構成・文/キビタ キビオ 写真/下田直樹

コリジョンルールには不満が溜まっていたんだ!

──今回は、シーズンから適用されたホームベース上で接触プレーを禁じるコリジョンルールについて伺います。シーズン前半戦だけでも何度か物議になりましたが、交流戦終了後に見直しが検討され、「実際に選手同士の衝突が起こったかどうか」を重視する新基準に変更される見通しです。早ければ、後半戦開幕から導入するとのことですが……。

中畑 コリジョンルールについては、個人的に不満が溜まっていたんだ! こうした検討がなされる以前から、オレは「1年間やってみて……なんて言わず、悪いシステムとわかったら、早く直すべきだ!」と、訴えていた。だから、ずっとジレンマを抱いていたよ。

──今年もDeNAの監督を継続されていたら、大変なことになっていたかもしれませんね。

中畑 いても立ってもいられなくなって、緊急の監督会議を開いていただろうな。各球団の関係者や審判も呼んで、合同で意見を出し合ってさ。少しでも早くルールの見直し、変更を推し進めていたと思うよ。

──くしくも、今回は早い対応がなされルールの見直しが実現されました。

中畑 その点については良かったよ。ペナントレースが後半戦に入ると、ひとつのプレーがチームの順位を左右するくらい重要になる場面も出てくる。もしそこで、コリジョンルールによる後味の悪い判定が下されたら……たまったものじゃないからな。

選手や観客はビデオ判定になるとストレスが溜まる

──それにしても、これほど混乱を引き起こすとは思っていませんでした。

中畑 混乱というか、オレが一番懸念したのは、野球がつまらなくなってしまったところだよ。ケガ人を出さないということがひとつの目的で取り入れられたルールだけれども、そのために、野球プレーそのものに大きな変化が生じてしまっては本末転倒だから。

──大きな話題になったのは、5月11日の甲子園球場での阪神対巨人戦でしたね。ホームベースの後ろで送球を捕ってタッチした原口文仁(阪神)のプレーが「走路上で捕球している」というアピールによりビデオ判定となり、アウトがセーフに覆りました。また、それ以降、6月14日の広島対西武戦、6月17日の阪神対ソフトバンク戦では、最後のプレーがビデオ判定に委ねられ、いずれもサヨナラゲームになっています。

中畑 マツダスタジアムでは判定が覆ってのサヨナラ、甲子園は判定の結果、該当せずという判断でのサヨナラ。どっちにしても「これがアウトなら試合終了、得点になったら延長戦」というプレーがビデオ判定で待たされ、ようやく決まるというのはなあ……。あれでは、その場のテンションが一気に下がってシラけてしまうだろう? 結果を待っている時間も意外と長く感じるから、みんなストレスが溜まってしまうよな。

──ましてや、判定が覆った場合、覆ったチーム全体が受ける影響力は計り知れないですよね。

中畑 そもそも、コリジョンルールに絡むプレーが出るたびに、不利な判定を受けた球団がいちいち提訴していること自体、おかしなことだよ。

野球の魅力を著しく低下させてしまう

中畑 そもそも、このルールは、一度下されたジャッジが覆るだけでは済まない影響力がある。当然のことだけど、今シーズンは、本塁での迫力あるクロスプレーが、すっかりなくなってしまった。それは、野球の魅力を失うことに直結する話だよ。

──確かに、プレーそのものが大きく変化しましたね。

中畑 間違いなく、いままでオレたちがやってきた野球ではないな。これまでのキャッチャーは、ランナーのスライディングをギリギリのところでブロックして、多少送球が遅れたり、逸れたりした場合にそれをカバーしてアウトにするテクニックを磨いてきた。また、ランナーについては、そうしたキャッチャーのブロックをまわり込んだり、タッチをかいくぐってホームベースに触れるテクニックだよな。それらが、なーんにもいらなくなってしまったんだぜ? となれば、もう練習する必要がないから選手の技術は低下してしまうだろう。

──今年の捕手は、走者に対して腫れものに触るかのようにタッチにいっているように見えることがあります。

中畑 それに、「安全第一です。どうぞ、どうぞ」みたいなプレーを見て、喜ぶお客さんなんているか!? いや、誰もいないぞ。本当に、百害あって一利もないルールだと思うよ。このまま前半戦のルールが続いていたなら、感動的なシーンがまったくなくなってしまっていただろうな。

──コリジョンルール導入のきっかけは、メジャーリーグがすでに1年前から導入していたので、それにならったというのがひとつ。また、日本でも昨年までプレーしていたマートン(元阪神)が、ヤクルト戦などで捕手に度重なる過度なタックルをして問題視されていた、という背景もありました。それを考えたら、ある程度やむを得ないことだったのではないか、という気もします。その点はどうでしょうか?

中畑 いやいや、それは違うよ! マートンのような度を越えたタックルをする選手は、そんなにたくさんはいないのだから。あんな選手がまた出てくるようなら、永久追放にしてしまえばいい! そこまでいかない場合でも、あからさまな危険行為をした選手は、出場停止や罰金などのペナルティーを個別に課せば済むことさ。それは簡単なことだし、選手にとっても死活問題になるから、危険なタックルなんてやらなくなるよ。

──気になるのは、新ルールに改定されたとしても基準がケースバイケースだと、前半戦同様、球審によって判定が分かれる心配は残りますよね?

中畑 いや、それは別にいいのよ。審判に権限を持たせることは当たり前で、その場で下したジャッジがすべて正解という世界は、むしろ、変えてはいけないことなんだ。

──なるほど。先ほども、「判定が覆ることが野球の魅力を失う」と話していましたものね。……ということは、ビデオ判定をすることについても、中畑さんは反対ということですか?

中畑 そりゃあ、そうだよ。前半戦までのコリジョンルールのビデオ判定は、衝突によるケガを防止するためのものだから、審判の権限というところまではいってない。「誰が見ても走路妨害をしたかどうか?」という判定をするだけに留めてしまっているからな。

なんでも安全な方向へ行こうとする球界の空気が心配

中畑 実は、コリジョンルールについては、もうひとつ別の意味で考えさせるものがあるんだよ。

──どういうことですか?

中畑 「コリジョンルールの対応=いまの野球界」という感じがするんだ。野球界全体の問題として「野球が持っている魅力そのものを崩してでも、合理的な方向にもっていこうとする空気になっていないか?」と、心配しているんだ。たとえば、より多くのプレーでビデオ判定が導入されていく傾向になっていくようだと、際どい判定はすべてビデオ任せになってしまい、審判のレベルがどんどん落ちていって最後は審判がいらなくなってしまう。こんなつまらないことはないよ。

──少し不謹慎かもしれませんが……「審判をごまかして有利な判定にもっていく」のも、選手のテクニックのひとつですからね。

中畑 「これぞプロ!」という世界を作っておかないとダメなんだよ。そういったプレーは、本当にギリギリの瞬間から生まれてくるものだから。そのなかで、どうしてもケガが出てしまうことはあると思うけど、それは仕方がないことだから。

──すると、それ以前から導入されているポール際のホームランがファウルかどうかのビデオ判定と、今回のコリジョンルールのビデオ判定とは質が違うと考えていいですか?

中畑 そうだね。要するに、魅力の問題なんだよ。「プロ野球とはなんぞや?」というところの肝になる部分が失われてしまう流れになるのが怖い。身の安全、ケガ防止ということは大事なことではあるんだけど、そういったことを重視し過ぎるあまり、野球の魅力を低下させる方向に進むようでは総合的に見て野球界のプラスにならない。

──他にも同じような傾向にある野球界の現状の問題はありますか?

中畑 クライマックスシリーズ(以後CS)がそうじゃない? たとえば、今年のようにソフトバンクや広島が独走態勢をとったときに、CSが導入される前なら、全球団が投手ローテーションを組み替えてでも首位チームの勢いを止めようという雰囲気になって“包囲網”を敷いたものだよ。でも現在のシステムだと、どのチームも「3位位内に入って、CSに出られればいい」という、逃げ道を作ろうとする意識がどうしても出てしまう。そうなると、「ローテーションは崩さず、自分たちのペースを維持した方がベターだよな」となる。それは、オレも4年間DeNAで監督をやってみて、ようやく理解したことだった。

──監督を務める以前に、外で見ていたときは実感できなかったことですか?

中畑 むしろ、「あくまでも、最後まで優勝を狙うべきだろう? なんで首位のチームに良いピッチャーをぶつけないんだ?」と思っていたよ。でも、その考えは違ったな。なかにいれば、現在のルールにおいて少しでも可能性がある方へいかざるを得なかった。

──パ・リーグで現在のルールに近いプレーオフ制度が導入されたのが2004年、セ・リーグと足並みを揃えて「クライマックスシリーズ」が初めて開催されたのが2007年。「クライマックスシリーズ」としては、今年でちょうど10年目になります。

中畑 その意味では、「いまのままで、本当にいいの?」ということを、もう一度、議論する時期がきている気がするな。

──コリジョンルールもそうですが、常に野球の魅力がファンに伝わるかを重視して、その都度、ルールやシステムを調整していくことが大事ということですね。

中畑 そういうこと! 今回のコリジョンルールについては、いい教訓になったと思う。試してみるのは大切だから、まずはやってみる。そして、「おかしい?」となれば、話し合って変更していけばいい。

──メジャーリーグでは、今年から二塁ベース上での併殺崩しを禁止するルールも導入されています。日本でも来年以降、導入するかどうかが再び議論になると思います。こうしたケースで、日本独自のルール設定をして、アメリカと齟齬が生じても構わないですか?

中畑 あったり前だよ! 日本は日本で独立して動いていく時代に入っているんだ。だって、“ベースボール”ではなくて“野球”なんだから、なにもかもアメリカの右にならう必要なんてない。日本のプレー環境に合わせたオリジナルをどんどん入れていくべきだと、オレは思うよ。

中畑清
1954年、福島県生まれ。駒澤大学を経て1975年ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。「絶好調!」をトレードマークとするムードメーカーとして活躍し、安定した打率と勝負強い打撃を誇る三塁手、一塁手として長年主軸を務めた。引退後は解説者、コーチを務め、2012年には横浜DeNAベイスターズの監督に就任。低迷するチームの底上げを図り、2015年前半終了時にはセ・リーグ首位に立つなど奮戦。今季から解説者に復帰した。

キビタ キビオ
1971年、東京都生まれ。30歳を越えてから転職し、ライター&編集者として『野球小僧』(現『野球太郎』)の編集部員を長年勤め、選手のプレーをストップウオッチで計測して考察する「炎のストップウオッチャー」を連載。現在はフリーとして、雑誌の取材原稿から書籍構成、『球辞苑』(NHK-BS)ほかメディア出演など幅広く活動している。


キビタ キビオ