取材・文/田澤健一郎 写真/マーヴェリック
モチベーションを高めるということよりも、ひとつの方向に向けさせるイメージ
ー選手のモチベーションを高めるために、もっとも大切にしていることを教えてください。
栗山監督 (しばし沈黙)うーん……それは、選手一人ひとりを愛すること。それしか考えていません。選手のためにしてあげることが、その選手のためになるかならないかという判断基準しかないんです。「親が子になにをしてあげられるか」という気持ちに近いのかな。それって、選手をどれだけ愛してあげられるかだと思うんです。
ー監督の近著である『最高のチームの作り方』にも、「いかに選手に尽くすことができるか」というお話がありました。
栗山監督 飛田穂洲さん(*1)の言葉なのですが、監督の仕事は“無私道”だと思う。つまり、自分をどれだけなくせるかが大事だということ。少しでも、「自分のために」と考えたらなにもできない。だからこその、親の気持ちなんです。「たとえ自分が死んでも、子どもをなんとかするんだ」というね。選手のために尽くすのが一番チームのためになるし、結局は勝てる。「相反する」という意見もありますが、相反さない。監督を経験して確信しています。
ーそれは、チームがひとつにまとまることにもつながりますか?
栗山監督 チームというのは、ひとつにまとまらないんです。尊敬する三原脩さん(*2)は、「虎は虎のまま使え」という言葉を残しています。虎、つまり個性的で野武士のような選手たちが、ひとつの考えにまとまるなんてあり得ない。ただ、ひとつの方向さえ示してあげれば自然と力を発揮してくれる、ということだと理解しています。だからモチベーションを高めるというよりも、「どうしたら選手一人ひとりをひとつの方向に向かせることができるか」と考えています。
ーでは、たとえばどのように「ひとつの方向に向かせる」のでしょう。
栗山監督 なによりも、価値観が重要。単純なところで言えば、選手によって「かっこいい」ことがなにかという価値観ですら異なります。その価値観に、うまく「チームが勝つ」という方向性が重なるようにすればいい。
ー価値観に重ねるのもさることながら、それぞれの価値観を読み取るのも大変そうですね……。
栗山監督 それは本当に難しいですね。若い選手たちは、本人も自分で自分の価値観をわかっていないこともありますから。
*1 飛田穂洲
1886年~1965年。日本学生野球協会の創立、後の学生野球憲章の作成などに尽力。学生野球発展に大きく貢献したことから「学生野球の父」と呼ばれる。野球に取り組む姿勢など、現在のアマチュア野球のスタイルに大きな影響を与えた。
*2 三原脩
1911年~984年。巨人、西鉄など5球団の監督を歴任した日本プロ野球史に残る名将。周囲が「アッ!」と驚く数々の名采配は「三原マジック」とも呼ばれた。
選手の価値観を読み取るスキルは、野球では学べない
©︎共同通信ー選手の価値観を読み取るスキルは、どのように養えるのでしょう。
栗山監督 野球そのものにヒントはない気がします。歴史を学んだり、中国の古典を読んだり、いろいろな人の話を聞いたり。人生の勉強をするしかない。そう簡単にスキルが身につくわけではないし、わかるものではない。自分自身が学び続けなければ、得られないものだと考えています。
ー監督は、具体的になにに学ぶことが多いですか?
栗山監督 一番は読書。移動日はだいたい書店にいます。最近、自分のなかで勉強する本と楽しみのために読む本の違いがわかってきました。読書にも違いがあるんですよ。
ー昨年は原田マハさんの小説『本日は、お日柄もよく』(*3)も印象に残ったそうですね。
栗山監督 売れている本はほとんど目を通すんです。なかにはタイミング良く、そのときの自分にハマるものもあって。原田さんの小説もそうでしたね。スピーチライターの物語なのですが、ちょうど自分の言葉の薄っぺらさを感じていた時期だったんです。言葉がすべっちゃうというか……「この気持ちは言葉で表現できないのか」と悩んだり、「言葉の遣い方が悪かったのかな」と思うことがあって。だから、言葉に悩むスピーチライターの話に惹かれたのかもしれません。
ー最近はどんな本を読んでいますか?
栗山監督 監督を5年間やったいま、一度、自分をゼロに戻そうと思っているんです。長くやったことで、わかったつもりになってしまうのが怖くて。それで、過去に読んで良かった本や、人にすすめていた本をもう一度、読み返しています。
ーそれこそ、初心に返る作業のようですね。
栗山監督 読み直すと、当時読んだときと印象が違ったりするんですね。西岡常一さんの『木のいのち木のこころ<天>』(*4)を読み直しているのですが、赤線を引くところが過去に読んだときとは全然違う。「こういうことを言っていたんだ!」といまになってわかることもありました。野球でも必要な“ひらめき”にしても、学問だけでは出てこなくて、経験と苦しみも経て初めて出てくるのかもしれません。
ー『最高のチームの作り方』で過去の自分の言葉を振り返っているのも、ゼロに戻す作業に見えてきました。
栗山監督 自分が一番ダメだから、一番勉強しなくてはいけない。常に変わらなければいけないと思っているんです。
*3 原田マハ
1962年~。小説家。アート、都市開発、カルチャーライターなどの仕事に従事した後、2006年、『カフーを待ちわびて』で小説家デビュー。近年は直木賞候補の常連でもある。『本日は、お日柄もよく』は選挙のスピーチライターになったOLの話を中心とする青春小説。
*4 西岡常一
1908年~1995年。宮大工。世界最古の木造建築とされる法隆寺の修繕・解体の仕事を代々受け継いできた「法隆寺大工」の最後の棟梁。『木のいのち木のこころ<天>』は、妥協を許さない仕事ぶりで知られた西岡が死の3年前に伝統の技と知恵の極意を語り下ろした一冊。
(プロフィール)
栗山英樹
1961年、東京都生まれ。創価高、東京学芸大を経て、1984年にドラフト外で内野手としてヤクルトスワローズに入団。外野手に転向後、レギュラーを獲得。1989年にはゴールデングラブ賞にも輝くが、ケガや病気の影響もあり1990年限りで引退。その後、解説者やスポーツジャーナリストを長く務めた後、2012年より北海道日本ハムファイターズの監督に就任。1年目にパ・リーグ優勝。2016年にはチームを日本一に導いた。
田澤健一郎
1975年、山形県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て編集・ライターに。主な共著に『永遠の一球』『夢の続き』など。『野球太郎』等、スポーツ、野球関係の雑誌、ムックを多く手がける元・高校球児。
[vol.2] 「既成観念は必要ない」、栗山監督に訊く人心把握術
2018年シーズン、メジャーリーグでア・リーグ最優秀新人(新人王)に輝いたエンゼルスの大谷翔平をはじめ、育成などの面において“球団の力”に注目が集まる北海道日本ハムファイターズ。球団の育成システムにも定評がある同球団だが、具体的にどのような接し方、方法で選手と向き合い、起用をしているのか。そのことは、まさにファイターズというチームの特長にもつながっていた。
「自分で考えろ」日ハム"育成力"の秘訣を木田優夫GM補佐に聞く(前編)
2018年シーズン、メジャーリーグでア・リーグ最優秀新人(新人王)に輝いたエンゼルスの大谷翔平をはじめ、育成などの面において“球団の力”に注目が集まる北海道日本ハムファイターズ。それを担うスタッフのひとりが、かつて日米の球界で活躍した木田優夫氏である。GM補佐としてチームづくりに携わる木田優夫氏(2019年シーズンから一軍投手チーフコーチ)に、その日常、そして、ファイターズのチーム編成、選手育成方針などを聞いた。