足の速さは「遅い」かもしれないが

バルセロナ育ちの背番号6は、確かに「遅い」のかもしれない。実際、彼は単純な足の速さを見れば、「遅い」。Jリーグが収録されているテレビゲーム『FIFA 19』でも、S・サンペールの「スプリントスピード」の能力値は「33」に設定されている。神戸のチームメイトでもあるアンドレス・イニエスタは「68」、センターバックのダンクレーでも「62」だ。S・サンペールと同程度のスプリントスピードと評価されている選手を挙げるとすると、ビジャレアルに所属する37歳のセンターバック、ダニエレ・ボネーラが「31」だ。バルセロナで将来を嘱望された24歳のピボーテは、紛れもなく「足の遅い選手」なのである。

おそらくS・サンペールは、まだ戸惑っている。今までプレーしてきたスペインでは、足が遅くても問題なかった。彼のプレースタイルやバルセロナの戦い方であれば、中盤の底でチームのへそとして振る舞うピボーテの選手にスプリントスピードが求められる場面は少ない。だが、日本のサッカーは「速い」のだ。これはプレーしている選手たちの「足が速い」のではなく、「展開が速い」ことを指している。ボールを奪う、反対の立場から見れば奪われるたびに目まぐるしく局面が動き、ゴールとゴールの間を人とボールが行ったり来たり。時にカウンターアタックの応酬にもなりうる。

これはよく日本人選手の特徴と言われる俊敏性が関係しているのだろうか?いや、違う。実は外国人選手の多くが、日本のサッカーに「スピードがある」と語るとき、その「スピード」に身体的な意味を込めているわけではないのだ。

海外選手が語る、日本サッカーの「スピードがある」とは

かつてスペイン代表として世界の頂点を極めたサガン鳥栖のFWフェルナンド・トーレスは、今季のJ1開幕前に『DAZN』で配信された対談企画の中で、名古屋グランパスに所属するFWジョーに「(日本に来て)難しさはなかった?」と問うた。

すると元ブラジル代表のストライカーは「彼らはとても『スピード』があるけど、あまり緊迫した感じがないと思ったかな」と返す。それに対しF・トーレスは「彼らはボールの扱いはうまい。だけどフットボールは別だからね」と語る。
そして“エル・ニーニョ”はこう続けた。
「彼らは常に攻めて、攻めたがる。3-0でも攻めたがるからちょっと落ち着こうよと」
来日1年目でJ1得点王に輝いたジョーも「僕もそう思うよ」と同意した。
ここにS・サンペールが神戸で活躍するための鍵が隠されている。

サンペールが活躍するカギは、日本流の「切り替え」

キーワードは「切り替え」だ。日本ではよくサッカーに4つの局面があると言われる。「攻撃」と「守備」、さらに「攻撃から守備への切り替え」と「守備から攻撃への切り替え」がそれぞれの間に挟まって、繰り返すことでゲームが成り立つと考えられることが多い。
ボールを持って攻めて、奪われたら切り替えて、守って奪い返して、もう一度攻撃に切り替えてゴールを目指す。この流れがループすることによって、90分間が構成されていくというわけだ。確かにシンプルに言い表せば、まさにその通り。おそらく多くのチームが攻守の間の「切り替え」を意識しているし、「今は攻めている」「切り替えなければいけない」「今は守っている」という意識が頭の中にありながらプレーしているだろう。

ところが、バルセロナをはじめ欧米における「切り替え」の概念は、日本と違うように感じる。例えばS・サンペールが6歳から所属してきたバルセロナでは、試合の中でボールを握っている時間が長く、支配率が70%近い数字を記録することも珍しくない。おそらく世界屈指のタレントを輩出してきた下部組織も同じような展開が多いだろう。
もちろん彼らにも「切り替え」の瞬間は存在する。そもそもボールを失う回数も少ないが、かつてバルセロナを率いたジョゼップ・グアルディオラ監督は選手たちに奪われたら「3秒以内」に奪い返すよう要求した。

ショートパスをつないで崩すため選手間の距離も近く、多くの場合ゴール近くでプレッシャーをかけられる状態のため、失ったボールを即座に奪い返せれば、相手が攻めに転じようとした瞬間が最も大きなチャンスになるからだ。
とはいえボール奪取に3秒以上かかってしまうこともあるし、奪った場所やシチュエーションしだいではチャンスになりにくい場合もある。バルセロナの選手たちは、そうなったら一度ボールを最終ラインやGKまで戻して、じっくりと組み立て直す。

ここが日本との違いでもある。全てのチームが一概にそうだとは言えないが、ボールを失ったら「切り替え」のフェーズに移って「守備」をし、奪った瞬間にもう一度「切り替え」て、今度は頭の中が「攻撃=ゴールに向かうこと」となって、あわよくばリスク無視とも取られかねない無謀なアタックを試みる場面も散見される。それはトップリーグであるJ1でも例外ではない。

もちろんカウンター志向のチームがボールを奪った瞬間にゴールに一直線、というのは理解できるが、神戸はクラブをあげて「バルサ化」を掲げており、ポゼッション志向の強いチーム作りをしてきた。
バルセロナにもボールを奪われた際の「切り替え」のフェーズはあるが、日本のそれとは考え方が違っている。おそらく彼らにとってはボールを取り戻しても「切り替え」の状態が続いていて、一度全体を整えながら相手を自陣に押し込んで、そのうえで引きつけて陣形を崩して、重要なポジションにパスが入った瞬間が「切り替え」の終わり。そこからが本当の意味での「攻撃」なのだ。

整理すると、彼らには「攻撃」と「切り替え」しかない。あくまで「守備」は攻撃を続けるための手段の一部であり、そうなるよう設計されているべきものだと考えることもできる。このやり方が体にも頭の中にも染みついたS・サンペールは思考と実行のプロセスが全く違い、慣れない日本のサッカーに戸惑っているように見える。

イニエスタと比較するのはナンセンス

イニエスタは次元が違った。彼が来日した当初、神戸の日本人選手たちは「イニエスタはうますぎるから、僕たちも成長しなければいけないけれど、自分たちにある程度合わせてくれるのではないか」と口を揃えて話していた。実際、そうなった。世界最高のマエストロは自らの強みや特徴を生かしながら、日本のサッカーに適応する絶妙なバランスを見い出し、神戸の攻撃を組み立てからフィニッシュまで一手に担う大黒柱となっている。

S・サンペールもバルセロナ出身のピボーテらしさは随所に見せている。「守備が緩い」と指摘されてはいるが、もともと体と体をぶつけるようなプレーは非常に苦手で、大怪我を負ってきたキャリアも多少は影響しているかもしれない。だが、相手がボールを保持している際のポジショニングは秀逸で、ボールホルダーの視線の先に見えているはずのゴールに近づくために重要なパスコースは、だいたいS・サンペールが立っていて消されている。

常に首を振って周りの状況を把握しながら、行動範囲こそ広くないものの、動き回るチームメイトたちの穴を埋めるようなポジショニングで守備を助けている。相手選手とぶつかりあってボールを奪ったり、ギリギリの場面で足を出したりすることが少ないことで守備の貢献度が低いように思われがちだが、彼のような守り方もあるのだ。

ただ、先述したようにクリムゾンレッドの背番号6が苦しんでいるのは「切り替え」の局面だ。神戸の選手たちはボールを奪うと、いち早くイニエスタに預けて前進しようとする。前線の選手も動き出すので、それに応じてチーム全体がゴールに向かっていくが、ミスも多く頻繁に攻守が入れ替わって、自分たちのゴールを守るために無理な対応を強いられることもしばしばある。

パス成功率は驚異の97%

セルジオ・ブスケッツ【写真:Getty Images】

S・サンペールからすれば、「もう少し落ち着いて1タッチや2タッチを使ってショートパスを回しながら相手を押し込んでいけばいいのに」と思っているかもしれない。実際、彼は最終ラインからパスを引き出そうという動きを繰り返し、ボールを持ったセンターバックに近づいてみたり、あるいは自分にマークがついていればそれを引き連れたままポジションを上げて、センターバックが持ち上がるスペースを作ったり、細かくプレーを調整している。

実際、パス成功数と成功率は非常に高い数字を記録している。初先発だったガンバ大阪戦では75分プレーして53本のパスを通し、成功率は89%。初めてのフル出場となった松本山雅FC戦ではパス成功81本、成功率91%だった。そして最新のサンフレッチェ広島戦は74分のプレーでパス82本を通し、成功率は驚異の97%をマーク。試合をこなすごとに徐々に持ち味を発揮できるようになってきてはいる。

バルセロナで輝きを放つセルヒオ・ブスケッツも、足が速いとは言えないし、体がぶつかり合うような守備はそれほど得意ではないが、パスによる組み立ては世界屈指のレベルにある。「ブスケッツ2世」とも言われたS・サンペールも背格好は違うが、プレーには似た特徴を持っている。ポテンシャルを引き出せれば、神戸の核にもなりうる逸材だ。すでにパスコース選びなど判断力と判断速度は非常に高いものを示しているのだから、生かさない手はない。

もちろん彼自身が頻繁に攻守が切り替わり、「スピードのある」日本のサッカーに馴染む必要はあるが、もし神戸が「バルサ化」を掲げてS・サンペールという才能を使い続けながら強くなろうとするのであれば、全体の構造を見直して、より持ち味を活かしやすいチーム戦略に移行していくべきだ。周りの選手たちのマインドを変えていく作業も必要だろう。

折しも神戸は昨季途中からチームを率いていたファン・マヌエル・リージョ監督の退任を発表し、吉田孝行監督の再就任を発表した。2度目の挑戦となる新指揮官は、S・サンペールをどうチーム戦術の中に組み込んでいくだろうか。「切り替え」の概念を入れ替えて環境さえ整えられれば、24歳のピボーテはこれまで以上の力を発揮してくれるはず。イニエスタやダビド・ビジャら、他にもタレントは豊富なだけに、その先にはJリーグのレベルを超えたチームの完成を見ることができるかもしれない。


VictorySportsNews編集部