NHKで生中継され、一つしかない試合会場に視線が集まるという独特の緊張感が漂う中、猛者たちが頂点を競う。そんな1948年から始まった格式ある大会が、2020年東京五輪に向け、最重量級の日本代表選考会から除外されることになりそうだ。このため「柔道日本一=五輪チャンピオン」の構図が成り立たない事態も予想される。価値の低下が懸念される全日本選手権。武道としての伝統、五輪競技としてのスポーツという両面に挟まれた微妙な立ち位置に、看板である最重量級のヒーロー不在という問題が浮かび上がる。

▽文化の象徴

そこは柔道家たちにとって憧れの舞台であり、数々のドラマが繰り広げられた。1977年からは山下泰裕が前人未到の9連覇を成し遂げた。山下は1984年ロサンゼルス五輪無差別級でも金メダルに輝いた。その間、ロサンゼルス大会から五輪の95㌔超級を2連覇した斉藤仁は全日本の決勝で3年連続して敗れ、山下の壁を越えられなかった。1998年からは篠原信一が3年連続優勝。そのうち2度、決勝で屈していたのが井上康生だった。しかし2000年シドニー五輪100㌔級で金メダルを獲得した井上は、2001年の全日本選手権で篠原を倒して念願の初優勝を遂げた。振り返るだけで日本の英雄たちがよみがえり、柔道界の歴史が詰め込まれている。

2012年には90㌔級の選手の加藤博剛(千葉県警)が優勝。「柔よく剛を制す」という柔道の神髄が表れたシーンだった。今年の大会でも、決勝に100㌔超級の選手は残らず、100㌔級のウルフ・アロン(了徳寺大職)が加藤を下した。体重差に関係なく純粋に頂点を目指して自己を磨く。全日本選手権は武道としての柔道文化の象徴と言える。

▽スポーツとして

一般的には体重別で実施され、常に日本勢にメダルが期待される五輪も例外ではない。全日本柔道連盟は五輪や世界選手権の代表選考において、国内外の過去2年間の大会結果をポイント化する制度を取り入れており、近年は特に国際大会での実績を重要視している。客観的なデータを大事にすることを鑑みれば、体重無差別の全日本選手権の大会結果を考慮しなくなることはある意味で合理的だ。

柔道の醍醐味は、鮮やかな「一本」で相手を制することであり、王道でもある。ただ国際的な大会ではポイントを奪って逃げ切る闘い方も散見される。例えば2016年リオデジャネイロ五輪100㌔超級決勝。フランスのテディ・リネールは原沢久喜(現在は百五銀行所属)から先に指導を引き出すと、その後はしっかりと組むことなく、逃げるような姿勢でさばき続けた。会場の観客がブーイングを浴びせたが、金メダルはリネールの手に渡った。

▽豊かな精神性

武道の一つである柔道には、豊かな精神性が宿る。合気道の大家、多田宏氏は「日本人の身体」(内田樹著)の中で次のように指摘している。「色々な武道がスポーツ化され、世界中に広まったと喜んでいるみたいですが、日本語のスポーツと外国語の『スポーツ』とは違う点がありますからね。スポーツというのは、やはりキリスト教文化圏の概念なんです。だからスポーツトレーナーが『人間いかに生くべきか』なんて辛気くさいことは言わないでしょう。安らぎは教会や聖書によってのみ得ることができる。スポーツはそういう無言の条件の下で行われる、身体運動なんです。もちろんスポーツには、スポーツとしての良いところがあります。しかし日本の伝統文化としての勝敗を超越した武道の訓練法には、スポーツにはない良いところがある」。勝ち負けにとらわれずその道を究めるべく鍛錬を積む。武道に通じる特長は素晴らしく、受け継ぐべきものだろう。

また、柔道が競技に初採用された1964年東京五輪の翌年、日本レコード大賞を受賞した美空ひばりの「柔」には有名な一節がある。「勝つと思うな 思えば負けよ」。勝利を欲しがり過ぎると、結果的に本来の能力を発揮できずにうまくいかないものだと解釈できる。大相撲で史上最多の優勝42回の横綱白鵬が、勝負に臨む心境として大事にしていると明かしたことがある。人生訓にも通じる示唆で、柔道の深みがにじみ出る。

▽時代の宿命

2008年北京五輪優勝の石井慧を最後に、全日本王者が五輪と世界選手権の100㌔超級を制覇できていないことも、全日本選手権のステータスに影響を与えている。武道ではないものの、国のお家芸と五輪との関係性で見れば、バスケットボール男子の例がある。バスケットボールの発祥地は米国で、現在はプロリーグのNBAを抱える。NBAと五輪ではルールが異なる点があるにも関わらず、米国は五輪で3連覇中と母国の威厳をいかんなく発揮。同時にNBAは世界最高峰のリーグとして世界中のファンを魅了し続けている。

伝統や美学をしっかりと追求しながら、競技会でも好結果を残すのが一番の理想だ。一方、現実的に全日本選手権の権威についての雑音を封じ込めるには、日本が最重量級で五輪の金メダルを獲得し、復権するのが一番の近道か。柔道がスポーツとして発展し、五輪が大きく注目されるようになった時代の宿命でもある。

高村收

著者プロフィール 高村收

1973年生まれ。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事