vol.1はこちらから

言葉にすると薄っぺらくなる

©︎共同通信

—―前回、選手のモチベーションを上げるというよりも、「ひとつの方向を向かせるイメージ」というお話がありました。ただ、起用法や求める役割において、選手によっては受け入れがたい要求をしなければいけないケースもあると思います。そういったとき、どのように納得してもらうのでしょうか。

栗山監督 それは人によって全然違いますね。

—―たとえば、日本シリーズで胴上げ投手となった谷元圭介投手は、監督が就任してからシーズン中であってもチーム事情に合わせて先発、セットアッパーといった起用法や、同じリリーフでも役割が変わることも少なくありませんでした。調整や気持ちの保ち方も大変だったと想像できます。

栗山監督 使い方に関しては、「どう納得してもらうか」とは一切考えません。

—―では、考えているポイントはどこにありますか?

栗山監督 谷元に関して言えば、彼が不安にならないようにすることに尽きます。ピッチャーは打たれれば不安になるもの。だから、「打たれたらそれはこちらの責任」とわかるようなフォローは必ず入れます。ただ、多様な使い方をしていること自体については、本人に対してなにも言いません。

—―あえて言わない?

栗山監督 「お前しかいない!」とか、言葉にすると薄っぺらくなるんですよ。言わなくても使い方が明らかに「お前しかいない!」だし、実際、そういった起用に応えてくれる球界でも数少ない投手ですから。それは谷元もわかってくれているはず。ただ、難しい使い方をしているから、疲れてくれば打たれることもある。そのときのフォローや、好投したときに「良かったぞ!」と言葉をかけることは必ずします。だから、ふだんは特になにも言いませんよ。

—―逆に、ふだんからよく声をかける選手もいますか?

栗山監督 よく声をかける選手もいれば全然かけない選手もいる。まあ、それは性格次第ですね。

ウチには既成観念は一切無い! そうしないとチームは勝てない

—―谷元投手と同じように、昨季のバース投手も時期によって先発、セットアッパーと役割が変わっていました。そういった事例を見ていくと、監督は投手起用がフレキシブルな印象があります。通常の先発ローテーションより特殊な起用も必要になる、大谷選手の影響もあるかと思いますが……。

栗山監督 起用に関しては、それこそチームがどこを向くか、価値観をどこに置くかという話。選手には前もって伝え、疑問をもたれないようにやっています。ただ、本人が納得しているかどうかは別問題。それを「チャンスがいろいろある」と捉えるか、「いろいろな使い方をされて面倒くさい」と思うか、本人の考え方次第ですよ。でも、二軍に行くよりはいいはずですよね? とにかく、「このメンバーでどう勝つか」が根底の価値観。そのために選手一人ひとりがどんな役割を果たせばいいか、という話。「プロ野球はこうあるべきだ!」「先発ローテーションはこうあるべきだ!」というのは、あくまでも“習慣”でしかありません。先発ローテーションもリリーフも、「こうなってきた」だけであって、「それがすべていい」わけではありませんから。

—―いわば、既成概念を取り払っている。

栗山監督 ウチにはそういった既成観念は一切無い。そうしないとチームは勝てないですから。「チームを勝たせる」という方向性、「このメンバーでどう勝つか」という価値観さえしっかりあれば、疑問や説明の有無関係なく、チームは前に進むと思います。まあ、選手が本当にどう思っているかは聞いてみないとわからないけど(笑)。ただ、やってもらうべきことはやってもらわないと。プロ野球は大前提として、「チームが勝つ」ためにあるものだから、それは間違いない。

—―そこに監督の「なにが選手のためになるのか」という“愛情”も加わるんですね。

栗山監督 「チームが勝つ」ために、選手がどの部分でどう貢献してくれるかがすべてです。我々は選手がやりやすいように誠意を尽くして精一杯やる。ただ、選手もおたがい誠意を尽くし合わなければいけない。もちろんそれは、僕ではなくてチームに対してね。そこをわかりやすくしなければいけないんだけど……わからないですね(笑)。僕が一番わからない。僕がどう思うかは選手には関係ないのだから。僕からすれば、その選手が一番光り輝く、長く活躍できてお金も稼げると思ってやっているのだけど、それを選手がどう思っているかまで考えはじめると、なにもできなくなってしまう。だから選手への“愛情”は“片思い”でもあるとも思う。

――“片思い”が“無償の愛”なら、1回目のインタビューにあった“無私道”にもつながってくるようにも思えます。

栗山監督 選手を愛して、やるべきことをやらせてあげているつもりです。そこに、「自分がこうしたい」という感情が入っていないか、「自分を殺せているか」と、いつも自問しています。ただ、あくまでも僕の考え方だから、正しいか悪いかはわからない。野球って、本当に答えがないんですよ。だから、「どうやったら良くなるんだろう?」とつねに考えてやるだけですね。

(プロフィール)
栗山英樹
1961年、東京都生まれ。創価高、東京学芸大を経て、1984年にドラフト外で内野手としてヤクルトスワローズに入団。外野手に転向後、レギュラーを獲得。1989年にはゴールデングラブ賞にも輝くが、ケガや病気の影響もあり1990年限りで引退。その後、解説者やスポーツジャーナリストを長く務めた後、2012年より北海道日本ハムファイターズの監督に就任。1年目にパ・リーグ優勝。2016年にはチームを日本一に導いた。

田澤健一郎
1975年、山形県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て編集・ライターに。主な共著に『永遠の一球』『夢の続き』など。『野球太郎』等、スポーツ、野球関係の雑誌、ムックを多く手がける元・高校球児。

[vol.3] 「選手を信頼しないときはない」栗山監督に聞く人心把握術

2回に渡り自らの選手起用、采配のポリシー、そして選手の力の引き出し方を教えてくれた北海道日本ハムファイターズ・栗山英樹監督インタビュー。ここからは、そうした監督のスタイルが垣間見えたゲーム、選手起用のエピソードを語ってもらう。まずは、ソフトバンクとの首位争いのなかで印象的だった、ある投手起用について。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

「自分で考えろ」日ハム"育成力"の秘訣を木田優夫GM補佐に聞く(前編)

2018年シーズン、メジャーリーグでア・リーグ最優秀新人(新人王)に輝いたエンゼルスの大谷翔平をはじめ、育成などの面において“球団の力”に注目が集まる北海道日本ハムファイターズ。それを担うスタッフのひとりが、かつて日米の球界で活躍した木田優夫氏である。GM補佐としてチームづくりに携わる木田優夫氏(2019年シーズンから一軍投手チーフコーチ)に、その日常、そして、ファイターズのチーム編成、選手育成方針などを聞いた。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

田澤健一郎

1975年、山形県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て編集・ライターに。主な共著に『永遠の一球』『夢の続き』など。『野球太郎』等、スポーツ、野球関係の雑誌、ムックを多く手がける元・高校球児。