39試合中33試合でヒットを記録

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 待ちに待った“覚醒”と言えるだろう。光星学院高校からプロ入りして10年目、27歳となった坂本勇人のバットが、開幕から快音を残し続けている。

 開幕戦こそ無安打に終わったが、第2戦でマルチ安打を記録すると、9戦目の広島戦(マツダ)で福井優也から今季1号弾を放つなど、開幕10試合を終えて打率.350の好スタート。その後、コンディション不良で4月中旬の4試合でベンチスタートを強いられた坂本勇人だったが、スタメンに復帰してからはエンジン全開。4月26日からの阪神との甲子園3連戦では、3ラン2本にソロ1本の計12打数6安打3本塁打9打点と大暴れした。

 特筆すべきはその安定感。以前は、若さ、そして天才肌ゆえにむらっ気も目についた坂本勇人だが、主将就任2年目の今季は打席以外での所作も余裕たっぷり。その一方で、足に痛みを抱えながらも4月10日の中日戦(ナゴヤドーム)で決勝のタイムリー2塁打を放って1イニング6得点の猛攻を演出するなど、勝利への執念も随所で披露している。5月23日現在、スタメン39試合中33試合でヒットを放ち、リーグトップの打率.365(148打数54安打)に加え、チームトップの9本塁打、27打点を叩き出している。

打席に立つごとに高まる集中力と対応力

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 今季の安定感は、単なる打率以外の数字にも如実に表れている。

 まず注目したいのは、三振数の少なさだ。坂本勇人が今季出場43試合で喫した三振は、わずかに13個。何打席に1回三振するかを表す数値「PA/K」も、リーグトップの13.38を誇っている。これは坂本勇人自身の昨季(7.06)、2014年(7.00)、2013年(7.13)と比べて倍近い数値の違いがあるだけでなく、史上初となる2度目のシーズン200安打を達成した2010年の青木宣親(当時ヤクルト)の10.93、右打者のシーズン最高打率.378を残した2008年の内川聖一(当時横浜)の11.10をも上回るものだ。

 また、三振数の少なさに見る打席内での粘り強さと集中力は、試合が終わるまで維持されている。いや、むしろ研ぎ澄まされていると言った方がいいかも知れない。今季の坂本勇人のスタメン出場試合の打席別成績を見ると、第1打席での打率.229(35打数8安打)が、第2打席では打率.333(33打数11安打)となり、さらに第3打席は打率.412(34打数14安打)、そして第4打席では打率.500(30打数15安打)と右肩上がり。試合終盤での勝負強さこそ強打者の条件と言うが、今季の坂本勇人はまさにそれに当てはまる。

プロ10年の軌跡と意識の変化

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 元々、能力はあった。なかでも、内角球のさばきは天性のものを備えている。高卒1年目のプロデビュー、2年目での松井秀喜以来の10代開幕スタメンにはじまり、3年目の2009年には打率.306を残し、4年目の2010年には31本塁打を記録した。巨人ファンだけでなく、球界全体が新たなスター選手の出現に目を見張ったものだ。

 しかし、そこから伸び悩んだ。2011年に打率.262、16本塁打で成長曲線にブレーキがかかると、翌2012年こそ打率.311、14本塁打にシーズン173安打で最多安打の個人タイトルを獲得したが、2013年には再び打率.265、12本塁打と低迷。得意の“引っ張り”だけではなく、広角打法をテーマに置いて打率アップを目指したが、2014年が打率.279、16本塁打、2015年も打率.269、12本塁打と停滞。デビュー当初に膨らんでいた期待は、いつしか小さくなった状態で定着してしまった。

 だが、本人は“停滞”の言葉を否定する。周囲はどうしても打撃成績だけを注目してしまうが、「打つところだけじゃなくて、すべてのプレーを見てもらいたい。走るところも、守るところも」と訴える。以前より、井端弘和(元巨人、中日)や宮本慎也(元ヤクルト)など“名手”と呼ばれる選手たちに憧れていた坂本勇人は、普段から守備練習には強い意識を持って取り組んできた。結果、デビュー当初は粗さが見えた守備は年々、確実に上達。また、走塁面も積極的で、2013年(24盗塁)、2014年(23盗塁)と2年連続で20盗塁をクリアした。打撃に期待がかかる選手ゆえに隠れた数字になっているが、これは立派な数字と言うべきものだ。

 そして迎えたプロ10年目。前年秋の「プレミア12」、今年3月の「強化試合・台湾戦」と、侍ジャパンのライバルたちに刺激を受けるなかで、改めて本気で“打撃”に取り組んだ。「走って守れるから」のエクスキューズはもう必要ない。阿部慎之助が二軍調整中のいま、打線の軸としての自覚は誰よりも持っている。

自己最高成績でチームをV奪回へと導く!

 高橋由伸新監督が率いる巨人だが、ここまで順風満帆なスタートとは言えない。チーム総得点146(44試合)はリーグ最下位。トップの広島の247得点(47試合)から100点近く離されるなど、昨季から続く巨人の“貧打ぶり”は依然として解消されていない。それでも貯金3で首位と0.5ゲーム差の2位につけているのは、投げる方で菅野智之がエース然とした投球を続けていることに加え、主将の坂本勇人が打線の軸として孤軍奮闘とも言うべき働きを見せているからに他ならない。

 約100試合残されたペナントレースの課題はこの好調をどこまでキープできるかどうか。そして、長いシーズン中に必ずどこかで訪れるスランプからどれだけ早く脱するかになる。過去3年間を振り返ると、シーズン終盤の9月以降の成績が通算262打数59安打の打率.225と低迷している傾向にある。この“尻すぼみ感”から脱するためには、体力、気力、集中力を保っておく必要がある。まずは交流戦から続く夏場をどう乗り越えるか。

「よくやってくれていると思いますけど、こちらが求めているものはもっともっとうえのレベル。もっともっと頑張ってほしいと思っています」と、高橋監督は坂本勇人に期待を寄せる。もはや、「打率3割20本塁打」では満足できない。坂本勇人が、これまでの自己最高の打率.311(2012年)、31本塁打(2010年)、85打点(2010年)を上回る成績を残すことができれば、ジャイアンツのV奪回への道も切り開かれる。そのとき、歓喜の輪の中心には、進化し、成長し、大人になった背番号6・坂本勇人の姿があるに違いない。
※数字は2016年5月23日終了時点


BBCrix編集部