最後の夏に登板できなかった黒田博樹
25年ぶりにセ・リーグを制した広島カープ。菊池、田中、丸という若き中心選手に、大ブレイクした鈴木誠也。まさに、もう一花咲かせた新井貴浩という打撃陣。安定した野村、ジョンソンらの先発陣にクローザーの中崎が奮投した投手陣と、まさに優勝チームにふさわしい陣容だが、やはりこの男、黒田博樹のカープ復帰をなくしては今回の優勝は語れまい。カープのレジェンド右腕は、今季も先発ローテの一角として安定した投球を披露する一方で、精神的支柱としてチームに数字以上の貢献をしていることは間違いない。
黒田は現在、41歳。先発投手としていまだ一線で活躍しているという点では、カープという球団を超え、プロ野球史に残る息の長い選手であることは疑いようのない事実である。30代の多くを日本以上にハードともいわれるMLBの、それもドジャース、ヤンキースという名門球団に所属。先発ローテーションを安定して守り続けたことを考えると、そのタフネスぶりは“鉄腕”とも呼びたくなる。
しかしこの黒田、驚くことに高校時代は“背番号1”を背負ったことがない。盤石のエースピッチャーではなく、控え投手として高校野球を終えているのである。出身佼である上宮高(大阪)は、黒田の在籍した頃は黄金期といっても過言ではない時期。黒田は高校2年の春、春季近畿大会に背番号10をつけて出場しているのが、その登録メンバー17人のうち実に7人がその後、プロ野球に進むという分厚い選手層だった。
当時のチームメイトに聞くと、黒田は投手としての才能はずば抜けたものがあったが、体が成長途中でバランスもあまりよくなく、制球難で苦しむシーンがあったりしたという。結果、黒田は期待の投手ではあったが、高校3年の夏、最後の大阪大会では登板なし、チームも準々決勝で敗れた。致し方ないといえば致し方ないが、本人の悔しさは相当なものであったろう。その後、黒田は進学した専修大で大きく成長するが、控え時代の悔しさをバネにした面もあったのではないだろうか。
高校時代に公式戦登板ゼロの投手も!
このように現在のプロ野球選手のなかには、高校時代に控えだったという投手が何人かいる。黒田と並び有名なのが上原浩治(レッドソックス)だ。東海大仰星高(大阪)時代は外野手兼控え投手。こちらも同期のエースは後にプロでも活躍する建山義紀(元日本ハム他)というチーム事情はあったが、投手として本格開花したのは大体大進学後だった。
平野佳寿(オリックス)も鳥羽高(京都)時代は控え。当時、チームは3季連続で甲子園に出場し、自身も2度ベンチ入りしているがエースナンバーをつけることはできなかった。故障の影響が大きかったという。他にも佐野日大高時代、制球難などで結果を残せず、最後の夏の栃木大会で登板ゼロだった澤村拓一(巨人)も高校時代は控え。しかし、その後のたゆまぬ努力でプロ野球選手、それもトップクラスの投手に成長するケースはあるのだ。
なかにはプロでは苦戦しているが、エースナンバーどころか高校時代は公式戦登板ゼロという矢貫俊之(巨人)のような選手もいる。千葉ロッテなどで活躍し、現在は社会人・新日鐵住金かずさマジックのコーチ兼任投手を務めるサブマリン投手・渡辺俊介も、国学院栃木高時代は控えだ。エースは、後に打者として西武や巨人で活躍した小関竜也だった。少し古いところでは、1992年に日本シリーズでMVPに輝いた石井丈裕(元西武他)も、早実高時代は控え投手。エースだった同級生は、あの甲子園のアイドル、荒木大輔(元ヤクルト他)である。
長寿投手は10代の頃の酷使がない投手?
ひとつ興味深いのは、黒田、上原は今年41歳と、高校時代に控えだったふたりの選手寿命が長い点。今季のプロ野球の最高齢投手、12月には43歳になる三浦大輔は、高校時代、甲子園未出場。2位で11月に42歳になる岩瀬仁紀(中日)は大学までは野手兼任投手で、投手に専念したのは社会人時代から。3位・黒田についでの4位は、12月で40歳を迎える福原忍(阪神)で、高校時代は投手も務めていた二岡智宏(元巨人他)との二枚看板……と、このように現在の長寿投手の多くは、高校時代、いわゆる“酷使”といわれるような登板経験をしていないことがうかがえる。もちろん、桑田真澄(元巨人他)のような例外もあるが、やはり過酷な甲子園での連投などをせず、高校時代に肩が使い減りしていないことは、息の長い選手寿命に影響があると仮説を立てたくなる。
今夏の甲子園でも絶対的なエース投手を軸に勝ち進んだ高校は多かった。しかし、20年後にプロの舞台で輝いている投手は、もしかしたらその様子をベンチから、あるいはスタンドから、はたまたテレビの前で悔しい思い胸に秘めながらそれを見ていた多くの敗れた投手たちである可能性は、十分にある。
(著者プロフィール)
田澤健一郎
1975年、山形県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て編集・ライターに。主な共著に『永遠の一球』『夢の続き』など。『野球太郎』等、スポーツ、野球関係の雑誌、ムックを多く手がける元・高校球児。