文/服部健太郎

大反響を呼んだビッグネームの提言

「チームの走り込みをなくすことです。そこからです」

 日本球界への提言としてテレビ番組内でダルビッシュが語った内容は大きなインパクトを多くの野球人に与えた。その後も自らの考えと経験に裏打ちされた提言は続いた。

「走りこみによって、いまやっているトレーニングをしている意味がなくなってしまうくらいに筋肉が削り取られてしまう」

「3キロ走とかあるじゃないですか。それによって体力がつくと言いますが、自分から見ればノーメリットですよ。メリットがあるとしたら血行が良くなるくらい。それならお風呂に入ればいいじゃんとなる」

「自分は2、3日に1回、30メートルダッシュを思い切り6本走るくらい。それ以上はやる必要がない」

「ポール間の距離をたまに走るくらいならいいですけど、毎日のように走るじゃないですか」

 有酸素運動となる長距離走は全否定に等しく、「ある程度、長距離を走ってしまうと(瞬発的なパワーを生み出す速筋よりも)遅筋が優位に働いてしまったりするというのもあるので」と理由も明確に示した。

 加えて、「キャンプだから」「不調だから」といった理由でランニングメニューをチーム全体の練習に画一的に組み込んだり、指導者に命じられることへの疑問を感じている様子も強く伝わってきた。

 テレビ番組の放映以降、ダルビッシュの発言を知った現役球児やアマチュア指導者などから、電話やメールが立て続けわたしの元に舞い込んだ。

「ダルビッシュが言うんだからあの発言内容はやはり合ってるの? 信じるべきなの?」と。「今、高校の冬トレの真っ最中で、毎日走ってばかりです。こんなにしんどい思いしてるのに、これって無意味なことをしてるんですかね?」「今日もチーム全体で8キロ走らされましたが、ダルビッシュの発言に照らし合わせたらノーメリットなんですよね」「うちのチームは疲労骨折を起こすくらいまで走らないと量が足りてないみたいなことを指導者から言われるんですけど、これダルビッシュに言ったらきっと笑われますよね?」「指導者から体重を増やせといわれるけど、走る量が多すぎるせいか一向に増えません。これって要するに筋肉が削られてるってことなんですかね?」「選手たちに『ピッチャーは走ってナンボ』『足腰の強さは走ることで養われる』となんの疑いもなく長年言ってきましたが、まずかったですかね……」etc.
 
 いかに日本の野球界に「走り込み」という要素が日々の練習に入り込んでいるかということを実感するとともに、ビッグネームが自ら発信することの影響力のすごさを思い知った。

現場の変革は着実に起きている

「走り込んでこそ野球はうまくなる」と信じる層が少なくない現実を知る一方で、ここ数年、高校野球の現場を取材した際に、感じることがある。それは「長距離走を筆頭とする走る量を意識的に減らしているチームは増えている」こと。そして「走る量を減らしたチームの多くが好結果を残している」ことだ。そんな試みを実践したチームの指導者からは次のような声が聞こえてくる。

「昔は冬なんか一日中走ってる感じだったけど、まったく結果が出なかった。ある年から長距離走をしないようになってから甲子園にいけるようになった」

「長距離走をガンガン走ってた時は下半身の故障者が絶えなかったけど、基本的に廃止したら故障者が大幅に減った」

「走る距離は最大でポール間走。5キロ、10キロを走るということはしなくなったら、選手たちの身体が大きくなりやすくなった」

 長距離走を筆頭とする走る量を減らす代わりに各校が増やしているのが、ウエイトトレーニングと向き合う時間だ。昨年、数十年ぶりの甲子園出場を果たしたある高校の監督は言う。

「いままではグラウンドでくたくたになるまで延々と走らせるメニューが冬場のトレーニングの中心でしたが、どれだけ走っても足は速くならないし、身体は大きくなるどころか痩せていく。そこで2年前の冬から1本70メートル以上離を走ることを基本的に廃止にし、その代わりにウエイトトレーニングに徹底的に取り組むようにしたところ、チームの平均体重は大幅に増え、短距離走のタイムも上がった。腰やヒザなどの故障者も激減し、投手のスタミナも長距離を走っていた頃よりも上がり、夏の厳しい連戦も戦い抜けた。最初は探り探りではじめた取り組みでしたが、想定していた以上の成果を感じることができました」

 前述した電話やメールに対しては、こういった高校野球の近年の傾向を伝える形で返答しところ「野球界も変わってきたね」「ダルビッシュが言いたかったこともそういうことなのかな」「それ、うちの指導者に言ってくださいよ……」といった反応が返ってきた。

ウエイトトレーニングと走り込みは両立できない?

©︎共同通信

 約2年前、多くの一流プロ野球選手も通う、広島のトレーニングジム『アスリート」の平岡洋二代表を取材した際、次のような話になった。

「野球界は練習時間に占めるランニングの時間が長いことが大きな問題。時間をかけて長距離を走っているチームがいまだに多い。『いったいなんのためにそんなに走ってるのか』と言いたくなります。走れば走るほど身体は大きくならず、むしろ小さくなってしまう。ヒザだって痛めやすくなる。よく『足腰を鍛えるために走っている』という声を聞くけれど、野球に必要な足腰の強さは長距離ランニングでは鍛えられません。マラソン選手が野球に求められているような足腰の強さを持ってるのかという話です。息の切れる場面が多いサッカーと違い、野球というスポーツは試合で息が切れるほどに心拍数があがる局面がないに等しい動きの少ないスポーツ。この特殊な競技特性を踏まえた上で練習メニューを組もうと思えば、心肺能力を向上させるための練習メニューを組む必要はない。となれば、技術練習以外にやらなくてはいけないのは走る事じゃなく、ウエイトトレーニング。そういう話をすると『うちは走り込みもウエイトトレーニングも両方やっています』というチームが出てくるんだけど、両立は無理です。きちんと正しく追い込んでウエイトをやれば走ろうと思っても走れませんし、さんざん走った後にウエイトをやってもきちんと追い込んだトレーニングはできませんから」

 このオフ、阪神の藤浪晋太郎は増量期間中にランメニューを組み入れないことで6キロの体重増に成功し、自己最重量となる97キロに到達した。高校野球界でも、もっとも走り込みが行われがちな冬場にあえて走らない期間を設けることで増量の効率を上げるチームが少しずつ増えている。

 いま、大きく流れが変わりつつある日本野球界のトレーニング事情。ダルビッシュの提言の後押しを受け、この変革の流れはますます加速するはずだ。

(著者プロフィール)
服部健太郎
1967年、兵庫県生まれ。同志社大学卒業後、商社勤務を経て、フリーの野球ライターに転身。関西を拠点に学童野球からプロ野球まで取材対象は幅広い。通算7年の米国在住経験を生かし、外国人選手、監督のインタビューも多数。


VictorySportsNews編集部