取材・文/田澤健一郎

投手のボールを追尾、分析する トラッキング・システムの普及

 前回、金沢氏がもっとデータを親しむ方法を教えてくれる話のなかで出てきた「トラッキング」。これは投手の投げたボールの軌道や回転方向、回転数を測定する追尾システムである。メジャーでは、「PITCHf/x」などのトラッキング・システムが既に全球場に設置されていて、そのデータを誰でも見られるようにしている。
 これが現在、日本でも少しずつ導入がはじまっており、一部の球団では既に選手評価や戦略に用いていると見られる。
「PITCHf/xの導入以降は、投手のボールの球質やボールをリリースする位置などにも目が行くようになりました」
 そう、トラッキング・システムにより同じストレートでも投手による軌道の違いがあることがわかったため、最近はより細かく、投手の能力や特長を把握できつつあるのだ。
「たとえば今年カブスに移籍した上原浩治投手は、ストレートの球速はメジャーでかなり遅い方ですが、変化量が大きく、打者が予測する軌道よりもホップして見える球質だということが分かってきました。」
変化量といっても曲がりや落差が大きい変化球、という意味ではなく「ホップする」「食い込んでくる」「たれる(微妙に失速して打者のタイミングをズラす)」と言われるような、ストレートの中での変化の話である。
「データはないのですが、たとえばロッテのドラフト2位、酒居知史投手のストレートは変化量が大きいように見えます。同じロッテの石川歩投手のようなタイプではないかと注目しています」
 石川投手といえばいまやロッテのエース級投手。もし本当にそうなら、酒居投手の今季のピッチングが大いに気になるところ。

 と、このようにトラッキング・システムによるデータを使えば、いままで「手元で伸びる」「キレがいい」といった「感覚」で評されていたストレートの「質」を、データで示せる可能性がある。それによって、優れた野球の観察眼を持つ人しかわからなかったような選手の能力の細かな違い、特長を一般の人でも判別できる可能性が出てくるのだ。
「これはあくまで構想の話ですが、トラッキング・システムを使って、弊社もアマチュア選手の成長を手助けするような事業もできるんじゃないか、とも思います。たとえばバッティングセンターのようなところにシステムを設置したりすることも面白いかもしれない。選手の発掘、スカウティングにも影響を与えるものと思います」
 もし指導者に恵まれない選手でも、トラッキング・システムで自分の投球を分析すれば、ひとりでも成長への道筋をつけることができるかもしれない。現在の最新データ分析には、そんな力も秘めているのである。
「元来のセイバーメトリクスで使われていたスタッツと呼ばれる試合の成績データだけでなく、トラッキングなど様々なデータが収集できるようになり、スコアラーやデータアナリストの仕事の領域はトレーナーやコーチの領域と近づいてきています。この領域で仕事を続けていくには、野球に関する広い知識がいままで以上に必要となっているように感じます」

 実はメジャーリーグでは、「Statcast」といった最新のトラッキング・システムや選手の動作解析システムなどを駆使して、「故障」をデータ分析の結果から予防できないか、という研究も行われているという。野球のデータを巡る世界は、単純な選手の成績、能力を評価する以上のレベルに入りつつあるのだ。
「わたし自身、プレー結果からのデータではなく、もう少し選手の精神面の状況をデータでとれないか、と考えています。それが実現化してデータを蓄積できれば、隠れた選手の発掘、という点で大きな変化を与えられるかもしれませんね」
 進化するデータ分析の世界、今後も楽しみである。

「価値を数値化」は至上の喜び データ・アナリストが誕生するまで

 それにしても、こんなデータの最前線で「戦っている」金沢氏はどんな経緯でアナリストになったのだろうか。
「子どもの頃から野球をするのが好きでしたが、野球を見るのも好きだったんです。そして、ちょっと変わっているかもしれませんが……野球に関係なく“数を数える”のが好きでした。それこそ、クルマにしても、カッコいいデザインや走りよりも、ナンバープレートを見るのが好き、というような(苦笑)」
 ある意味、現在を予想させるような少年時代である。
「それで、小学生高学年頃に、野村克也さんの『ID野球』の存在を知った。野球部員だった高校時代は後輩たちのデータをとったり、ビデオでフォームを撮影して解析しようとしたりしていましたね。その後、大学に進学したのですが、ものの“価値”や“価値を数値化”することに興味があり、選んだのが経済学部でした」

 そんな大学時代、野球専門誌のライター募集に応募。その取材先としてデータスタジアム株式会社と出会ったというから人生はわからない。
「その後、僕は大学院に進み、就職活動では野球とは関係のない会社から内定をもらっていました。でも、そこで『嫌なことがあっても野球の話になると体が動く』自分の性質を再確認もしたりして……それでアルバイトの話をいただいていたデータスタジアムに進路を変更しました」
 もともと「数」「価値」に興味があった人間である。やってみたらアナリストは天職だった。セイバーメトリクスにしても、トラッキングにしても、ある面では、まさに「価値を数値化」するアプローチ。金沢氏が全く新しい野球の価値を数値化、すなわちデータ化して、我々、野球ファンに新たな楽しみを与えてくれる日がやってくるかもしれない。

(プロフィール)
データスタジアム株式会社
スポーツデータの解析や配信を手掛けるスペシャリスト集団
URL:http://www.datastadium.co.jp/

田澤健一郎
1975年、山形県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て編集・ライターに。主な共著に『永遠の一球』『夢の続き』など。『野球太郎』等、スポーツ、野球関係の雑誌、ムックを多く手がける元・高校球児。


田澤健一郎

1975年、山形県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て編集・ライターに。主な共著に『永遠の一球』『夢の続き』など。『野球太郎』等、スポーツ、野球関係の雑誌、ムックを多く手がける元・高校球児。