夢舞台に集いし49の代表校。その先陣を切って7月13日に沖縄県大会決勝が行われた。この南の島に、“怪童”と呼ぶに相応しい剛球左腕がいる。沖縄尚学高等学校2年生エース:末吉良丞投手である。昨年秋の県大会を制し、九州大会をも手中に収めた沖縄尚学。その快進撃の中心に居たのは紛れもなく末吉投手である。身長175cmと長身ではないものの、どっしりとした下半身から生み出される馬力がボールに伝わり、ストレートのMAXは150km/h。切れ味鋭いスライダーとのコンビネーションで打者をねじ伏せるタイプで文字通りの剛腕である。今や奪三振ショーは彼の代名詞となった。
今春のセンバツ大会では青森山田との1回戦に先発。157球と球数を要したが要所を締める投球で、被安打5、失点3で完投勝利。続く2回戦の横浜高校戦では2番手としてマウンドに上がり6回109球の熱投を見せる。しかし被安打9、失点5、自責4、奪三振4と本来のパフォーマンスには程遠かった。チームも優勝した横浜と接戦を演じながら7―8とルーズベルトゲームを勝ちきれずに甲子園を去る。試合後、比嘉公也監督は「踏ん張るには踏ん張ったが、追い込んでから振らせるボールがない」と教え子の労を労いながらも夏への課題を口にしていた。その末吉投手。今夏の沖縄県大会では監督からの宿題に文句なしの一発回答!見事な投球内容で期待に応えた。大会の通算成績は以下の通り(尚、数字はバーチャル高校野球のスタッツを元に筆者が算出したものです)
4試合登板(先発3):29投球回 417球 被安打13 失点1 自責1 奪三振40
与四球8 防御率:0.31 奪三振率:12.41 与四球率:2.48 WHIP:0.72
決勝までの5試合中4試合(先発3)に登板。安定感抜群の投球内容で堂々たるスタッツを残した。今春共に選抜出場を果たしたエナジックスポーツとの決勝戦は、初回、プロも注目のリードオフマン:イーマン琉海選手にヒットを許すと2番:宮里凱選手にもライト前に弾き返され連打で無死一、二塁。更に1死後、打ち取った当たりが内野安打になり立ち上がりに満塁のピンチを招く。その後、セカンドゴロが併殺崩れとなる間に三塁走者が生還。しかし失点は初回1点のみ。尻上がりに調子を上げ、2回以降は相手を寄せ付けない本来の投球に軌道修正。アウトローへきっちり決まるストレレート。伝家の宝刀スライダーも冴えを見せ三振の山を築いていく。右打者の外から入ってくるバックドアに手が出ず見逃し三振を奪う場面もあった。決勝戦最速は149km/h。速球とスライダーのコンビネーションは相手打者を翻弄。9―1の勝利に9奪三振の花を添えた。比嘉公也監督も「初回に31球も投げてどうなるかと思ったが、2回以降はいつも通りまとめてくれた」とエースの快投を称えた。また「春以降、ストレートの出力が上がり、130km/h台のスライダーが少しずつ形になってきた」と愛弟子の成長に目を細めた。
筆者が注目したのは大会を通して奪三振率の高さもさることながら、WHIP(Walks plus Hits per Inning Pitched: 1イニング当たりに投手が出塁を許した走者の数)が0.72であるということ。一般に1.00以下で超一流とされる投手の指標だが、紛れもなく全国トップクラスの数字を叩き出している。走者を出さなければ失点リスクは大幅に軽減される。好投手の条件を満たしていることが数字からも読み取れる。そして、K/BB(奪三振数と与四球数の比率)も5(3.5以上で優秀な投手)と、四球から崩れる事がほぼないと言って良い無双状態で夏の沖縄を制した。正に難攻不落の左腕が同校初の夏全国制覇へ血路を開く。ピッチングフォームやサイズ感は異なるが、投球スタイルはMLB通算303勝、4875奪三振の殿堂入り投手、ランディー・ジョンソンさんを髣髴とさせる。相手打者を威圧するマウンド度胸の強さも際立っている。正にランディー・ジョンソンの再来といっても過言ではないだろう。
2012年夏、1試合22奪三振の大偉業を成し遂げた松井裕樹投手(桐光学園―東北楽天―サンディエゴ・パドレス)を超えるかもしれない剛球左腕の胎動が、静かに始まった。
沖縄尚学高等学校は1957年に沖縄高等学校として創設。沖縄県では初の私立高校として産声を上げた。その後1983年に校名を沖縄尚学高等学校へと改め現在に至る。聖地初出場は1962年。安仁屋宗八投手(のちにプロ野球の広島、阪神で活躍)を擁して1回戦、広島の広陵高校と対戦も4―6と惜敗。初陣を飾ることはできなかった。あの夏から63年。2度のセンバツ制覇を成し遂げ、数多くのプロ野球選手を輩出。名実ともに全国屈指の強豪校となった。2025年春までに積み重ねた白星は春夏併せて27。節目の30が目前に迫ってきた。指揮を執る比嘉公也監督は選手として(1999年)、そして監督として(2008年)二度春を制しているが、夏は2014年、2023年のベスト8が最高位。この壁を越えた時、通算30勝の勲章と共に、深紅の大優勝旗の輪郭は鮮明なビジョンとなって悲願達成への道標となるだろう。
107回はハイレベルな左腕が主役の予感?
甲子園切符を勝ち取った全国の猛者たち。1998年、松坂大輔投手を擁し大偉業を成し遂げた夏から27年。二度目の春夏連覇を目指す横浜高校。背番号1の左腕・奥村頼人投手は大会3本塁打の打棒にも注目が集まるが、最速146km/hの速球にスライダー、カーブ、チェンジアップを駆使し打者を牛耳るパワーピッチャー。2年生右腕・織田翔希投手とのWエースを軸とした投手陣と強力打線で二度目の偉業に挑む。南北海道の北海高校は2年連続にして全国最多41度目の夢舞台。独特のフォームから変幻自在にボールを操る技巧派左腕・浅水結翔投手が伝統校の背番号1を背負う。一方、富山の未来富山は春夏通じての初出場。プロ注目のサウスポーにして4番打者の投打二刀流・江藤蓮投手も注目の一人。今夏、実力校やシード校が次々と姿を消した波乱の東東京大会をノーシード発進ながら見事制した関東第一高校。背番号8のレフティー・坂本慎太郎投手は一度浮き上がってから垂直落下の軌道を描くカーブ(12 to 6)が最大の特徴。手元で伸びるストレートは回転数の多さを感じさせる。西武ライオンズ黄金期のエースとして君臨した左腕・工藤公康さんのイメージと重なる。強豪、古豪、新鋭。どこを見ても世代を代表する可能性を秘めた左の好投手が目白押し。ハイレベルな競演が生み出すドラマの結末は・・・。
49校、980名の精鋭達が母校の伝統と己のプライドを懸けた戦いが間もなく始まる。全国参加3396校の頂点を目指し白球に全てを懸けたアオハルの集大成。新たに紡がれる全48試合の物語。聖地はそのありのままを受け入れ、ただ静かに見守り続ける。