文=池田敏明

テベスに49億円をつぎ込んだ中国の不動産グループ

 2016年12月29日、中国スーパーリーグの上海緑地申花が、アルゼンチン代表FWカルロス・テベスを獲得したことを発表した。移籍金の約13億5000万円はごく一般的な額だが、注目すべきはその年俸。2年総額で約98億円、年俸約49億円という衝撃的な額での契約が結ばれたのだ。まさに“爆買い”だ。

スペインの『MARCA』によると、テベスは1シーズンあたり4000万ユーロ(約49億円)ほどのサラリーをもらう見通しとなっているという。
テベスの上海申花加入が正式決定…年俸49億円の破格条件で中国上陸 - Goal.com

 たった1人の選手を2年間つなぎ留めておくだけのために総額100億円以上の資金を費やした上海申花だが、気になるのはクラブの経営母体だ。いったい誰がこのクラブを保有し、どれだけの資金力を持っているのか。

 上海申花を所有するのは、国内最大手の不動産グループ『緑地集団』。日本を始め、世界中で不動産投資を行っている超巨大企業であるだけに、クラブの運営に年間数百億円をつぎ込める資金力は十分に備えている。他にも、2015年のFIFAクラブワールドカップに出場した広州恒大は大手不動産会社『恒大集団』とインターネット商取引企業『アリババ・グループ』による共同経営、2016年7月に年俸18億円でイタリア代表FWグラツィアーノ・ペッレを獲得した山東魯能は国内最大の送電会社『山東電力』が経営と、中国のクラブは大企業が経営母体となっている。

タイ、UAE、カタール、ロシアの富豪に買い漁られるビッグクラブ

©Getty Images

 “爆買い”の波が飲み込んでいるのは、選手だけではない。日本代表DF長友佑都が在籍するイタリアの強豪インテルは、2016年6月に中国の大手家電販売企業、『蘇寧電器グループ』がクラブの株式の過半数を取得。日本代表MF本田圭佑が所属するミランも、中国系投資グループへの売却が秒読み段階となっている。

 ミランは元々、イタリアの実業家であり、同国首相を務めた経験もあるシルヴィオ・ベルルスコーニ氏が所有するクラブだった。1986年に彼がクラブを買収し、私財を投入するようになってから、ミランは黄金期に突入していった。しかし近年は成績が低迷し、クラブが抱える負債も増加。躍進著しい中国系企業へのクラブ売却は、時代の流れとして仕方がないことかもしれない。

 アジアの企業や実業家が欧州のビッグクラブを買収した例は他にもある。日本代表FW岡崎慎司が在籍し、15-16シーズンのイングランド・プレミアリーグで奇跡的な優勝を遂げたレスター・シティは、タイ最大の免税店『キング・パワー』のオーナーであるウィチャイ・シーワタナプラパー氏が2010年8月に買収している。彼はアメリカの経済誌『フォーブス』による2016年のタイ富豪ランキングで7位に入る資産家で、個人資産は約3800億円にも上る。レスターが優勝した際には、選手全員に1300万円のBMWを1台ずつプレゼントしたという逸話を持つ。

 また、マンチェスター・シティはUAEのアブダビ・ユナイテッド・グループ、パリ・サンジェルマンはカタール・スポーツ・インベストメントと、中東の投資グループがクラブを買収し、潤沢な資金を惜しげもなくつぎ込んでいる。彼らの登場によって各クラブは急激に力をつけ、リーグの勢力図を劇的に変えている。

 プレミアリーグの場合、チェルシーがロシアの“石油王”ロマン・アブラモヴィッチ氏、マンチェスター・ユナイテッドがアメリカの実業家であるグレーザー一族、リヴァプールはアメリカのスポーツ投資会社フェンウェイ・スポーツ・グループ、アーセナルはアメリカ人実業家スタン・クロエンケ氏と、国外の実業家や外国企業がビッグクラブの経営権を握ることが、もはや当たり前の時代となっている。

 では、スペインが世界に誇るレアル・マドリーやバルセロナが国外の企業に買収される可能性はあるのだろうか。現時点では「ない」と言える。というのも、両クラブは株式会社ではなく非営利団体の形態を採っており、会長はいてもオーナーは存在しないからだ。あえて言うなら、R・マドリーは10万人、バルセロナは14万人のソシオ(クラブ会員)たちが年会費を払い、クラブの所有者となっているのだ。会長になれるのもソシオに限られており、会長選挙に立候補し、ソシオによる投票によってのみ就任の是非が問われる。もし、海外の実業家がR・マドリーやバルセロナを手中に収めたいと思ったのであれば、まずクラブのソシオになり、会長選への立候補に必要な諸条件をクリアしなければならない。R・マドリーの場合は20年以上ソシオであり続ける必要があり、かなりの根気が必要だ。

 もっとも、スペインには株式会社形式のクラブも存在し、例えばビジャレアルは世界的タイルメーカー『パメサ・セラミカ』の会長、フェルナンド・ロイグ氏が経営権を握っている。2010年にはカタール王室のシェイク・アル=タニ氏がマラガを買収するという事例も起こっている。R・マドリーやバルセロナを買収することは不可能かもしれないが、両クラブを凌駕するようなクラブをスペインに作ることは、十分に可能なのだ。


池田敏明

大学院でインカ帝国史を専攻していたが、”師匠” の敷いたレールに果てしない魅力を感じ転身。専門誌で編集を務めた後にフリーランスとなり、ライター、エディター、スベイ ン語の通訳&翻訳家、カメラマンと幅広くこなす。