸惑う顔つきでこう応じる。

「まだ、何もしていないのに」

 自然体でいるだけで謙虚に映る練習の虫は、日本代表を勝たせる騎士となるか。本人の意志とは裏腹に、注目はますます高まっていくことだろう。


向風見也

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、ラグビーのリポートやコラムを『ラグビーマガジン』や各種雑誌、ウェブサイトに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。