文=浅田真樹

2016年は日本人パイロット室屋義秀が念願の初優勝を飾る

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 レッドブルエアレース・ワールドチャンピオンシップが、2015年5月に日本で初開催されてからおよそ1年半。「エアレース」の存在は、日本でもかなり知られるようになってきた。そこには、エアレースという競技そのものの魅力もさることながら、日本人パイロット室屋義秀の活躍が大きく影響していることは言うまでもないだろう。2009年にデビューした当初は、トップパイロットたちとの経験を含めた実力差は大きく、上位を争うことがままならなかった室屋も、2014年には初の表彰台に立ち(第3戦で3位)、2015年には1シーズンで2度の表彰台に立った(第5戦、第7戦で3位)。

 そして、エアレースパイロットとして5シーズン目を迎えた2016年、室屋は日本(千葉・幕張海浜公園)で開催された第3戦で、ついに初優勝。念願かない、表彰台の一番高いところで勝利の美酒に酔いしれた。

2016年6月5日に千葉の幕張海浜公園で行われたレッドブル・エアレースで唯一の日本人パイロット室屋義秀が初めて優勝した
室屋義秀が「空のF1」エアレース日本人初優勝 - スポーツ : 日刊スポーツ

 とはいえ、2016年をトータルで振り返ると、室屋にとっては順風満帆なシーズンだったとは言い難い。むしろ度重なる困難に苦しめられたと言ってもいいほどだ。

 実際、室屋の2016年シーズンは、開幕戦から2戦連続のオーバーGでスタートした。

 最高時速370キロにも達するエアレースは、パイロットへの荷重(G)が大きく肉体的負担が大きい。下手をすれば頭に血が回らなくなり、ブラックアウト(失神)を起こす危険もあるほどだ。そのため、エアレースでは最大荷重は10Gまでとルール制限されている。これを超えるとオーバーGとなり、その時点でタイムなしの敗退となる。2016年はそのGの計測システムに変更が加えられており、それに対応し切れなかった室屋は2戦続けてオーバーGによる敗退を余儀なくされたのである。

「運次第のクジでも引いているような、エアレースとは違うゲームをしている感じ」

 そんなことを語り不完全燃焼を嘆いていた室屋だったが、日本で開かれた第3戦では地の利を生かし、活動拠点であるふくしまスカイパークで徹底してGをかけ続けるトレーニングを重ねた。その結果、制限荷重を体に覚えさせることができ、安定したフライトを続けられたことで涙の初優勝を手にすることができたのである。ところが、室屋はその勢いを持続させることができなかった。調子が上向いてきたかと思うと、悪天候によって足止めを食ったり、ちょっとしたミスでペナルティを受けたりと、最後まで上昇気流に乗れずじまいだった。室屋が語る。

「優勝するポテンシャルという意味では、チームの実力はたぶん2016年のほうが2015年よりあったと思うけれど、あちこちで歯車がちょっとズレていて、ガガガッと音を立てて回っている感じはありました」

 2015年は全8戦中3戦でファイナル4に進出し2戦で表彰台に立った室屋も、2016年は優勝した第3戦を除けば表彰台はおろか一度もファイナル4へ進出することができなかった。結局、2016年の年間総合順位は6位。シーズン前の目標だった「年間総合で3位以内」には届かず、2015年と同じ順位にとどまった。順位のうえでは現状維持。前に進むことはできなかった。だが、それでも室屋は「年間総合3位を目指していたのでちょっと残念」と言いつつも、「いろいろなことに悩まされた割には、悪くない」と話し、こう続ける。

チーム全体の強さが向上し、勝てる体制が整った

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「2015年は表彰台に2度立ちましたが、実は3位までは行けても、まだ勝てる(優勝できる)ポテンシャルはなかった。それに比べると2016年は1位を取れる力を持ちながら、歯車がガリガリとかみ合わない感じだったので、むしろ2015年よりも手応えは大きかったと言えるかもしれません」

シーズンを通して見れば、どこかギクシャクとしたまま波に乗れずに終わった感は否めない。だとしても、やはり初優勝は大きな一歩だ。室屋は「最終的には、1勝していたことによって(チャンピオンシップポイントを稼ぎ)年間総合6位をキープできたし、メンタル的にひとつの壁を破るという意味でも、初優勝というブレークスルーを経験したことは大きい」と認める。

「同じ6位でもチーム全体の強さは間違いなく上がっている。優勝できるポテンシャルはあると思うので、あとはそれをいかにパッキングしていくか。機体の改良やパイロットのメンタル的なものも含め、チームとしてすべてを固めていけば、2017年はいい結果が得られると思っています」

そして、室屋は力強く続ける。
「勝てる体制は間違いなく整ってきています」

記念すべき初優勝を遂げた2016年。室屋にとっては、数字以上の手応えがはっきりと残るシーズンだったことは間違いない。


浅田真樹

1967年生まれ。大学卒業後、一般企業勤務を経て、フリーライターとしての活動を開始。サッカーを中心にスポーツを幅広く取材する。ワールドカップ以外にも、最近10年間でU-20ワールドカップは4大会、U-17ワールドカップは3大会の取材実績がある。