「もしかしたらできるかもしれない、もしかしたらできないかもしれない。その“際”の部分に挑戦したい」
投手と野手、そのどちらの立場でも試合に出場するいわゆる“二刀流”への挑戦でプロ入り直後から話題になった大谷。ただ、前代未聞の挑戦は、評論家からファンまでも巻き込む議論の的ともなった。「打者としての素質のほうが上回っている」「投手に専念すれば20勝に届く」など、投打どちらかに専念するべきという意見も絶えなかった。
ところが、大谷はそんな外野の声を結果でかき消してみせた。プロ2年目の2014年には、投手として11勝を挙げ、野手としては10本塁打を記録。ベーブ・ルース以来の10勝10本塁打と騒がれたことも記憶に新しい。昨季は投手として最多勝、最優秀防御率、最高勝率のタイトルを獲得した一方で、野手としては不本意な結果に終わった。ただ、今季は打者として大きく飛躍。自身最多の104試合に出場し、規定打席には届かなかったものの、打率ランキング2位に相当する打率.322、22本塁打、67打点をマークした。
投手としては、規定投球回にわずか3イニング足りなかったが、10勝を挙げて防御率は驚異の1.86。5月15日の西武戦を最後に負けがなく、抜群の安定感を誇った。特に、天王山と注目された9月21日のソフトバンク戦では8回1失点(自責点0)、優勝を決めた9月28日の西武戦では15奪三振1安打完封という快投を披露。チームの歴史的大逆転Vに大きく貢献した。
しかも、異次元レベルともいうべき活躍について騒ぐ周囲をよそに本人は至ってマイペース。「1週間に1回とか楽しいですか? 暇でしょ。帰ってメシ食って寝るだけでしょ」。これは、チームメートの鍵谷陽平が暴露した大谷の発言である。先発投手に専念すれば“暇”。二刀流のほうが楽しい。とにかくゲームに出て楽しみたい。チームメートへの発言ということで冗談めかしてはいるが、これが、大谷が二刀流を続けるモチベーションなのだ。常人には到底想像できない境地。開いた口がふさがらないとはこのことだ。
いま、大谷の二刀流を批判する声はほとんど聞かれない。できること、できないことの“際”に挑む若き開拓者は、周囲が勝手に不可能と想像していた部分を次々に“できること”に塗り替え続けている。
「ピッチャーはゲームを作れる、バッターはゲームを決められる」
投手、野手それぞれの魅力、楽しさを問われての大谷の答えだ。「ピッチャーはゲームを作れる」。その言葉どおり、今季の投手・大谷は安定感が光った。シーズン序盤こそ好投しても勝てない試合が続いたが、先述のように5月15日の西武戦を最後に負けはない。
5月22日の楽天戦からの投手成績は驚異的だ。9月7日のロッテ戦、9月13日のオリックス戦は調整登板だったため、それぞれ予定の2回、5回で降板したが、その2試合を除けば、先発10試合で自責点はわずかに5。防御率はなんと0.60である。また、全10試合で、6イニング以上を投げて3自責点以内に抑えるクオリティ・スタートを達成。7イニング以上を投げて2自責点以内に抑えるハイクオリティ・スタートも10試合中8試合で達成した。ゲームを作るどころか、完全に支配していたのが今季の投手・大谷なのだ。
そして、打者としても今季の大谷は何度もゲームを“決めて”きた。打率.322、22本塁打といった数字のほか、注目すべきは決勝打の数。今季、大谷が放った決勝打は10本。リーグ11位の数字である。ただ、ベスト10の打者はいずれも500打席を超えている。600打席を超えている選手も少なくない。対して大谷の打席数は382。もし大谷が他の打者と同じように500打席以上バッターボックスに立っていたら、さらに多くのゲームを決めることになったはずである。
ゲームを作り、決める――。自身が投打の楽しさとして挙げたことを完璧にこなしている大谷。いま、最高に楽しい瞬間を味わい続けているに違いない。
「日本一の景色へ 最速163km/h」
これは、大谷が花巻東高2年のときに寮の自室に掲げた目標だ。大谷といえば、高校時代から“目標設定シート”を愛用してきたことで知られる。81分割された碁盤目状のシートの中心に最大の目標、その周囲に目標達成のためになすべき8つの小目標、そして小目標達成に必要な要素を細かく書き込んだものだ。そして、いまも毎オフに更新し続けている。常に、自分が目指す姿から逆算していまやるべきことを考える。それが大谷という男である。
そして、高校2年で掲げた「最速163km/h」という目標に、今季、ついに到達した。6月5日の巨人戦、4回のクルーズとの対戦。真ん中高めに投じた4球目のストレートは、公式戦最速記録を更新する163キロを記録。大谷の成長は止まらない。わずか3カ月後、9月13日のオリックス戦では、糸井嘉男に対して投じた初球が164キロを計測。由規(ヤクルト)が2010年に記録した日本人歴代2位の161キロに3キロもの差をつける記録となった。しかも、この日は調整登板だったのだから恐れ入る。
残された目標は「日本一の景色へ」。高校2年のときの目標とあって、おそらくは甲子園での優勝のことだったのだろう。残念ながらその目標を果たすことはならなかったが、いま、プロでの日本一が目の前にまで迫っている。自身初のリーグ優勝を決めたときに見た景色はマウンド上からのものだった。CS、日本シリーズを勝ち抜いて大谷が見る「日本一の景色」はどんなものだろうか。
(著者プロフィール)
清家茂樹
1975年、愛媛県生まれ。出版社勤務を経て2012年独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。野球好きが高じてニコニコ生放送『愛甲猛の激ヤバトーク 野良犬の穴』にも出演中。