世界中を駆け抜ける「WRC」

WRCとは世界ラリー選手権の略で、1973年に世界各国のラリーをFIA(国際自動車連盟)が統一し、世界選手権として誕生したのがWRCの始まりである。ラリーは決められたルートを決められた指示に従って走破する競技で、サーキットで行われるロードレースとは違い、交通が遮断された一般道(舗装されている道、未舗装の道、雪道、林道など)を走るのが特徴だ。いくつも用意されているSS(スペシャルステージ)と呼ばれる競技区間で1台ずつタイムアタックし、その積算タイムで勝敗を争う。そしてSSとSSの間の区間をリエゾンという。リエゾンでは一般車が走っている中をその国の道路交通法に基づき移動するので、マシンにはナンバーが付いている。また、運転を担当するドライバーと、助手席でナビゲートするコ・ドライバーのふたりがペアを組んで戦うのも、ラリーならではの特徴である。

WRCは年間14戦で争われ、各イベントで順位に応じてポイントが与えられる。最終戦を終えた時点で最も多くのポイントを獲得すると総合王者となる。タイトルは、ドライバー、コ・ドライバー、そしてマニュファクチャラー(製造者)の3部門に分けられている。

ヨーロッパや南米といったラリーが盛んな国では多くのファンが現地に足を運び、各々のスタイルでラリーを楽しんでいる。上段の通り、日本では2004年から2010年までWRCが行われていた。リーマンショックの影響でこれまでWRCに参戦してきたスバルとスズキが撤退し、メーカーからの協力を得られなくなったこともあり、ラリージャパン継続とはならなかった。

しかし2017年、日本でWRCへの関心が高まるきっかけが起こった。そう、トヨタがWRCに復帰したのだ。

ラリージャパン招致に繋がったトヨタの活躍

2017年にトヨタがWRC参戦を開始。18年というブランクがあるものの、4度のWRC王者であるレジェンド、トミ・マキネンをチーム代表に、ドライバーには最年少でWRC勝利を果たしたヤリ-マティ・ラトバラと経験豊富なユホ・ハンニネンを迎え、シーズン前から精力的にテストを重ねていった。ラトバラは開幕戦にしてWRC屈指の難コースであるモンテカルロでいきなり2位を獲得、さらに第2戦には早速トヨタ復帰後となる優勝を成し遂げた。第9戦ラリーフィンランドでは第3ドライバーのエサペッカ・ラッピも優勝し初年度にしてトヨタは2勝をマークした。翌年にはオィット・タナックがトヨタに移籍しさらに強力なラインナップでシーズンに挑み、タナックがチャンピオン争いを繰り広げ総合3位でシーズンを終えた。ドライバーズチャンピオン獲得とはならなかったが、トヨタはマニファクチャラーズチャンピオンシップを制し、世界一のマシン、チームの称号を手にしたのだ。

このトヨタの活躍に国内でもWRCへの関心が高まっていき、日本でのWRC開催を期待する声が上がるようになった。そして2018年1月12日に「WRC世界ラリー選手権日本ラウンド招致準備委員会」が発足された。日本でのWRC開催は2010年以降途絶えてしまったが、JRC(全日本ラリー選手権)やAPRC(アジアパシフィックラリー選手権)が継続的に行われて、JRCの新城ラリーが大きなイベントに発展するなど、国内のラリー競技が少しずつ根付いていたこともWRC日本招致に大きな追い風となった。招致準備委員会は2019年のラリージャパン開催を目指し活動をはじめ、確かな手応えを感じていたのだが。

2019年見送りも招致活動を継続し届いた「吉報」

招致準備委員会が2019年の開催申請を行ったことが発表されるなど、開催は確実と思われていたラリージャパン。だが、2019年のWRC開催カレンダーの中に、日本は入っていなかった。

WRCは主にヨーロッパや南米で開催されており、すべてのワークスチームがヨーロッパにファクトリーを構えているため、ヨーロッパ以外のイベントの増加は費用の上昇に直結する。その上、既存の欧州イベントのオーガナイザーがカレンダー落ちを回避すべく、政治力を駆使したことが日本が落選した理由である。

開催見送りの発表はラリージャパンの復活を待ち望むファンにとって辛い知らせになってしまった。招致委員会は2020年の開催に向けてすぐに動き出したが、クリアしなければいけないハードルがたくさんあった。

2019年の開催を目指してきた中での落選。準備期間が1年増えたということは必要な資金も増えることになり、行政やスポンサー、代理店とのやり取りを再構築する必要があった。しかし、WRC日本ラウンド招致準備委員会は2020年のカレンダー入りを目指し、入念な準備を進めていった。

キャンディデート(立候補)イベントを成功させプロモーターから評価を得るだけでなく、ヨーロッパのモータースポーツ界では人との繋がりが重要な意味を持つため、ロビー活動と言われる根回しも強化し、FIAの下部組織であるWRC委員会との関係も深化していった。このような活動の結果、全14戦をベースに、現在は10のイベントがあるヨーロッパ内のラリーを最大8戦に抑え、残りの6戦分をヨーロッパ以外に開放するとWRC委員会でのカレンダー決定のプロセスや枠組みが大きく見直された。つまり2020年のカレンダーは欧州以外のイベントが6つ確保され、準備が進んでいるアジア代表の日本がカレンダー入りする可能性が高くなったのだ。

とはいえなかなか正式発表が行われずにいたが、ついに2020年にWRC日本ラウンドの開催が決定したことが公表された。

テストイベントとして行われたセントラルラリー

2020年の開催に先駆け、11月7〜10日にかけてセントラルラリー愛知・岐阜2019と銘打ったテストイベントが開催された。ラリーではトヨタのWRカーであるヤリスWRCを駆る勝田貴元が優勝。本物のWRCマシンが走るだけではなく、2003年のWRC王者であるペター・ソルベルグが来場し、トヨタチーム代表のトミ・マキネンとの「レジェンドトークショー」が行われるなどWRCを「楽しんでもらう」イベントとなった。

このイベントは2020年のラリージャパンとは別予算での開催ということもあり、限られた告知、最低限の観戦エリアとなったものの、合計1万人ものファンが観戦に詰めかけた。多くのファンが観戦したことや、ドライバーからコースが好評だったことなど手応えを感じるイベントになった一方、スケジュールの遅れや観戦客への情報伝達不足、地元住民とのトラブルなど課題もあったという。

とはいえ、様々な改善すべきポイントを知ることができたこのイベントはとても重要なものだったと言えるだろう。このイベントがなければ何が問題になり得るのかもわからなかったはず。問題点が具体的に見えてくれば対策することができる。セントラルラリーはラリージャパンのPRだけではなく、運営側にとっても大きな意味のあるイベントとなった。

ラリージャパンに向けて期待したいこと

今年はスポーツの力で日本がひとつになった。そう、日本各地で行われたラグビーワールドカップだ。日本代表チームの歴史を作っていく姿は多くの人に感動を与えたくれた。決勝ラウンドの南アフリカ戦では平均視聴率が41.6%、スコットランド戦では瞬間最高視聴率53.7%を記録するなど、ラグビーがいまだかつて無いほど日本を熱狂させた。

これほどまでにラグビーワールドカップが盛り上がりをみせたのは、日本代表チームのハードワークや運営側の入念な準備に大会期間中の行き届いた対応、2015年大会から今年までラグビー熱をそのまま維持させたメディアの頑張りも当然だが、SNSの存在も大きかったのではないだろうか。

ラグビーW杯組織委員会のツイッター(@rugbyworldcupjp)のフォロワーの増え方も、ツイートの動画再生回数も凄まじかったわけだが、素晴らしかったのは日本に関係するものだけでなく、各国の情報もこと細かく発信していたこと。これによりラグビーの魅力であったり、テレビでは得ることのできないコアな情報も手に入れることができた。また、投稿のテンポが早く、著名人のラグビーに関するツイートをリツイートすることで、より多くの人の目に入るような工夫が見られた。日本代表だけでなく、「ラグビー」という競技を好きになる仕組みがこの一大ムーブメントを引き起こした理由のひとつなのかもしれない。

ラリージャパン運営事務局のツイッター(@2020rallyjapan)の現在のフォロワー数は1万弱(11月14日現在)、2019年1月にアカウントが開設され、約300ツイートされている。ラリージャパン運営事務局のツイッターを覗いてみると、フォローしているのはWRCの公式ツイッターやトップドライバー、そしてラリージャパン誘致に関わった政治家や著名人など27のアカウント。WRCに参加しているにも関わらずフォローされていないドライバーもいれば、WRCを目指す若く有望なドライバー、各イベントの公式アカウントもフォローされていない。そして驚いたのがコ・ドライバーに関しては誰一人フォローしていなかったのだ。つまり、ドライバーやコ・ドライバーの名前や顔だけではなく、競技中には見られない素顔、日本以外のラリーイベントの様子など魅力的な情報がラリージャパン運営事務局のツイッターからでは十分に得られないということだ。

確かに地元のトヨタを応援することやラリージャパンを盛り上げることも重要だが、「WRC」「ラリー」強いては「モータースポーツ」を知ってもらう、好きになってもらうことも重要ではないだろうか。ある人のラリーを好きになるポイントが、トヨタ以外のマシンかもしれない、他メーカーのドライバーかもしれない、ラリージャパンのようなターマックラリーではなく、グラベルラリーに惹かれるかもしれない。好きになるポイントや入り口は人それぞれ違うのだ。ラリージャパンの開催に向けての準備と同じくらい、SNSの充実はラリージャパン成功に欠かせないファクターだと私は思う。

そしてもうひとつ重要なことは新たなファン層の為の優しい環境づくりである。これは運営側にも既存のファンにも言えることだ。運営側にはラリーの基本情報や初めて現地観戦する人向けに楽しめるポイントなどを随時SNSで更新したり、車を持っていない人でも気軽に現地で観戦できるように公共交通機関によるアクセスを充実させるなどの配慮が必要になる。既存のファンには現地観戦におけるマナーを徹底してもらうことで、ラリーイベントが気持ちよく楽しめるイベントを運営と共に作ってもらいたい。新しいファンは既存のファンの立ち振る舞いをみるはず、初めてラリー観戦する人たちが「ラリーの雰囲気が良い」「ラリーって楽しい」と思えるのは競技だけではなく、会場の雰囲気やマナーの良さ、ファンが笑顔で楽しんでいる姿を見て感じるものだと思う。私はモータースポーツが多くの人に喜びと感動を与えるものすごいパワーを持っていると信じている。そしてその素晴らしさを伝えるのは競技者や運営、マーシャルやボランティア、そしてファンも含め関わる全ての人にかかっている。1987年に初めて鈴鹿サーキットでF1が開催されたが、ヨーロッパ生まれのF1は当時「たかが」日本と思っていた。しかし今やF1日本GPは「世界最高のファンがいるグランプリ」と呼ばれるようになった。それは日本GPに携わった人たちや企業、そして鈴鹿市の頑張り、ドライバー・チーム関係なくリスペクトし分け隔てなく温かい応援を送るファンがあってこそだ。日本はラリージャパンを最高に盛り上げる為の意識やすべき行動を把握している。さあ、私たちは来年「世界最高のファン」としてWRCを迎え入れようじゃないか。


河村大志