森保一は、広島に何を残したのか。栄光をもたらした戦術を徹底分析(前編)

2017年7月3日、森保一監督(サンフレッチェ広島)の退任が発表された。5年間で3度のJ1優勝を果たした名監督も、今季はチームをうまくハンドリングできないまま。チームは17位に低迷し、志半ばでチームを去ることに。とはいえ、その功績は色褪せるものではない。J1再開を控え、VICTORYでは改めて森保監督の優れた功績を戦術面から深掘り。なぜ優れたプレーモデルを築き上げることができたのか、なぜそれが機能しなくなったのかを探る。分析担当は、気鋭の論客である五百蔵容(いほろい・ただし)氏。

VICTORY ALL SPORTS NEWS
ここから、森保監督のシンプルでそれゆえ実効性の高い考え方、プレー原則をうかがうこともできます。
 
・最短距離でポジショニングする。
・裏のスペースを消す。
・中央を固める。
・DFライン間でギャップを与えない。
・縦に速くビルドアップ、カウンターする。
・相手を動かし、そのスペースを使う。
・自陣深くからの攻撃やポゼッションから時間をかけた攻撃でも、 相手DFを背走させる擬似的なカウンター状況を作れれば、 DFの視野外のポジショニングを得やすくなり、崩せる。
 
これらは、特別な考え方ではありません。どんなシステム、戦術であってもサッカーが現在のゲームルール、セッティングでプレーされる限り不変であろう、効果的にプレーするための原則といえます。創意にあふれたスペシャルな戦術、センセーショナルで革命的な方法論などは、そこにはありません。森保監督の偉業は、サッカーというゲームの本質に触れる、もっともシンプルな原理原則を、その時点のチーム状況をにらんだもっとも効果的な形で落とし込み徹底させたことにあると言えるでしょう。
森保一は、広島に何を残したのか。栄光をもたらした戦術を徹底分析(前編) | VICTORY

サンフレッチェ広島を3度のリーグ優勝に導いたものの、2017年途中で成績不振による退任を余儀なくされた森保一氏。現在は東京五輪代表の母体となるU-23代表監督兼・フル代表のコーチにも就任しています。今後数年の日本代表のカギを握る人材であることは間違いありません。
 
その森保氏が、サンフレッチェ広島をどのようにタイトル争いできるチームに導き、そしてその修正がどのような顛末を迎えたかを詳細に分析いただきました。

森保一の広島は、なぜ機能不全に陥ったか。最後の一手が尽き、万事休す(後編)

5年間で実に3度のリーグ優勝を成し遂げるほど、安定して成績を上げていた森保広島。2017年シーズンの低迷は、攻守に連続性・循環性のある広島のプレーモデルを支えていた、以下の二つの重要な要素が機能不全に陥ったことによってもたらされていました。(文=五百蔵容)

VICTORY ALL SPORTS NEWS
森保体制の最終盤では、この修正によって内容面では一定の成果をあげていたのですが、3CBの外側を使われる問題点をいかに消すか、約束事がなかなか定まりませんでした。DHが守るべきなのですが、この修正案では中央のカバーリングをすることになっているのでどの段階で中央を捨てるのか、3CBと2DHでどうスペースの、マーキングの受け渡しをするのか。最後まで曖昧なまま。森保監督が指揮をとった最後の4試合となった鹿島戦、川崎戦、大宮戦、浦和戦いずれにおいてもこのCBの外側を使われて失点しています。

この3-2ビルドアップ修正は、ロジックとしても実際面でも、おそらく森保体制下ではピーキーなものだったのではと考えられます。広島の現状のプレーモデル・プレー原則内ではこれ以上の対応は厳しく、まさに万事休していたのではないでしょうか。
森保一の広島は、なぜ機能不全に陥ったか。最後の一手が尽き、万事休す(後編) | VICTORY

後編では、2016年から徐々に狂っていった歯車が2017年についに機能不全に陥った理由を解説していただいています。特に、この3CBの外側をどう修正するかという部分において、ここまで詳細な分析はそう多くないでしょう。五輪代表でも基本的にはサンフレッチェ広島時代の戦術をベースに行なっている森保一監督が、どうこれらの課題に取り組んでいくかは注目に値します。

ミハイロ・ペトロビッチはどのようにJリーグを席巻し、敗れたのか? 五百蔵容

2006年の広島での監督就任から、実質12年。2012年から浦和に居を移し、その圧倒的な攻撃スタイルでJリーグに旋風を巻き起こしたミハイロ・ペトロビッチ監督の冒険は、7月30日で一旦幕を下ろしました。今後彼がどのような進路をたどるにせよ、Jリーグに”ミシャ式”がもたらした大きな影響を総括することは不可欠。分析力に定評のある、五百蔵容(いほろい・ただし)さんに総括を依頼しました。(文・図表:五百蔵容)

VICTORY ALL SPORTS NEWS
ぼくは<ミシャ式>とその改良版である<森保式>は、日本特有の気候要件や期待されるプレーモデル観(攻撃=美徳)、戦術理論・実践レベルの現状の水準に最適化されたシステムだったのではないかという仮説を持っています。
 
多くの人数で攻撃し、多くの人数で守る。攻守分断をあえてするシステムではあるが、守備一辺倒にならないよう攻撃にも人数をかけられるようになっています。それゆえ全体としては攻撃か、さすれば守備かという構造になっており、その間のトランジション局面を考慮しづらい、プレーモデルの構造内に代入しづらいものにもなっています。
 
<ミシャ式>では攻撃時の数的優位を過剰に追求する方に振りきったため後方のスペースを数的劣位のまま放置することになり、ここを質的優位や計画的なカウンターで狙われると防御しようがない(守備局面に遷移しきれない)という結果になっていました。
 
<森保式>では、数的優位の追求がポジション優位の追求に置き換えられることで攻撃局面と守備局面の相互移行がスムーズに行われ、かつ循環性を持つように調整され、安定性をもたらすことで、勝ちきれるチームが作り上げられました。
 
ですが、その移行局面のスムーズさが相手チームのトランジション時の仕掛けや自チームの編成上の問題で損なわれると、トランジション面での問題を戦術的に修正しきれなくなり、最終的に森保監督の退任に至りました。
 
攻撃でも守備でもない、その間のトランジション局面で生じる問題に対する脆弱さ・戦術的可塑性の低さ。攻守をあえてシステム的に分断することで両局面の優位性を確保しようとしたシステムである<ミシャ式><森保式>の最大の弱点はそこだったのではないかとぼくは考えています。
ミハイロ・ペトロビッチはどのようにJリーグを席巻し、敗れたのか? 五百蔵容 | VICTORY

ここでは、<森保式>のベースであり、サンフレッチェ広島を3度のリーグ制覇に導いた礎を築いたミハイロ・ペトロビッチの戦術について解説を依頼しました。広島、浦和という2チームを計12シーズンに渡って率い、魅力的なサッカーを展開した<ミシャ式>。その強みと、構造的に防御しようのない弱点について詳細に分析していただいています。

サウジがハリルホジッチに突きつけた、根本的なリソースの限界。徹底分析・サウジアラビア戦

9月5日、ロシアW杯アジア最終予選グループB最終節にてサッカー日本代表はサウジアラビア代表と対戦し、0-1で敗戦。印象的だったアジア最終予選を勝利で締めくくることはできなかったものの、グループ首位にてW杯行きを決めています。この敗戦についてはすでに様々な意見がでていますが、オーストラリア戦の分析が大好評を博した五百蔵容(いほろい・ただし)さんは「日本代表、ひいては日本サッカーが抱える課題が改めて浮き彫りになった」と捉えているとのこと。今後の日本代表を占う重要な論点を提示する記事となります、ぜひ御覧ください。(文・図表/五百蔵容)

VICTORY ALL SPORTS NEWS
歴代の日本代表監督が基礎的なゾーンDFの導入を考えたり、実際に試してみても早期に諦め、Jリーグでよく見られる守備方法のアレンジ版にシフトしていくのはある意味当然のことです。その守備方法が原則的にはらむ急所がそのまま代表チームに受け継がれるのも、また当たり前の現象と言えます。
 
ですが、重要な試合を決めるような局面でそのリスクが顕在化し続けてきた、という事実がある以上、ハリルホジッチ監督に強く求められるのは、「日本サッカーが保有するリソースの限界を踏まえつつ、この守備面での問題をなんらかの方法で、戦術的・作戦的・用兵的に改善すること」です。
 
「ポゼッションかカウンターか」「攻撃的にプレーするのか守備的にプレーするのか」といった観念論に耽るのではなく、このような具体的かつ構造的な問題の改善に資する分析や批評、議論が、ぼくたちの側にも求められるのではないか。サウジアラビア戦は、古くて新しいそんな難問を改めて突きつけられた試合でした。
サウジがハリルホジッチに突きつけた、根本的なリソースの限界。徹底分析・サウジアラビア戦 | VICTORY

ワールドカップアジア最終予選・サウジアラビア戦の敗北を受けた分析記事です。当時、すでに五百蔵さんは「日本サッカーが保有するリソースの限界を踏まえつつ、この守備面での問題をなんらかの方法で、戦術的・作戦的・用兵的に改善すること」と書かれています。
 
このリソースの限界は、何も今回だけ露見したものではなく、過去何度も起こってきたものでした。ハリルホジッチが、このリソースの限界に直面しながらどのようにウィークポイントを隠しストロングポイントを構築しようとしたか、その答えは永遠に見ることができなくなりました。

>「ポゼッションかカウンターか」「攻撃的にプレーするのか守備的にプレーするのか」といった観念論に耽るのではなく、
 
この記述が、いまはとても悲しく響きます。

日本サッカーの重大な課題は、「抽象化できないこと」である。五百蔵容×結城康平対談(2)

10月10日のハイチ戦は、3-3と打ち合いの末引き分け。「相手がブラジルなら10失点している」と、ヴァイド・ハリルホジッチ監督も落胆を隠せない様子でした。試合内容を見ると、レギュラーの選手が出場しないと途端に約束事が見えづらくなり、適切なタイミングで適切なプレーができないシーンが散見されました。本対談で五百蔵容(いほろい・ただし)氏と結城康平氏が述べた「蓄積するヨーロッパと、そうでない日本」という趣旨の箇所は、はからずもハイチ戦で露呈してしまったようにも見えます。キーワードは「抽象化」です。(語り手:五百蔵容・結城康平 編集:澤山大輔[VICTORY編集部])

VICTORY ALL SPORTS NEWS
五百蔵 ヨーロッパと日本のビデオゲームにおける「戦術」の考え方って、似ているようで違うんですね。日本のゲームの考え方がある意味革新的だったのって、まさに欧米におけるゲームの考え方と異なる角度から生まれたから。それがインタラクティブでリアルタイムで動く世界とマッチしたんです。でも、マッチしたからといってそのまま続けていくものかというとそうじゃなくて。
 
ウォー・ゲームの話にも結びつくんですが、要するに欧米のゲームって基本的に対人でやるものです。で、何をトレーニングしようとしているかというと、要するに戦争に勝つこと。常に領土を接していて、常に戦争の危機がある世界の中で、相手には相手の、こちらにはこちらの事情があるけども、戦場では同じ条件下で戦う。地形の制約、スペース、時間を交換し合う本質がある中で、相手の事情や思考プロセスを読みながらいかに勝ち抜いていくか。

勝ち抜いていく準備をするためには、ゲームという形で習熟していないといけない。欧州のボードゲームは、基本的にそういう発想なんですね。一定の条件下で、相手と戦術的な駆け引きをする。それをいかに子どもの頃から習熟するかという発想。

結城 文化レベルで、大きな違いがあるんですね。

五百蔵 そう。でも、日本はそういう発想が無いとは言わないけれど少ないんですよ。例えばあの素晴らしい『マリオ』シリーズにしたってそう。ここで言うような戦術的要素は薄い。そもそもゲームというのはどういうところから発生したものなのかということ、自分たちが経験的に持っている手札をそこから再解釈しなければ次の段階、よりハイレベルな領域にいけない。実はこれってちょうど僕らのゲーム開発している世代が果たせなかったことで。

ちょうど僕らの世代に、僕らが作っているタイプのゲームや技術がアウトオブデートになる未来が見えたんですね。で、僕らの世代がディレクタークラスになるころ、サルの芋洗いみたいに一斉に過去のボードゲームをあさり始める、ということが起きて。

――現場レベルでは、五百蔵さんたちの技術が時代遅れになることに気づいていたと。

五百蔵 そうなんです。だから、そこに戻って抽象レイヤーを獲得して次に行かないと勝てない、ということを一斉にやり始めた時期があって。でも、残念ながらこれは経営者レベルでは全く理解されず、そういう流れは全部断ち切られてしまった。時を同じくして、スマホや携帯ゲームがどんどん出てくることで、日本のゲーム文化が培ってきたものを一旦ひっくり返した世界に移行してしまった。

そのことによって、僕らがやろうとしたことも全部消えてしまったということを経験しているんです。だから、日本のサッカーの戦術的状況ってのがすごく実感をもって理解できるんですよ。
日本サッカーの重大な課題は、「抽象化できないこと」である。五百蔵容×結城康平対談(2) | VICTORY

やはり優れた書き手・結城康平氏との対談記事より。「抽象レイヤーを獲得して次に行かないと勝てない」という考え方そのものが、日本サッカー界に乏しいものの一つです。
 
個別具体的なプレーの解説は優れているものの、それを戦略のどの中に位置づけ、反復的に相手の弱点を突いたりこちらの長所を活かすという戦略をもたない人々はとても多い。どころか、「抽象的=具体的でない=間違っている、ボンヤリしている、机上の空論である」という考え方すらあるようです。
 
実際、抽象化が苦手であるからこそ、JFA田嶋会長はいざ「日本らしいサッカーとは何か」と問われて「ボールを繋ぐ」という曖昧な答え方しかできなかったのでしょう。日本サッカーが今後どう進むにせよ、抽象レイヤーを獲得しない限りは次に進めません。ハリルホジッチの抽象的な理由による解任および、後任人事の不透明さは、次に進む可能性すらなくなってしまったことを示唆しているようにも思えます。

VictorySportsNews編集部

著者プロフィール VictorySportsNews編集部