去る2月21日、NPBの幹部と12球団の代表者が那覇市内で会議を開いたことが報道された。それによると、会議では「スポーツ振興くじ」に野球を加えることが正式な議題となり、強く反対する球団はなかったという。早ければ2019年シーズンから「プロ野球くじ」が販売される可能性があるのだそうだ。
そこで、プロ野球くじとはどんなもので、どんな思惑にもとづいて導入されようとしているのか? 問題点はないのか? そんなことを考えたい。
スポーツ界に大貢献「スポーツ振興くじ」
まずは、「スポーツ振興くじ」の現状を整理する。運営主体は、独立行政法人日本スポーツ振興センター(以下、センター)で、文部科学省が指導監督している。収益は一般の人がスポーツをやる環境整備から、トップアスリートの支援まで、スポーツ振興のための助成金として使われている。
内訳はこんな感じ。全売上のうち、半分は「当せん払戻金」として「くじ」が当たった人に分配する。売上の残り半分から経費などを引いたものが「収益」。収益の4分の1が国庫に収められ、残りの4分の3が「スポーツ振興のための助成」に。具体的には、申請してきた地方公共団体や、スポーツ競技団体などの事業を助成している。
ちなみに2016年度の売上はおよそ1177億円。助成金の総額は215億円(2017年度予算)。これはもう、地方の健康増進行政にとっても、スポーツ界・各競技団体にとっても、なくてはならない財源になっている。
現在、センターで運営しているのは、Jリーグなどサッカーの試合結果にもとづく、いわゆる「サッカーくじ」のみ。しかし、Jリーグやサッカー協会はくじの運営にも、助成金の使われ方にもノータッチだ。
ただ、ここに至るまでは苦労の連続だった。当初の目論見は年間売上2000億円としていたが、これは大甘な見積もり。絶好調の現在ですら、その半分程度。一時(2006年)は、売上わずか135億円まで落ち込み、累積赤字がふくらんで業務委託金が払えない事態に陥っていた。
その後、救世主になったのが「BIG」。非予想型&超大型当せん金のくじが大ヒットして売上が急増。現在の売上比率は、予想するタイプの「toto」系は、全売上の10%未満にすぎない。対して予想しないタイプの「BIG」系は、売上の90%を越えるまでになった。
そのほかにも、センターが自前の業務システムを導入してコストを大幅に削減し、またインターネットでの販売が増加し、リピーターが増えていることで、売上はV字回復。助成金も大幅に増えた。
黒い歴史が「くじ」を遠ざけた
さて、ではプロ野球・野球界と「くじ」の関係はどうなっているのか。報道と情報をまとめる。実は、戦後直後の1リーグ時代、1940年代後半に「野球くじ」が存在した。勝利チームと得点合計を当てる予想型のくじで、日本勧業銀行(のちの第一勧業銀行→みずほ銀行)が発売した。ギャンブル性が高く、八百長を誘発しかねない点が危惧され短期間で消えた。
その心配が現実になってしまう。1969年には、いわゆる「黒い霧事件」が勃発。野球賭博が裏社会に蔓延し、プロ野球選手がそれに絡んで、八百長に手を染めた。このとき負った傷はあまりにも深かった。
そんな経緯もあり、またJリーグの隆盛に危機感があったため、野球界は「スポーツ振興くじ」に全力で反対した。長嶋茂雄氏をフロントに立てて、根拠法である『スポーツ振興投票の実施等に関する法律(1998年)』に対して反対のロビー活動を行ったほどだった。
時は過ぎて、2020年に東京オリンピック開催が決定。すると、政界から「プロ野球くじ」の誘いが向けられた。環境整備や、選手の強化育成の財源として活かしたいのがホンネだったろう。2015年、超党派の国会議員によるスポーツ議員連盟が、「プロ野球くじ」導入を要請。しかし、7月のオーナー会議でこれを否決した。そんなタイミングで起きたのが10月、読売の選手による野球賭博関与だった。これには議員団も退却するしかなく、議論のギの字もなくなった。
しかし、やっぱりどうにかしたい政界側が動く。2017年5月、オリンピック準備のリーダーである遠藤利明衆院議員(自民党)がNPB井原敦事務局長を議員会館に呼んで会談。再度、プロ野球くじ導入を要請する。
NPBが態度を変えた理由……なにそれ?
2年前にきっぱり断ったはずなのに、なぜプロ野球側は態度を変えたのか。1つには、スポーツ振興くじが一気に「大成功」の局面を迎えていたこと。しかも、予想なしの「BIG」が中心であることが大きい。予想がなければ、八百長リスクは極めて小さい。
そして、なんと言ってもNPBにカネがないこと。報道によると、NPBは野球振興に年間約1億円を拠出しているが、その予算があと2年ほどで底をつくという。財源は、新規参入球団が支払う「野球振興協力金(4億円)」の積み立てだとか。……なにそれ? そりゃあ、それしか財源がなければ、すぐに尽きちゃうに決まっている。「プロ野球くじ」がセンターの収益に貢献できるのであれば、一丁噛ませてほしいというのがホンネだ。
学校の先生を集めて野球型ボールゲームの指導方法を教えたり、ジュニアチームの大会を主催したり、壁当てができる大きな「ベースウォール」を寄贈したり、選手たちのセカンドキャリア対策に取り組んだり……NPBもいろいろとやってはいるが、もう予算が尽きてしまう。その財源として使えるのなら欲しいに決まっている。
2017年11月、コミッショナーが交代した。2014年1月に就任した前職の熊﨑勝彦氏は、元最高検察庁公安部長。不祥事を起こした球団経営者をどやしつけられるほど、威厳のある人だったと聞く。おそらく熊﨑氏の下では、「プロ野球くじ」は難しいとオーナーたちは思っていただろう(筆者憶測)。一方、新コミッショナーの斉藤惇氏は、元東京証券取引所社長。あえて熊﨑氏より年長者を起用してまで実現したかったのは、ビジネス的な成功。このシフトチェンジを確実にするのが、プロ野球くじ導入なのだろう。
今年1月、斉藤コミッショナーは、遠藤議員を訪問し、野球が置かれている立場の苦しさ、すなわち、「野球人口減少に対する危機感」「財源不足」を訴えたという。それに対し、遠藤議員側からは、「導入するならBIG」「対象試合が分からない方式を検討」「(選手や関係者への)心理的負担もなくす」「地方球場の改修、野球教室などの野球振興、選手のセカンドキャリアに役立ててもらえれば」という発言があったとのこと。
野球界にも「くじ」のメリットは大きいが、組織の改編が急務だ
さて、「プロ野球版BIG」がどれくらいスポーツ振興くじの売上アップに貢献するだろうか。正直なところ想像もつかない。「BIG」は、一応Jリーグの試合結果で当たりが決まるが、まあ、宝くじみたいなもの。ジャンボ宝くじならルーレットで当たりを決めるが、それがサッカーになっただけだ。購入者は、買ったくじが当たったかどうかにしか関心はなく、決め方はサッカーだろうと野球だろうとルーレットだろうとなんでもいいのだ。
ポイントはCMか。野球ファンを含む新たなBIG購買層を生み出せるか。ペイラインを越えて、国庫納付金やスポーツ振興財源が増える分には喜ばしいことだ。とくに、これまでの経緯から、センターを頼ることなどとてもできなかったNPB。助成を受けて振興事業に取り組めるメリットは大きい。Jリーグでは新スタジアム建設に助成を活用した例もある。プロ野球でもメリットは大きい。
しかし、アマチュアを含めた野球振興をNPBが中心になってやろうとするのは、なんとなくスジが違うように感じる。NPB(一般社団法人日本野球機構)の社員(株式会社でいうところの株主)は、セパ12球団だ。これまでのあり方からしても、NPBは「野球界を代表する団体」というよりも、12球団の利害を調整するための「業界団体」という色彩のほうが濃い。今やっている野球振興についても、「プロ野球が今後も繁栄していくには、協力して振興に取り組まないとヤバイ。お金はないけど」というところ、ぶっちゃけ。
昨今、日本企業のガバナンスが問題になっている。野球界も、統治の仕組みに理念がない。そこが一番の問題点だ。
この際、「プロ野球くじ」で野球振興の財源を確保するのはいい。急ぐことも大事。だけど、スジが通るように組織を変えていくことも必要だ。そこらあたり、サッカー界はしっかり考えて、練り込まれている。参考にすべきだ。
競技の普及と振興を目的として、サッカー界のピラミッドの頂点に君臨する「競技団体」が、公益財団法人日本サッカー協会。この「公益財団法人」というのが大事。「財団」は、そこに集まった「財産」を大事に活かすのが活動の中心となる組織。ステータスを獲得するために、理念を一つにしていく過程が重要だ。
そして、その協会の下にトップリーグの「Jリーグ」がある。管理運営する法人は、公益社団法人日本プロサッカーリーグ。「社団」は構成員の集まり。各チームが会員となって、リーグの繁栄を目指す組織。
「公益財団法人」である協会と、「公益社団法人」であるリーグ。この体制、関係性を日本野球界も早く作らないといけない。そして、プロアマがピラミッドになった「協会」が、センターに助成を申請し、普及・振興を担うようにするのがわかりやすい。リーグのほうは、収益事業に特化していけばいいのだ。