文/清家茂樹
「僕は塁に出ないと話にならない」
日本ハムの切り込み隊長・西川遥輝。最大の武器は50メートルを5.8秒で走る圧倒的スピードである。しかも、西川はただ速いだけではない。並外れた盗塁センスと走塁技術により、2014年には43盗塁を記録して盗塁王にも輝いた。今季は53盗塁をマークした糸井嘉男(オリックス)、金子侑司(西武)にタイトルは譲ったが、それでもチームトップの41盗塁を記録して盗塁数は2年連続でリーグ3位に食い込んでいる。
ただ、出塁しないことには自慢の足を生かすことはできない。陽岱鋼に代わり1番打者を務めることが増えた2013年以降、昨季までの西川の打率は順に.278、.265、.276。長打のある中軸打者や下位打線の打者なら十分だが、トップバッターとしてはもう少し率を上げてほしいとぜいたくを言いたくなる数字かもしれない。
だが、今季の西川は大きく飛躍した。城石憲之打撃コーチとともに取り組んだ打撃改良が実を結び、自身初の3割に乗せた打率はリーグ2位の.314。さらに、チームトップの73四球を選び、出塁率.405はリーグ4位である。
「僕は塁に出ないと話にならない」。自身の武器、そして周囲の期待を自覚する男は、自らに課した課題を見事にクリアし、1番打者として胸を張れる堂々たる成績を残してみせた。
「4万人のファンの皆さん、全員で広島に行くぞ!」
そんな西川が“意外な形”で大仕事をやってのけた。広島と日本一の座を争った日本シリーズの第5戦だ。2連敗という痛いスタートを切った日本ハムだったが、本拠地・札幌ドームの大声援を背に息を吹き返して2連勝。勝った方が王手をかける重要な一戦は終盤まで1-1の同点という緊迫した展開が続いた。そして、9回裏にその場面が訪れた。
負けられないのは広島も同じ。同点ながらマウンドには守護神・中崎翔太を送り込む。だが、日本ハムはその中崎をしぶとく攻めた。1死から田中賢介が8球粘って四球を選ぶと、市川友也は見事に1球で送りバントを決め、中島卓也は内野安打で出塁。そして、続く岡大海への初球が死球となると、両軍がベンチ前に飛び出した。
まさに、一触即発――。球場内のボルテージが最大限に上がった2死満塁の場面で打席に立ったのが西川だ。ここまでシリーズでは20打数2安打と不振に陥っていた。この日も前打席まで4打数無安打。それでも監督は打席に送り出してくれた。目の前ではチームメートにボールがぶつけられた。心に期するものがあっただろう。それまでどこか縮こまっていたような西川だったが、吹っ切れたように2球目の149キロ直球をフルスイング。高々と上がった打球は広い札幌ドームの右中間スタンドに飛び込んだ。
値千金のサヨナラ満塁弾。今季の西川の本塁打はわずか5本だ。高い出塁率と俊足でチームに貢献してきた男が本塁打でゲームを決めた。ヒーローインタビューの壇上に上がった西川は大観衆に向かって絶叫する。「4万人のファンの皆さん、全員で広島に行くぞ!」
「プロに入れるとは思っていなかった」

日本ハムには西川と並ぶもうひとりのスピードスターがいる。走塁はもちろん、そのスピードを生かした広い守備範囲と“攻撃的”とも称される卓越した守備力が売りの中島卓也だ。いまやリーグを代表する遊撃手となった中島だが、プロ入りの経緯は意外なものだ。
中島は福岡工業高出身。高校時代、プロの注目を集めていたのは同級生のエース・三嶋一輝(DeNA)だった。だが、その三嶋を調査していた日本ハムのスカウトは中島の守備に目を奪われた。手首や腕の使い方であるハンドリングのうまさや、一歩目のスピードは高校生のレベルではない。しかも、足という別の武器もある。こうして2008年ドラフト5位で指名された中島は日本ハムの一員となった。
中島は後に振り返っている。「プロに入れるとは思っていなかった」。それは、自身に足りないものを自覚していたからだ。幼いころ、父親に徹底的に守備を教え込まれていた中島は「打てなかったことではなくエラーをして泣いた」という。スカウトの目に止まるほどの守備力をすでに身に付けていた高校時代、練習が休みのときにもノックを願い出ていたほどの根っからの“守備好き”だ。
だが、その半面、打撃力には劣る。プロ8年間で本塁打はいまだゼロ。今季の打率.243はリーグの規定打席到達者28人の中で最低の数字である。
「ヒットを狙わずフォアボールを狙う」
だが、中島はプロで生き残る道を自ら切り開いた。追い込まれた場合には徹底的にファウルを打ち、四球での出塁を狙うカット技術を磨いたのだ。今季、中島が記録したファウルは759。リーグ2位である西川の520をはるかに超える圧倒的な数字である。
ファウルをたくさん打つということは、相手投手の球数が増えるということに直結する。当然、相手投手の体力は消耗する。さらには、根負けして四球を出した場合には精神的なダメージも大きいだろう。球界最強の“ファウルメーカー”となった中島を、則本昂大(楽天)ら各球団のエースはそろって「嫌な打者」と評する。その誰にも真似できない高度な技術は、つい先日幕を閉じた日本シリーズでも大きな威力を発揮した。
2勝2敗で迎えたどちらも負けられない第5戦、広島は初戦で大谷翔平に投げ勝ったジョンソンを中4日で先発に起用。この日もジョンソンの投球はさえ渡り、日本ハム打線は6回まで4安打無得点に封じられていた。ところが、95球を投じたジョンソンは6回を投げ終えると疲労を訴え自ら降板。流れが変わった。直後の7回に1点を奪い同点に追いつくと、9回には先述のように西川のサヨナラ満塁弾が飛び出し日本ハムが劇的勝利。
ただ、中島の大きな貢献はこの日にあったわけではない。ジョンソンが降板した後に2安打を放っているが、3回、5回のジョンソンとの対戦では、それぞれ3球目、初球に手を出しいずれも遊ゴロに倒れている。中島は5日前の第1戦ですでに大仕事をやっていたのだ。
10月22日の第1戦、3回だった。1死走者なしで打席に立った中島は粘りに粘る。この1打席だけで8本ものファウルを打ち、12球目に四球を選んだ。結果、得点につながることはなかったものの、ジョンソンは明らかにいら立った素振りを見せていた。この日、ジョンソンが投じたのは計123球だが、実はそのうち27球もの球数を中島ひとりに投げさせられている。
重要な第5戦でのジョンソンの降板には、中4日での登板という影響もあっただろうが、中島の存在が大きく関わっていたはずだ。7回は中島に打順が回るイニングだった。疲労が蓄積しているゲーム終盤、ジョンソンが「中島の顔は見たくない」と思ったとしてもなんら不思議ではない。
西川、中島のふたりは、本塁打を量産するような傍目にも分かりやすい活躍ができるわけではない。足や小技を生かす、言葉は悪いがあくまでも“脇役”だ。ただ、自身の能力を極限にまで生かすことで、脇役のなかで突出した存在となった。中田翔や大谷翔平といった“主役”たちの脇を彼らが固めるのだから、日本ハムが強いのも当然というわけである。
(著者プロフィール)
清家茂樹
1975年、愛媛県生まれ。出版社勤務を経て2012年独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。野球好きが高じてニコニコ生放送『愛甲猛の激ヤバトーク 野良犬の穴』にも出演中。