構成・文/キビタ キビオ 写真/下田直樹

ハングリーになるにはいいチャンス!

──巨人にドラフト1位で入団し、大きな期待をかけられてきた大田泰示が、吉川光夫を交換相手の中心としたトレードで日本ハムに移籍することになりました。

中畑 選手が環境を変えることでより成長できるチャンスを得られるのなら、そのタイミングは生かすべきだよ。その意味で、大田のトレードは前向きに考えたら、まさにそういうチャンスではないかな。オレの時代の仲間でいえば、庄司(智久)がそうだった。

──1980年代にロッテで活躍した俊足の外野手ですよね。巨人時代は1977年のイースタンリーグで打率、本塁打、打点、盗塁の四冠を獲得するなど、二軍では無敵でしたが、当時の巨人の外野陣は壁が厚くてレギュラーどころか一軍にも昇格するチャンスもわずかしかなく、外野の手薄だったロッテに移籍したことで、ようやく活躍の場を得ることができました。

中畑 庄司と同じで、大田にはとってはちょうどよかったと思うよ。実はオレもDeNAの監督になってから初めて認識したことなんだが、巨人の二軍の選手は恵まれ過ぎているところがあるよ。あらゆることに対して面倒見てもらえる環境が整っていて、ところによっては他球団の一軍選手以上に優遇されている。正直、DeNAのファームの選手を見て、「これほど、恵まれていないとは」と思ったくらいだよ。

──そんなに違うものなんですね。

中畑 巨人では、二軍暮らしの方が多い“一軍半”のような選手にもスポンサーがついたりして、用具の提供を受けられたりするからな。練習施設や寮の環境もいいし。でも、そういう恩恵を受けることを選手が「あたり前」になってしまっている。だから、「自分たちはすでにスター選手である」と錯覚しているところがあるんだ。プロ野球選手は、あくまで一軍で活躍することが本筋であって、本来は自分が努力して一軍で結果を出し続けて、ようやくスポンサーがつくものだろう。それが、ちょっとだけ一軍に上がって短期間活躍しただけで、その後は一軍と二軍を行ったり来たりの選手にスポンサーがつくこと自体、そもそも間違っているよ。もっともっと、ハングリーにならなくてはいけない時期なのに、すでに一軍の選手になったかのような気持ちでプレーしているようでは、もう一皮、いや二皮もむけてほしい選手がむけるはずないよ。

──外に出て、初めて自分が恵まれていたことを自覚するわけですね。

中畑 そう。それによって、野球に取り組む意識がいままでと違ってくる可能性があるからな。大田もいい方向に進めば、来年は面白くなるよ。

必要なのはバッティングの“幹(みき)”と持つこと

──中畑さんは、大田が能力的には十分一軍で通用する素材であると思いますか?

中畑 それは、多くの人が既に認めているじゃない? ドラフト1位で入ってくるような選手は、みんないいものを持っているよ。ただ、一軍に定着できない選手というのは、それを成績につなげて継続することができない。それは、力の使い方、テクニックの使い方について、自分自身の信念をしっかり持って、本当に考えてプレーしているかどうかの違いだと思う。大田のことは、相手チームの監督として毎年見てきたけど、見るたびにバッティングフォームが違っていた。

──それは、なぜでしょうか?

中畑 自分にとっての“芯”とか“幹(みき)”がないように感じられるわけよ。それを徹底して見つめ直さないと。いい機会だから、「バッターというのは、なにが一番大切で、一軍の打席ではどういった応用をしていかねばならないのか?」ということを真剣に考えてほしいな。大田を見ていると、そういった一番ぶれてはいけないところをわかっていないような気がする。人から言われたことを、ただそのままやっているだけのように見えるんだよ。

──だから、チョコチョコとフォームを直してしまい、自分のフォームが本来どうあるべきかわからなくなってしまうんですね?

中畑 そう、そう。そういう選手がいまは多いよ。しょっちゅう、タイミングのとり方を変えたりしてな。大田もそういうところがあるな。

──ただ、プロの選手ほどであれば、スイングの形はできている選手ばかりなので、あとはタイミングをどう合わせるかですよね? 逆に言えば、バッターにとってはタイミングを合わせるフォームなりテクニックなりをつかむことが目指すべき究極であって、どの選手もそのことに頭を悩ませていると思います。実際、タイミングのとり方というのは、どうあるべきなんですか?

中畑 いまの野球は、基本的に動くボールが多いし、落ちるボールや緩急も混ぜてくるだろう? だから、バッターにとってはすごく難しい域に入ってきている。それを確実に打ち返すには、よりシンプルにタイミングのとり方を作らなくてはいけない。そうなると、普通に考えたら一本足のような大きい動作では厳しいよな。むろん、才能のある選手が集まっているから、できる選手は一本足でもいけるけどさ。

──球種が多様化しているとなると、できるだけ手元まで引きつけて対応するような工夫をしなくてはいけない、ということですね?

中畑 そうだな。強く振ることも大事だけど、数多くの球種に対応するには、そのほかにどういう応用が必要なのか。それを自分で探求して自分のものにするというのが、一番必要なこととしてあるだろう。大田は、その部分がまだ弱いと思うよ。

どこの世界でも「指示待ち人間」になってはダメ!

──大田のように期待が高い選手には、多くのOBや指導者の方がアドバイスしにくるものなんですか?

中畑 そうだな。みんな悪気はまったくないと思うけれど、外の人がアドバイスしにくる機会は多いと思う。しかし、だからといってそれを言われるがままに全部吸収して取り込んではダメなのよ。言い方が悪いかもしれないけれど、“聞き流す”技量がないと。自分に「合う」「合わない」は絶対にあるから。

──取捨選択ですね。

中畑 それに、いつも見てくれているコーチがチームにいるからな。その人を信じてマンツーマンでとことんやるのも大事なこと。「この人と裸一貫でやっていこう!」という勇気や決断も必要だよ。

──それを自分で判断しなくてはいけない。

中畑 そういう世界だよ。でも、それはどこでだって同じだろう? 「指示待ち人間」になってしまっていては、どんなところでも成功しないよ。

──なるほど。その意味では、先ほどの“聞き流す”ことも含め、世の中に共通する大切なことかもしれません。過去、名選手だった人に取材したときにも、自分に合わないアドバイスを受けたときは聞いたフリをするという話をよく聞きました。人によっては、その場で一応言われたとおりスイングしてみせ、アドバイスした人を安心させておいて、いざ試合になったらいつものとおりやる、という芸の細かい強者もいました。

中畑 アッハハハ! 確かにいるな。

──でも、それで結果が出れば文句はないですし、結果が出ない場合に責任を取るのも自分自身ですもんね。

中畑 そう! そういうことだよ。大田もそういう選手に生まれ変わってくれたら、きっと活躍するだろう。

──日本ハムという球団は、大田にとってはいい球団になりそうですかね?

中畑 それは行ってみなければわからないけど、日本ハムとしては大田がほしくてトレードを成立させたわけだから、それだけの期待感を持って受け入れてくれるはず。自分を覚醒させるためには、すごくいい環境になると思うよ。

──そして、巨人には吉川が入ります。2012年にパ・リーグで最優秀防御率とMVPを受賞したこともある先発左腕です。

中畑 それと、公文(克彦)と石川(慎吾)という若いふたりを合わせた2対2のバランスを考えたうえでの決断だったということだな。トレードというのは、「このままだと、この選手はもう難しいかもしれない」とお互いの球団が思っている人間同士で行われるもの。大田はもちろんだけれども、やるからにはすべての選手がチームにとっていい方向に成長していってくれるといいな。

(プロフィール)
中畑清
1954年、福島県生まれ。駒澤大学を経て1975年ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。「絶好調!」をトレードマークとするムードメーカーとして活躍し、安定した打率と勝負強い打撃を誇る三塁手、一塁手として長年主軸を務めた。引退後は解説者、コーチを務め、2012年には横浜DeNAベイスターズの監督に就任。低迷するチームの底上げを図り、2015年前半終了時にはセ・リーグ首位に立つなど奮戦。今季から解説者に復帰した。

キビタ キビオ
1971年、東京都生まれ。30歳を越えてから転職し、ライター&編集者として『野球小僧』(現『野球太郎』)の編集部員を長年勤め、選手のプレーをストップウオッチで計測して考察する「炎のストップウオッチャー」を連載。現在はフリーとして、雑誌の取材原稿から書籍構成、『球辞苑』(NHK-BS)ほかメディア出演など幅広く活動している。


キビタ キビオ