男子4×100mリレーは坂井隆一郎(大阪ガス)、栁田大輝(東洋大)、小池祐貴(住友電工)、サニブラウン・アブデル・ハキーム(東レ)のオーダーで出場。予選1組を37秒71の3着で通過した。決勝は3走と4走のところで減速。サニブラウンが後ろを振り返り、バトンを手にしてから前を追いかけた。37秒83で5位入賞を果たしたものの、予選からタイムを落とした。

 小池とサニブラウンの話を総合すると、サニブラウンがスタートを切るタイミング(距離)は予選と同じで、感覚も悪くなかったという。しかし、予選は5レーンで決勝は9レーン。コーナーの〝微調整〟がうまくできなかったようだ。

 「(バトンを)もらうところで振り返ったので、ほとんど加速ができない状態で走ったと思います」とサニブラウン。この失速でメダル争いから脱落した。それでも来年のパリ五輪に向けて貴重な経験を積んだといえるだろう。

 日本選手団監督を務めた山崎一彦強化委員長も、「優勝記録やメダル獲得記録をみると、まだまだ日本が獲得できる範疇にある」と評価しながら、「メダル実現のためにはバトンワークの精度を上げていくことが必要です。金メダルを狙うなら、走力で米国に劣っている点を考えると、バトンミスをしてはいけないといえるでしょう」と課題を口にした。

 昨年の世界陸上オレゴンは100mを3本走ったサニブラウンがリレーを欠場。坂井隆一郎、鈴木涼太、上山紘輝、栁田大輝のオーダーで予選に臨んだが、失格に終わった。バトンミスがあったとはいえ、そもそも9秒台不在ではメダルを狙うのは難しかった。

 今回の世界陸上ブダペストではサニブラウンが男子100mの準決勝1組で自己タイの9秒97(+0.3)をマークすると、決勝は10秒04(±0)で6位入賞を果たした。大学2年生の栁田は準決勝を突破できなかったが、アジア大会で日本歴代7位タイの10秒02で優勝。他ふたりの自己ベストは坂井が10秒02、小池が9秒98になる。

 純粋な走力では優勝した米国に及ばないが、37秒62で2位に入ったイタリアの100mベストは10秒25、9秒80、10秒13、9秒99。4人の走力では十分に勝ることができる。山崎強化委員長の指摘通り、メダルへの道は日本のお家芸となっているアンダーハンドパスの精度を高めていくのがポイントになるだろう。

 ただし、サニブラウンと小池は米国を練習拠点にしており、国内合宿に参加するのは難しい。またサニブラウンが個人種目でラウンドを重ねることを想定すると、予選はエースを温存して、決勝でアンカーに起用する戦略が良いかもしれない。そして3走で何度も圧巻の走りを披露してきた桐生祥秀(日本生命)の復帰が望まれる。また経験豊富な山縣亮太(セイコー)、多田修平(住友電工)らがメンバーに入ってくればさらに心強い。ベストオーダーを組むことができれば、パリ五輪ではスプリント大国の米国を焦らすこともできるだろう。

 世界陸上オレゴンでメダルに肉薄した男子4×400mリレー。今回は大会前の個人400mで好タイムを連発していたが、世界陸上ブダペストでも快走した。400m予選は1組で佐藤拳太郎(富士通)が日本記録(44秒78/高野進)を32年ぶりに更新する44秒77をマーク。同4組は佐藤風雅(ミズノ)が日本人3人目の44秒(97)台、同5組は中島佑気ジョセフ(東洋大)が45秒15で駆け抜けて、3人とも予選を突破した。

 準決勝は1組で佐藤拳が44秒99、2組で佐藤風が日本歴代3位の44秒88、3組で中島が同5位の45秒04をマーク。決勝進出を果たすことはできなかったが、日本勢3人はハイアベレージの記録を残した。

 男子4×400mリレーの予選には地主直央、佐藤風、佐藤拳、中島のオーダーで出場。しかし、地主がリズムに乗せず、出遅れた。バトンパスは7番手となり、佐藤風は思うように順位を上げられない。佐藤拳が5番手に浮上して、アンカー中島も最後は前に迫ったが、5着でフィニッシュ。日本歴代2位の3分00秒39をマークしながら、決勝進出ラインに0秒16秒届かなかった。

 地主は8月上旬のユニバーシティゲームズで45秒58の自己ベストを出して4位に入っている選手。調子は良かったはずだったが、重圧があったのかもしれない。4×400mリレーは第2走者のバックストレートからオープンレーンとなるため、そこまでの順位が非常に重要だ。世界陸上オレゴンでは佐藤風が1走を務めている。結果論になるが1・2走を入れ替えた方がスムーズだっただろう。

 山崎強化委員長も「選手の特性からオーダーを決めましたが、その流れがうまくいかなかったのは反省点です。ただタイムは悪くはありませんでした。良い環境のなかで高速レースになったことも敗因だったかなと思います」と振り返った。

 マイルリレーのエース格だったウォルシュ・ジュリアン(富士通)が代表から漏れて、大会の約3週間前に日本歴代10位の45秒19をマークした岩崎立来(三重スポ協)は「ケガのため」に出場を辞退した。選手層の薄さがチームの戦略に影響した可能性もある。

 そして個人的に驚かされたのが同組に出場したインドだ。日本が保持していたアジア記録(2分59秒51)を塗り替える2分59秒05の2着で決勝に進出した。インドの400mベストは45秒21、45秒68、45秒36、45秒67。決勝では5位入賞を果たした。

 なお男子4×400mリレーは米国、フランス、英国がメダルを獲得。3位英国のタイムは2分58秒71だった。パリ五輪でメダルを目指すとすれば、2分57~58秒台のタイムが必要になると考えて準備をしていくべきだろう。

 佐藤拳太郎は成田空港での帰国後会見で、「予選は通るだろうという慢心があったのかもしれません。今後は選手・スタッフ全員がメダルを取るという意識を持つことが必要だと感じています」と厳しい表情を見せた。それでも男子400m勢のレベルは急上昇している。来年のパリ五輪では悲願のメダル獲得を期待せずにはいられない。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。