文=李リョウ

世界チャンピオンの獲得賞金額は?

 サーフィンの世界的なプロ組織は元世界チャンピオンで下院議員でもあるフレッド・ヘミングスと、ランディ・ラリックという2人のサーファーがハワイで1976年に立ち上げたIPS(International Professional Surfers)が始まりでした。その後1982年にASP(Association of Surfing Professionals)という組織に移行し、現在のWSL(World surf league)に再編成されたのは2012年からです。

 WSLは世界チャンピオンを決定するCT(チャンピオンズトーナメント)という世界ツアーを運営しています。サーフィンのプロ組織は他のメジャースポーツに比べれば歴史の浅さは否めませんが、年々その組織や運営そして賞金額も改善されてきています。過去最高額の優勝賞金がついたコンテストは2010年にニューヨークで行われた「Quicksilver Pro New York 」で、その金額は30万ドル(約3400万円)といわれています。現在のCTのコンテストでは平均して10万ドル(約1100万円)くらいの優勝賞金が掛けられています。

 では、世界チャンピオンの獲得賞金額はどのくらいになるのでしょうか。2016年に世界チャンピオンとなったジョンジョン・フローレンス(HWI)は賞金総額が40.6万ドル(約4600万円)でした。賞金額で2位になったのはマット・ウィルキンソン(AUS)で33万ドル(約3800万円)。3位がガブリエル・メディナ(BRA)で28万ドル(約3200万円)となっています。女性では昨年の世界チャンピオンになったテイラー・ライト(AUS)が4万ドル(約450万円)を賞金だけで稼ぎました。

 しかし、彼らの収入のメインは、賞金ではないのです。賞金額よりも格段に多い額が、メーカーとの契約金として支払われています。ここでも一番はジョンジョン・フローレンスで、2014年に7つのメーカーと一年で320万ドル(約3億6千200万円)の契約を結びました。ジュリアン・ウィルソン(AUS)は世界タイトルをまだ獲得していないにもかかわらず、イケメンで女性ファンの多いため、広告塔としての価値は高く180万ドル(約2億円)を得ています。女性ではステファニー・ギルモアが賞金も合わせて、総収入は180万ドル(約2億円)ということです。11度の世界チャンピオンを誇るケリー・スレーターは長年クイックシルバーやチャンネルアイランドと超高額の契約を結んでいましたが、現在は契約を解消して自分のブランドを立ち上げ、起業家として成功しています。というのも金額が高すぎて、並の企業ではケリー・スレーターと契約できないという事情もあったようです。

 コンテストの規模が大きくなるにつれて、ツアーを回るプロサーファーを取り巻く環境も変わってきました。90年代のASPの時代は、選手は一人でツアーを転戦してすべてを自分でまかなうのが普通でしたが、現在のトッププロにはマネージャーやコーチ、トレーナーなど選手を支援するサポーターが契約で帯同しています。プロサーファーだったグレン・ホールはツアー引退後、すぐにコーチに転職しCT選手数人と契約を結び、チームを結成して活動をしています。また、ガブリエル・メディナは家族でツアーを転戦し、食事は母親が作り、コーチやマネージメントは兄弟が行うというスタイルをとっています。年齢が若く、英語が苦手なガブリエルが、短期間で世界チャンピオンになることができたのは、ツアー中にも家族のバックアップがあったからだと言われています。いずれにせよ必要経費は選手がすべて支払うわけですから、勝敗のプレッシャーもそれに伴って大きくのしかかるのは当然です。

コンテストで戦わないプロサーファー

©Getty Images

 サーフィンは純然たるスポーツというより、サブカルチャーとしての側面も備えています。つまり『試合(コンテスト)で強い選手=ヒーロー』というわけでなく、試合に出なくてもサーフィンが上手くカッコイイサーファーは、それだけでヒーロー=広告塔としての価値があるため、企業から契約金を受け取ることができるのです。

 有名な例ではデーン・レイノルズ(USA)がいます。デーンは少年のころからサーフィンが上手く、将来の世界チャンピオンとして有望視されていました。しかし、ツアーでは良い結果が出せなかったのです。そこで彼は世界を旅しながら好きな波でサーフィンをして、その映像を広告やサーフムービーとして発信するというスタイルで生計を立てています。

 それでもデーンは、その容姿やエキセントリックな性格、そしてもちろん抜群に上手いサーフィンのテクニックで、若い世代からカリスマのような支持を受けています。そんな彼の2014年の年収は390万ドル(約4億4000万円)でした。このようなタイプのサーファーをプロのフリーサーファーと呼びますが、サーフィンの世界では意外と多く存在します。たとえばロックスターのドノバン・フランケンレイターや画家のオジー・ライトも元々はフリーサーファーでした。サーフィンをしながらアートで感性を磨き経済的に成功するという、まるで夢のような話です。


李リョウ

サーフィンフォトジャーナリスト。世界の波を求めて行脚中に米国のカレッジにて写真を学ぶ。サーフィンの文化や歴史にも造詣が深く、サーファーズジャーナル日本版の編集者も務めている。日本の広告写真年鑑入選。キャノンギャラリー銀座、札幌で個展を開催。BS-Japan「写真家たちの日本紀行」出演。自主製作映画「factory life」がフランスの映画祭で最優秀撮影賞を受賞。