文=篠幸彦

日本がスピード種目に遅れを取っている理由

 日本がボルダリングやリードと比べ、スピードが極端に世界から遅れを取っている理由は単純だ。日本にはこれまでスピードの大会が行なえる専用ウォールが国内に存在しなかった。岐阜に1ヶ所1レーンのみの専用ウォールはあるが、競技会開催には4レーンが必要でその条件を満たしていない。いずれにしても練習をするにも、大会を開催するにも環境がまったく整備されておらず、それがそのまま競技レベルの遅れに直結していた。今回の専用ウォールのオープンは、東京五輪に向けて急務とされている環境整備の大きな第一歩なのだ。

 スピード種目は大会毎に新しいコースが設定されるボルダリングやリードと違い、全世界共通で決まった15メートルのコースで行われる。どの大会でも同じコースを登るため、どれだけ専用のコースで練習をやり込み、登る動きを身体に染み込ませ、本番でその動きをミスなく素早く遂行できるかが重要な種目だ。専用ウォールがなかった日本が遅れてしまうのも当然なのだ。その差が顕著に表れたのが、こけら落としで開催された「スポーツクライミング東京選手権大会」と「SPEED STARS 2017」という2つの大会だ。

スピード種目における世界との差

©共同通信

(写真=スピードにも挑戦した野中生萌はワールドカップ第4戦のボルダリングで3位の成績を収めた)

 東京選手権大会は国内で初開催のスピードの公式戦だ。都内の選手と韓国代表の招待選手が出場し、その中には昨年ボルダリング世界2位の日本のトップクライマー野中生萌も名を連ねた。野中が出場した成年・女子部門はエントリー選手が3名(少年・女子1名含む)と少なく、これだけでも日本でスピードがマイナー種目であることを感じることができた。大会は野中が13秒87という記録で、2位・木暮花の25秒62と大差をつけて優勝した。互いにスピードの経験がほぼない中で、野中がトップクライマーの地力を見せる勝利となった。

 衝撃はこのあとに行われた「SPEED STARS 2017」で待っていた。この大会は世界記録保持者や昨年の世界ランク1位、2位など、スピード種目における現役のトップ選手が集められ、エキシビジョンながらワールドカップ決勝ラウンド並のハイレベルな試合が展開された。

 ここで筆者が撮影し提供した2つの大会の女子決勝を比較した動画投稿のツイートを見てもらいたい。

(動画提供=篠幸彦/CLIMBERS)

 動画左側の左レーンを登るのが野中で、右側の左レーンは昨年の世界ランク1位のアノック・ジュベール(フランス)、右レーンは昨年の世界選手権優勝のアンナ・ツィガノヴァ(ロシア)だ。記録はジュベールが7秒73、ツィガノヴァが7秒71で、その差わずか0.02秒というスプリント競技並のデッドヒートとなった。この対戦は昨年の世界選手権決勝と同カードで、つまりこれが世界トップレベルのスピードなのだ。日本がスピード種目で大きく遅れを取っている現状は、記録を見るよりもわかりやすかったのではないだろうか。

東京五輪は3種目の複合競技

 ただ、冒頭で述べたように東京五輪でのスポーツクライミングはボルダリング、リード、スピードの複合競技となるため、選手は3種目を行なった総合点で競うことになる。出場枠は各国男女2名ずつなので、どれか一つに特化して強い選手よりも総合的に強い選手が東京五輪に出場すると予想される。競技性で共通する部分が多いボルダリングとリードだが、スピードはまったく異なる競技性を持っているため、動画に出てくる2人のようなスピードのスペシャリストは東京五輪に出場しない可能性が高い。

 そうとは言っても、スピードのウォールの登り方を心得ている選手とそうでない選手とでは、素人でも一目でわかるほどの差が出てしまう。スペシャリストのように極める必要はないが、メダル獲得のためにはまずはスピードのウォールを体に叩き込む必要がある。国内初の専用ウォールが完成し、東京五輪まであと3年だ。この3年間でこの差をどれだけ埋められるかが日本のメダル獲得の鍵となる。


篠幸彦(しの・ゆきひこ)

東京都生まれ。スポーツジャーナリスト。編集プロダクションを経て、実用系出版社に勤務。技術論や対談集、サッカービジネスといった多彩なスポーツ系の書籍編集を担当。2011年よりフリーランスへ。サッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』でFC町田ゼルビアの番記者を担当。『サッカーダイジェストテクニカル』にライター兼編集で携わる。著書に『弱小校のチカラを引き出す』『高校サッカーは頭脳が9割』(東邦出版)『長友佑都の折れないこころ』(ぱる出版)がある。2017年よりスポーツクライミングの取材も行っている。