暗雲を予感させた診断の微妙な“変化”
「ダルビッシュ有、今季絶望――」
そのニュースが飛び込んできたのは先月22日のことだった。所属するシカゴ・カブスのエプスタイン編成本部長が、「ユウの2018年シーズンは終了した」と明らかにし、球団公式サイトをはじめとする複数の地元メディアも、こぞってその事実を報じた。
原因は右ひじだった。レンジャーズ、ドジャースの実績を引っ提げ、6年1億2600万ドル(約140億円)という大型契約で今季カブス入り。しかし、開幕からなかなか調子が上がらず、8試合に先発して1勝3敗、防御率4.95という成績のまま、5月下旬に右上腕三頭筋の張りを訴えて故障者リスト入り。当初の診断は『右張右上腕三頭筋の腱炎』で、本人もそのつもりでリハビリを続け、6月25日にマイナーでのリハビリ登板で5イニングを投げた。
「投球内容どころではなくとにかく痛みとの戦いでした。翌日には日常生活でもかなり痛みが出始めて、軽くボールを投げることすらできませんでした」
ダルビッシュはこのときのことをブログでこう明かしている。
リハビリを一時中断して再診断を受けたダルビッシュに告げられたのは『インピンジメントと炎症』。球団からは、炎症を抑えるためにコルチゾン注射を受けたと発表された。関節を構成する骨に筋肉や脂肪、軟骨や靭帯などが挟み込まれる『インピンジメント』とそれが原因でおきた『炎症』。診断の変化が、その後の暗雲を予感させた。
8月19日(日本時間20日)に2ヵ月ぶりの実戦登板に臨むも、1イニングを投げ終えた後に右ひじの痛みで、予定していた3イニング、60球を投げることなく19球で緊急降板。「この1カ月は正直違和感は抜けませんでしたが、前回のマイナー登板に比べれば痛みはないに等しかった」と説明したが、「2イニング目に似たような痛みが来たのですぐやめて、MRIをもう一度お願いしました」とダルビッシュ。
造影剤を入れてひじを検査した結果は、上腕三頭筋の肉離れと骨のストレス反応が疲労骨折手前というものだった。この診断で、ダルビッシュには6週間のノースローが宣告された。
最善の処置ではなかった? 悔やまれる初期診断と本人の感覚とのズレ
2016年に“ヤギの呪い”を跳ねのけて108年ぶりのワールドチャンピオンに輝いたシカゴ・カブス。昨季も2年連続のリーグ優勝(リーグ優勝決定シリーズ敗退)を果たし、今季もナ・リーグ中地区の1位を走る(現地12日現在)。チームが好調のおかげで鳴り物入りでの入団も1勝に終わった右腕に対しての不満、批判は表面化していないが、チーム打率がナ・リーグ15球団中トップを走る一方で先発投手陣に不安を抱える中で、ダルビッシュにはプレーオフでの快投が期待されていた。その“世界一プラン”が瓦解したことでファンの間にも落胆の声が広がった。当初は「(筋)組織に損傷なし」と早期復帰への見通しを示していただけに尚更だ。
悔やむべきは当初の診断である。移籍1年目で、チームの医療スタッフがダルビッシュのひじの状態を把握し切れていなかったことがその要因の一つに挙げられる。そして、その後のリハビリ過程も合わせてコミュニケーション不足を批判されても仕方がない。ダルビッシュ本人も発表翌日に自身のブロブを更新し、「自分は多少の張りぐらいでは今まで投げて来ていましたし、指が折れても、靭帯が切れて投げた経験があります。今回のはレベルが違う痛みがあり(治療しながらだったので多少痛みがなくなっても違和感はずっとあった)、ずっとおかしいと妻にも言っていました」と説明した上で、「前回のマイナー登板後に無理言ってMRIを撮るか、DL直後のMRIで造影剤を入れてもらえばよかったと後悔しています」と正直に吐露。検査の診断と自身の感覚の間に“ズレ”があったことは否めない。方法によっては、今回とは違った加療によって、可能性は少なかっただろうが、プレーオフの登板が可能になっていたかもしれない。
来季は「春から100%」復活にかけるダルビッシュ
だが、疲労骨折の危険もあっただけに、その事態を回避できたことについてプラスに考えるべきだろう。2度目のリハビリ登板時にすぐさま自らのストップをかけたダルビッシュの自身の肉体へのセンス、普段からのケアが、“最悪の事態”を防いだとも言える。何より、痛みの原因がハッキリとしたことで、今度こそしっかりと前を向いて進むことができることは確かである。
リハビリ課程の中で「毎日起きると『また投げなあかん。痛くありませんように』と祈って、不安の中で憂鬱な日々を過ごしていました」というダルビッシュは、今季中の復帰が消滅した今回の診断に「骨だし、肉離れもあるからそりゃ痛いよなと納得できました」と落胆よりも、晴れ晴れしさの方が大きいようだ。
さらに「早期復帰」と診断された中で復帰が長引いていた状態に「周りも『仮病じゃないか?』『メンタルの問題では?』みたいな感じにもなっていてまた休むのが非常に精神的に辛かったです」と振り返っている。その状況は、少なくとも解消されるだろう。
すでに、ダルビッシュは前を向いている。自身のブログの中で「今年は投げられないのは変わりはないので前向きに来年に向けて計画立てていきます!強くなって帰って来られるようにしっかりやっていきます!」と宣言。無理にプレーオフに向けて調整するよりも、来季に照準を合わせることは今後の選手生命において賢明な判断だ。
そしてカブス球団は今月12日(日本時間13日)、ダルビッシュが右ひじの関節鏡手術を受けたと発表。本人は自身のツイッターで「簡単な手術だそうで、スプリングトレーニングは100パーセントで入れそうです!」と報告した。メスを入れたことに対する不安はあるが、幸い、契約はあと5年ある。本人も周囲も予期せぬ1年目となったが、まだチャンスは残されている。万全の状態で来季を迎えてもらいたい。それが、ファンの気持ちでもある。