1世紀以上の歴史を持つアメリカンモータースポーツの原点

アメリカで絶大な人気を誇るインディーカーシリーズは主に北米を中心に開催されるフォーミュラカーレースで年間17戦で行われる。その中の一戦に組み込まれているのがインディ500だ。インディ500の歴史は長く、初開催は1911年と1世紀以上の歴史がある。第一次世界大戦(1917年、1918年)、第二次世界大戦(1942年〜1945年)の期間を除き、今年で103回目の開催となる。

F1(F1世界選手権)のモナコGP、WEC(世界耐久選手権)のル・マン24時間レースと並び、世界三大レースに数えられるインディ500。開催地はインディアナポリス・モーター・スピードウェイという1周約4kmの楕円形のコースでレースは200周で行われる。380km/hというスピードで500マイル、約800km(東京ー広島間)を僅か3時間で走りきるというまさに最速を競うレースである。

自動車の発展と共に愛され、受け継がれてきたインディ500がどれだけ特別でどれほど世界中で愛されているかは観客動員数を見れば知ることができる。公式な発表はされていないが、30万人以上がインディ500を見るためにサーキットへ足を運ぶ。過去には40万人も来場していたほどだ。ゴルフ、野球、サッカー、アメリカンフットボールなど世界的にメジャーなスポーツでもこれほどの観客動員数を誇るスポーツイベントはないだろう。

多くの日本企業も参入するインディ500 優勝賞金はメジャースポーツにも引けをとらない約3億円!

実はインディ500には多くの日本企業が関与している。インディカーシリーズにエンジンを提供しているのはアメリカのシボレーと日本のホンダのみである。レースにおいて重要なファクターでもあるタイヤもブリジストン傘下のファイアストンが1社提供している。

さらに今年からインディカーシリーズのメインスポンサーにNTTが就任した。長くアメリカで根付いてきたレースだが、日本の企業が歴史あるアメリカンレーシングの重要な部分を担っているのだ。ちなみに日本人ドライバーの佐藤琢磨には15社もの日本企業がスポンサードしている。

そんなインディ500を優勝したドライバーはアメリカン・ドリームと呼ぶにふさわしい賞金を手にする事になる。優勝者には約3億円のビッグマネーが舞い込んでくるのだ。しかし全額ドライバーの元に入ってくるかといえばそうではない。

ほとんどのモータースポーツでは順位に応じた賞金というものはなく、基本チームとの年間契約となっており、これはインディカーシリーズでも同じこと。インディ500の賞金はドライバーに全て入るわけではなく、所属チームとの契約でパーセンテージが決まっているのだ。

とはいえ3億円という賞金は他のメジャースポーツの賞金にも引けをとらない額と言えるのではないだろうか。テニスの最高峰ウィンブルドンの優勝賞金(2018年のシングルタイトル)は約3億3000万円、ゴルフのメジャー大会の一つであるマスターズの優勝賞金(2019年)は約2億3000万円と誰もが知るメジャースポーツの優勝賞金と比べても遜色ない。

またインディ500には優勝者以外にも賞金が出る。33台が出走するインディ500だが、33位のドライバーにも最低20万ドルは支払われる。それはインディ500に参戦することがいかに難しいかを物語っている。

インディ500に出走できる33名はスーパーヒーロー

なぜ最下位の選手にも20万ドルという高額な金額が支払われるのか。それを知るにはインディ500の決勝グリッドに並ぶことがいかに困難かを理解する必要がある。

このことについて知るにはフェルナンド・アロンソのインディ500参戦について触れるべきだろう。フェルナンド・アロンソはF1で活躍したドライバーで2005年、2006年のF1ワールドチャンピオンである。現役の中で最強のドライバーとの呼び声高い世界トップクラスのレーシングドライバーであるアロンソ。当時のF1最年少記録を次々と塗り替えていき、F1界の絶対的存在、ミハエル・シューマッハを破り2度のチャンピオンに輝いた。

そんなアロンソがインディ500に参戦したのは2017年のこと。伝統のモナコGPを欠場してまでインディ500に参戦したのだ。オーバルでの戦い方は特殊で、ある程度経験が必要になるも関わらず、初参戦とは思えない圧巻のパフォーマンスを見せつけた。予選ではなんと5番手を獲得し、決勝はエンジントラブルでリタイヤとなるも、27周にわたってトップを走りレースをリードした。

そのアロンソが2019年のインディ500に再び参戦。しかし今年参戦するチームはインディ500に関して経験が浅く予選ではコースに対応できず予選落ちとなってしまったのだ。

2017年はトップチームであるアンドレッティ・オートスポーツというインディ500のノウハウがあり、最も資金力のあるチームからの参戦だったため、アロンソはポテンシャルを発揮することができた。

今回は経験の浅いチームからの参戦とはいえ、世界最高のドライバーであるアロンソが予選落ちしてしまったのは衝撃である。世界三大レースであるモナコGP、そしてル・マン24時間レースを共に連覇したほどの名ドライバーでも、インディ500の決勝の舞台に上がるのは簡単なことではないのである。

このことからインディ500に参戦する33人のドライバーがいかに凄いことを成し遂げているかがわかるはずだ。チーム体制が理由とはいえ、世界最高のドライバーが決勝に残れなかったのだ。インディ500というレースは決勝に出ること自体凄いことで、スターティンググリッドに並ぶドライバー達はスーパーヒーローなのだ。

佐藤琢磨が成し遂げた快挙

2017年、アジア人初のインディ500ウィナーとなった佐藤琢磨。とんでもない快挙に日本でも多くのメディアが取り上げた。

そんな琢磨が再び魅せてくれた。今年もインディ500に参戦した琢磨は苦しい戦いを強いられた。重要なピットストップでタイヤを完璧に装着できておらず、もう一度余計なピットインを強いられたのだ。このミスにより琢磨は2周遅れという絶望的な状況に追い込まれた。

しかし何が起こるかわからないのがインディ500。他車の事故によりフルコースコーションとなる(追い越し禁止という意味の黄旗が振られ、事故車が撤去されるまで先導車の後ろでゆっくり走行しなければいけない)。この絶妙なタイミングでピットインした琢磨はレース終盤にはトップと同一周回となり、前方のアクシデントの影響もあり、5位までポジションを上げていた。残り20周でレースがリスタートされると同時に琢磨は全開でプッシュし2台をオーバーテイク、優勝を目指すも3位でフィニッシュとなった。

周回遅れから3位に入った琢磨の追い上げは見事であり、圧巻だった。

ところが今年のインディ500の結果は日本ではあまりニュースにならなかった。一度優勝をしているだけに3位は大したことがないと判断されてしまったのか、はたまた通常の3位まで表彰される形式ではなく、優勝者だけが表彰されるインディ500ならではの祝福のせいなのかはわからない。

しかし前段の通り、インディ500というレースは出場するだけでものすごいことなのである。その中で3位でフィニッシュすることはとてつもない偉業であり、取り上げられなければいけないニュースなのだ。日本人がインディ500を制するとは数年前までは考えられないことだった。しかし佐藤琢磨は不可能と思われていた事を可能にした。

「No Attack No Chance」

琢磨の信条が伝説を作り、新たな伝説を生み出そうとしている。


河村大志