研究結果がピッチでのパフォーマンスに結びつくことを実感

―2018年に筑波大学で博士学位を取得、その後も研究員としてテーマを探求し続けてきました。安藤さんの研究テーマを教えていただけますか?

安藤梢選手(以下、安藤):博士論文のテーマは、「サッカー戦術技能の達成度評価のためのコンピュータ適応型テストの開発」です。サッカーの戦術を数値で測る測定項目の開発で、これまで測るのが難しいとされてきた戦術能力を測る新しいものさしを作る研究を行ってきました。

―サッカーを学問として研究することで、ピッチレベルではどのような変化があるのでしょうか?

安藤:私自身、研究員と選手生活を両立しながら、競技力の向上を感じています。膨大なデータを集めるために、1日に何試合も国内・海外のサッカーを見て分析するうちに、相手の動きがよく見えるようになりました。相手DFラインの動きが予測しやすくなり、FWとして試合結果に結びつく成長を実感しています。

―研究員から助教へと新しいステージに進むにあたって、どのような想いがあったのでしょうか?

安藤:最近では所属する浦和レッズレディースの後輩選手から、私の経験や研究内容を質問されることが増えてきました。後輩に自分の知見を伝えていくことが楽しく感じられて、チャレンジしようと決めました。

―周りからはどんな声かけがありましたか?

安藤:応援してくれる声が多いですね。「背中を見られるぞ」という激励ももらっています(笑)。

―サッカーを学術的に学びたいという考えは昔からあったのでしょうか?

安藤:思い返せば、大学二年生(筑波大学)の頃からずっと自分の身体でトレーニング実験をしている感覚です。医学、陸上、栄養の先生方にお世話になりながら、体づくりを科学的に行ってきましたね。

―その探究心はどこからくるものなのでしょうか?

安藤:16歳の頃、初めて選ばれたFIFA女子ワールドカップ アメリカ大会での経験ですね。といっても、私はノルウェー戦で10分ほど出場しただけだったのですが、その10分が価値観を大きく変えました。相手にとっては何でもない、カードも出ないほどの接触プレーで、過呼吸のようになりしばらく動けなくなってしまったんです。この差を埋めなくては、世界と戦うにも値しない。進学先を選ぶにあたり、筑波大学の研究室でのトレーニングによって、Jリーガーのフィジカルが向上したという記事を見つけて、ここで勉強しようと決めました。

科学で世界との差を埋める。ドイツで感じた可能性

―その後ドイツでも8年間プレーをしています。ドイツ内で移籍も経験し、3チームでプレーしていますが、大学での勉強内容は生かされましたか?

安藤:まず感じたのは、身体のつくりが圧倒的に違うということ。それは否定できませんが、練習の中でスプリントトレーニングをする時に、身体の使い方をコーチに褒められ見本となったりしました。大学時代、110Mハードルの元日本記録保持者である谷川 聡先生にも教わったり身体の使い方を学んできたからこそでした。科学的根拠に裏付けされたトレーニングによって、日本人選手も海外で戦えるポテンシャルを感じました。

―生まれながらの体格の差も、後天的に埋められると実感したんですね。そのほかに感じた海外と日本の違いはありましたか?

安藤:やはり主張の強さですね。ドイツでは選手が監督に「自分はこういう形で貢献できるから、試合に出してほしい」と直談判するんです。監督としても「あの選手はやる気があるから、今度の試合では使ってみよう」となるわけです。日本に帰ってドイツの時の感覚のままで人と話をしてたら、「謙虚な姿勢も大切にしよう」と言われてしまいましたが(笑)。

―海外では、選手の伝える力もサッカー技能の一部なんですね。

安藤:そうですね。だから私もチームでは最年長ですが、後輩に「もっとガンガン言ってきていいよ」と伝えています。日本でも、徐々に海外の価値観がスタンダードになっていくと思うので。選手が戦術的に意見をぶつけ合うことでより良いものが生まれると思います。

―戦術理解が、監督へのアピールの武器になるんですね。

安藤:「なぜ自分がピッチに必要なのか」を納得できるロジックで伝えるためには戦術理解はすごく大切でした。監督だけでなく、チームメイトにも戦術的にしっかり相手に伝えると信頼してもらえ、高め合うことができました。

WEリーグは選手への刺激に。応援される存在になるために必要なこと

―今年はWEリーグも開幕します。女子サッカー界にどのようなことを期待していますか?

安藤:社会からの関心が高まり、選手自身も今まで以上に注目されるなかで、意識が高まり、リーグの質・レベルをあげていかなくてはいけないと思っています。より観客を魅了するプレーや、選手が増えていくことで、女子サッカーの魅力を広げていきたいです。

―プロ化という側面では、まだ様々な課題もあります。プロよりも、社会人として働く方が、給与が高いケースもあるという声もあがっています。

安藤:もちろん課題を挙げればきりがありませんが、まずは日本サッカー協会(JFA)が女子のリーグを立ち上げ、盛り上げようとしてくれていることに選手として感謝したいです。「私はここで1億円プレーヤーになる!」という気概の選手が出てきてもいいですよね。将来、女子サッカーのプロ選手を目指す子供たちがたくさんでてくるようなもっと夢のある世界にしていきたいという思いは強いです。

―WEリーグの人気を高めていくためには何が必要だと考えていますか?

安藤:まず女子サッカーというものへの関心を高めることです。そのためにはやはり日本代表が勝たなくてはいけないというのを自分自身が経験してきました。2011年のワールドカップドイツ大会で優勝した直後は、メディアでも取り上げられ、スタジアムへの入場者も増えました。あれから10年が経ち、今は人気も衰退傾向だと言わざるを得ません。

 また、よりたくさんの方に知ってもらうためにも地域と密着した活動を増やしていけたらと思います。私が所属する浦和レッズは地域に愛されたくさんの方にあたたかく応援してもらっていますが、さらに今まで女子サッカーに興味のなかった方にも、スタジアムに足を運んでもらいWEリーグを引っ張るクラブにしていきたいです。

―どのような層から応援される存在でありたいですか?

安藤:WEリーグは女子スポーツ全体を背負って立つ存在だと考えているので、ウーマンエンパワーメントを体現して、子供からお年寄りまでみんなに応援される存在になりたいです。

 また、今まで女子サッカーの普及方法は、育成年代へのアプローチが中心でした。子供たちはもちろんですが今後はシニア層にもスタジアムへ足を運んでいただきたいですね。男子サッカーは、試合も観客も激しいのでなかなか見に行きにくいという方も、女子の試合なら比較的腰を落ち着けて見やすいのではないかと思います。お気に入りのクラブや選手を見つけて毎週末の楽しみにしてもらえ、元気を与えられたら嬉しいです。

―安藤選手自身は、今後どのような存在でいたいですか?

安藤:チーム最年長の38歳ですが、歳を重ねるごとに輝く選手になりたいと考えています。現役を続けながら、教員になるという選択に「できるかな?」と不安もありましたが、新しいことに挑むことで女子サッカー選手の新しい道となったらいいなという想いもありました。

 筑波大学と浦和レッズレディースが前向きに応援してくれたおかげで今こうしてチャレンジすることができているのですごく感謝しています。少しでも女子サッカー、女子スポーツに貢献していけるような取り組みをしていきたいです。


小田菜南子