武器は優れたバットコントロールと選球眼

「史上初」という言葉は文字通り、それまで誰もできなかった領域にはじめて足を踏み入れたということだ。世界史上初の868本塁打を放った王貞治は、誰よりも多く観客席にボールを突き刺した。プロ野球史上初にして唯一の400勝投手となった金田正一は、歴代のどのエースよりも所属チームに勝利をもたらしている。

 では、「史上初めてオールスター未出場選手の1500本安打」という記録には、どんな意味があるのだろうか。西武の栗山巧が6月19日のヤクルト戦で達成したこの記録にこそ、彼のすごさが隠されている。

 オールスターは「夢の球宴」と言われるように、球界を代表する選手たちが出場するものだ。パワーとスピードを兼ね備える柳田悠岐(ソフトバンク)や糸井嘉男(オリックス)、ヒットメーカーの秋山翔吾(西武)や角中勝也(ロッテ)など、歴代の出場選手は他者にはないような武器を備えている。

 ちなみに上記の選手はすべてパ・リーグの外野手だが、守備力よりも打撃力を優先される外野手というポジション柄、長打力やスピード、卓越した打撃センスなど、プロ野球選手として“超人的な”攻撃能力が求められる。

 対して同じ外野手の栗山は、球界トップクラスのパワーやスピードを誇るわけではない。加えて言えば、肩もお世辞にも強いとは言えない。それでもこの左打者は、2007年から外野手としてレギュラーポジションを守り続け、史上120人目となる1500本安打を達成した。そして、その先にある金字塔である2000本安打も視界に捉えている。

 パワーやスピードのように、目に見えて突き抜けた能力を誇るわけではない栗山にとって、打撃における武器のひとつがバットコントロールだ。ボールを身体の近くまで引きつけ、逆方向中心の打撃を心がけることでコツコツとヒットを重ねていく。チームが日本一に輝いた2008年には、リーグ最多安打に輝いた。

 加えて、併せ持つのが選球眼の良さである。プロ入りしてから2015年までの12年間で通算打率.290を残している栗山だが、昨季は.268と苦しんだ。特に4月は打率1割代に低迷している。ところがシーズンでの四球数を見ると、柳田に次いで多い72個を選んでいるのだ。実は昨季、栗山は四球にこだわらない姿勢を見せていた。その理由は、打者としてひとつの壁を乗り越えようと考えたからだ。

「タイトルはあきらめた」という衝撃発言

2014年末に契約更改を終えた直後、記者会見の場で栗山は衝撃的な言葉を発している。

「何回か、『タイトルを獲りたい』と言ったことがあるんですけど、無理だということがわかりました。そろそろそういう目標をあきらめて、1年間試合に出て、とにかく優勝を目指すというところに本気で照準を合わせていきたい」

 高卒から15年目に1500本安打を達成するほど打撃力のある男が、「タイトルはあきらめる」というのだ。ただし、この発言は“注釈”つきだ。納得のいく実力がつくまで、当面はあきらめるという意味である。そうして臨んだ昨季、栗山が取り組んだのは打撃スタイルのアップデートだった。2013年から2年続けてリーグ2位の90四球以上を選んだが、その考え方を微修正することにした。

2015年は原点に立ち返った栗山巧

「出塁率は上がるけど、打率は上がらへん。四球も取って、ヒットも増やしてというやり方は、自分のなかではこれ以上伸びないかもしれない。そういうのは、この2年間でやってきていますから」

 そう現状分析した栗山は、2015年に目指すスタイルをこう明かした。

「最近、打席のなかで『もっと見極めなあかん』とか、迷いがあるのかもしれない。『審判はストライクと言ったけど、俺はボールだと思う』とか。そうではなく、ある程度のところでいい。ストライクゾーンに投げてきたら振る、とかね。『初球から行ったほうがいい』とか『積極的に行けばいい』という問題ではなく、自分が打てると思ったボールは打ちにいく。ストライクゾーンでも『打たれへん』と思う球は打たれへんし、ボールゾーンでも『打てる』と思ったら打てる。そこが原点やから、立ち返りたい」

 難しく聞こえるが、その取り組みは実にシンプルだ。自分が「打てる」と思ったら打ちにいく。ただし、2014年までとその思考の大前提は変わらない。

「単純にストライクゾーンを打ちにいく、ボールゾーンは打ちにいかない。この考え方は変わらないですけど、そのなかでも枠を広げられたらいいですよね。それで見極めができたら、もう1個レベルが上がるかな」

 結果、2015年4月は打率1割代に沈んだ。だが栗山は、「数字だけを見たら不振だけど、そこまでどうにもならないという感じではない」と繰り返した。「『この球だ』と思ったボールには打ちにいけている」とも話している。

 その言葉通り徐々に状態を上げていき、最終的には打率.268を残した。同時に、リーグ2位タイの72四球を選んでいる。

不振を脱し今季好調を維持する要因

こうした取り組みが今季、結果となって表れている。開幕から好調を維持し、6月25日時点でリーグ2位の打率313。四球も同3位の48個に達している。その要因について栗山は多く語らず、「ツボをつかみました」と言うくらいだ。ただし、昨季から変わった点がある。バットを構える位置が高くなっているのだ。おそらくこの点と、昨季の取り組みが結びついての好成績だろう。

 2015年開幕前、栗山はこんな話をしていた。

「タイトルは獲れるときがきたら獲れると思う。いつかは獲りたいと思っているし。タイトルを野球人生のなかですべてあきらめたわけじゃなくてね。『まだ僕の番じゃないな』、と。自分のなかですべてのものがそろっていないなと感じました」

 いつかタイトルを獲得するため、たとえ向こう数年間は成績が落ちたとしても、バットマンとして新境地を目指していく。そのように積極的に変化する姿勢は、プロ入り当初から貫き続けるものだ。

 育英高校時代に長距離打者だった栗山は、プロで生き抜くためにアベレージヒッターへの転換を図った。そしてチームのレギュラーとなり、たとえオールスターに選ばれたことがなくても、球界の誰もが実力を認めるような打者に成り上がった。

 そこに、タイトルという勲章を加えることはできるだろうか。高みを目指し、失敗を恐れずに考えながら変化し続ける――。それこそ、栗山巧がプロフェッショナルの世界でとりわけ優れる特長なのである。

著者:中島大輔
1979年、埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。2005年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材し『日経産業新聞』『週刊プレイボーイ』『スポーツナビ』『ベースボールチャンネル』などに寄稿。著書に『人を育てる名監督の教え すべての組織は野球に通ず』(双葉新書)がある。


中島大輔