“キレ”のあるストレートの正体

糸井嘉男(オリックス)や平田良介、大島良平(ともに中日)、陽岱鋼(日本ハム)、山口俊(DeNA)ら多くの実力者がフリーエージェント(FA)資格を取得した2017年オフ、去就を注目されるひとりが西武の岸孝之だ。一部報道では、岸の出身地である宮城県に本拠を構える楽天や、巨人が調査中と報じられている。
 本校執筆時点の9月26日現在、岸は来季以降の去就について語っていない。仮にFA宣言した場合、楽天や巨人だけでなく、複数球団が獲得に向けて動くだろう。西武のエースはここ2シーズン続けて2桁勝利に届かないことが濃厚だが、先発投手として球界トップクラスの高い能力を持っていることに疑いの余地はない。国内のどこの球団に移ったとしても、カードの“先発の頭”を任せられるだけの安定感を備えている。

 2006年希望入団枠で西武に入り、今季までの10年間で2桁勝利を7度達成。その実力は、とりわけ同業者の間で高く評価されている。たとえば、公私ともに親しくしている後輩の菊池雄星がこんな話をしていたことがある。
「岸さんのあの真っすぐは、なかなか投げられないですよ。低めの高さから、キャッチャーミットまですごい勢いで到達します。回転数がすごいので、そのままバックネットを突き破りそうな感じですね。キャッチボールをしていても、軽く腕をふっているのにボールの回転数がハンパないので怖さを感じるくらいです」
 よくいわれる“キレ”のあるストレートについて、よく表した説明だ。「球速以上に速く見える」や「初速と終速が変わらない」が“キレ”の正体としてよく語られるなか、菊池の言葉にはプロだからこその実感が伴っている。

 180cm、74kgとスラっとした体型の岸は思い切り腕を振って投げ込むストレートを軸に、落差の大きなカーブ、投球に奥行きをつけるチェンジアップで緩急をつけて打者を打ち取っていくのが持ち味だ。そこに近年はスライダーをカットボールのようにアップデートさせたことで、投球のレベルを高めた。ここ2シーズンは故障による離脱もあって成績自体は下がっているものの、本調子でない場合でも試合をつくる能力など、内容自体は良化している印象がある。

「一番カッコいい賞を欲しい」

現在31歳。円熟味を増す岸に変化が見られたのは、2015年シーズン開幕前だった。いつも寡黙で、数字の目標を問われても決して口にしない“無言実行”の男が、春季キャンプの始まる数日前に壮大な目標を明かした。
「(最高勝率の)タイトルはタイトルですごくうれしいです。ただ最多勝という、一番カッコいい感じの賞が欲しいなと思いました」
 13勝をマークした前年、岸は初の個人タイトルとなる最高勝率を獲得している。そのことで、新たな欲が出てきたというのだ。

 では、いままでなら絶対に口にしなかったようなセリフが、なぜ語られるようになったのか。単刀直入に聞いたときの返答が、実に彼らしかった。
「基本、そういうこと(個人的目標)は表に出したくないんですけどね。本当は、あんまり大きいことは言いたくないです」
 2008年から2013年までチームを率いた渡辺久信元監督(現シニアディレクター)が2011年、岸と2歳下の涌井秀章(現ロッテ)の関係についてこう話していたことがある。
「涌井と岸は意外とライバル心を持っているよ。涌井にしてみたらライバルは帆足(和幸、現ソフトバンク打撃投手)や(石井)一久でもない。やっぱりライバルは岸。岸にも涌井を抜こうという気持ちはあると思う。ただ、それを表に出さないんだよね」

 かつての指揮官は涌井と岸を切磋琢磨させることで、ふたりを成長に導いてきた。そして涌井がFAでロッテに移籍した2014年、岸は西武のエースとして最高勝率に輝いている。自らの置かれた状況の変化が、寡黙な男を変えたのかもしれない。

エースに求められるもの

岸にエースへの道を説いてきた渡辺元監督は、「最多勝を欲しい」と自ら語った教え子の変化をこう見ていた。
「やっぱり(勝率の)タイトルをとったのが大きいと思う。なおかつ、本人は『エースとは思っていない』というと思うけど、周りがそういうふうに岸のことを見るようになったからね。そういうのって当然、本人も感じる部分がある。そうなってくると、エースとはなんぞやとなったときに、いままでの岸のキャリアの中の年間12、13勝っていうのは全然足りない。それを本人がわかっているから、最多勝を目指すと口にしたんだと思う。それはある意味、自信が自然と言葉に出てきたな、という感じだね」

 2014年、岸はチームのエースとして起用され、個人タイトルという形で結果を残した。その手応えは当然、本人にもあるはずだ。ところが、2015年から不本意なシーズンをすごしている。目標の最多勝には遠く及ばず、プロ入りしてから最低の成績だ。故障には仕方ない部分もあるとはいえ、エースとして言い訳にすることはできない。

エースの内容、伴わない結果

 ただし、この2年間のピッチング内容を振り返ると、マウンド上で見せる姿や、そのピッチングは確実にすごみを増している。成績にこそ表れていないものの、投手として着実に階段を上がっているのだ。
 その象徴が、涌井と初めての直接対決となった7月5日のロッテ戦だった。2回に1点を先制されたものの、以降は無失点。特に見事だったのが8回のピンチで見せた投球だ。エースに求められる条件のひとつとして、イニングを最後まで投げ切って降板することが挙げられる。岸はロッテ戦の8回、一死満塁の場面で清田育宏を宝刀のカーブで併殺に仕留め、無失点に抑えて2番手と交代した。粘り強いピッチングを続けてきたエースに報いるべく、打線は9回に追いついて延長戦に持ち込んでいる。捕手の炭谷銀仁朗が「(涌井との初対決を迎える)2日前のブルペンから気合いが入っていたと報告を受けました」と語っていたが、その気持ちを見事ボールに込めたのだ。

 今季は右足内転筋を痛めて4月下旬から約2カ月戦線離脱したものの、シーズン終盤、2桁勝利に向けて見せた執念も見事だった。9月14日のロッテ戦では9回裏に1点のリードを追いつかれたが、10回135球を投げて味方の逆転劇を呼び込み勝利投手になっている。続く同月21日のオリックス戦では勝ち星こそ手にできなかった一方、7回144球を投げて2失点と首脳陣も賞賛を送る投球だった。今季はマウンドに立てば、これぞエースという姿を示してきたのだ。

 ただし、成績上ではチームの大黒柱になり切れていないのも事実である。そんな男は果たして、どんな“選択”を下すのだろうか。この2年間の雪辱を果たそうと残留するなら、負けず嫌いの岸らしい選択だ。一方、新天地で心機一転を図る手も当然ある。
 いずれにせよ、このオフに下す選択が来季以降、グラウンド上のパフォーマンスに大きく影響してくるのは間違いない。それだけに、去就が注目される。

(著者プロフィール)
中島大輔
1979年、埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。2005年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材し『日経産業新聞』『週刊プレイボーイ』『スポーツナビ』『ベースボールチャンネル』などに寄稿。著書に『人を育てる名監督の教え すべての組織は野球に通ず』(双葉新書)がある。


中島大輔