世界選手権で金字塔か

 成長ぶりのインパクトで名前が挙がるのが、男子110㍍障害の泉谷駿介(住友電工)だろう。国内をけん引する存在だったが、今年は海外でも確かな足跡をしるしたのが大きい。

 6月4日の日本選手権で自身の持っていた日本記録を塗り替える13秒04をマークして3連覇。12秒台の大台突入を感じさせる快走だった。勢いは海を渡り、6月30日にはDLデビューとなったローザンヌ(スイス)大会でいきなり優勝。日本男子としてDL史上初制覇の節目でもあった。7月23日のDLロンドン大会は海外の強豪も出場した中で2位と存在感を知らしめた。優勝したのは世界選手権2連覇中のグラント・ホロウェー(米国)だったが、泉谷は接戦を演じてわずか0秒05差だった。順大出身の23歳は「挑戦者の気持ちだけど自信がついてきている」と語る。世界選手権ではこの種目で日本勢初の決勝進出はおろか、表彰台さえ狙える力を備えている。

 女子では北口が昨年以上の充実さを披露している。日本選手権こそ2位に甘んじたが、徐々に投てきがかみ合って6月9日のDLパリ大会で優勝。7月16日のシレジア(ポーランド)大会では自身の日本記録を4年ぶりに更新し、67㍍04をマークしてDL通算4勝目を挙げた。最新の世界ランキングでは1位。これまで世界選手権の日本女子で金メダルを獲得したのはマラソンしかない。「自分が万全に準備すれば、しっかり記録が出る」と意欲を口にする。笑顔がトレードマークの25歳。新たな金字塔を打ち立てる可能性は十分にある。

物おじしない大学生たち

 大学生の飛躍も目立っている。男子3000㍍障害で東京五輪7位の順大4年、三浦龍司は強さをキープしている。その他、海外でも物おじしない立ち振る舞いで頼もしさを感じさせる若武者たちが頭角を現してきた。

 まずは男子100㍍の柳田大輝(東洋大)。昨年は世界選手権に400㍍リレーのメンバーとして選ばれた20歳の有望株で今季は着実にレベルアップしている。7月1日の実業団・学生対抗で自己記録を0秒03更新する10秒10で優勝。約2週間後のアジア選手権(バンコク)では無風の条件下、さらに0秒08上回って10秒02の自己ベストを出して制した。9秒台も目前に迫り「最高の状態で世界陸上に臨みたい」と気持ちも乗っている。

 同200㍍では鵜澤飛羽(筑波大)がアジア選手権で大会新記録となる20秒23で制覇した。潜在能力は折り紙付き。中学までは野球に打ち込み、宮城・築館高時代に本格的に陸上を始めた。2年生のときに早くもインターハイで100㍍と200㍍の2冠に輝いた。大学入学直後に左脚に重度の肉離れを負って出遅れていたが徐々に回復。今季は5月の静岡国際で飯塚翔太(ミズノ)らを抑えて優勝すると日本選手権でも初制覇と、文句なしに国内のトップに躍り出た。「しっかり自分の走りをすれば前に出られると分かっていた」と話すように強気な姿勢も魅力の20歳だ。

 短距離は海外の強豪とレベルの差が否めない。ただ、昨年の世界選手権で男子100㍍のサニブラウンが壁を突き破ったように、柳田や鵜澤にも可能性は無限に広がっている。

マーケット拡大に格好の時代

 女子中長距離のエース、田中希実(ニューバランス)は所属していた豊田自動織機を退社してプロとして活動することを4月に宣言した。その後ケニアでの合宿など、殻を破るべく精力的にトレーニングを積んでいる。現代ではアスリートが競技活動の対価として報酬を得ることが当たり前。今回の世界選手権をマネーの面から見てみる。

 優勝賞金が7万㌦(約1千万円)で2位が3万5千㌦、3位は2万2千㌦。さらに世界新記録を樹立すると10万㌦(約1400万円)のボーナスが支払われる。ちなみにDLの賞金は通常の大会で1位1万㌦、2位6千㌦、3位が3500㌦に設定。上位者によるファイナルでも1位3万㌦、2位1万2千㌦、3位7千㌦だから世界選手権の特別感が表出している。この他に、日本陸連からは報奨金として1位に300万円、2位200万円、3位100万円が贈られる。

 ここ数年は毎年のように陸上にスポットライトが当たる特異な時期だ。2021年の東京五輪を皮切りに昨年と今年に世界選手権、来年にはパリ五輪が実施される。締めくくりは2025年の世界選手権東京大会だ。発端は、新型コロナウイルスの影響による東京五輪の1年延期。世界選手権の日程もずれ込み、異例の2年連続開催となった。選手たちにとっては格好のアピールの場が続くことになる。日本陸連の山崎一彦強化委員長は今大会の選手団について断言した。「史上最強のメンバー」。若い世代の飛躍で活性化すれば、賞金や報奨金以外にも新規スポンサー契約など、陸上界を取り巻くマーケットの拡大が待っている。


VictorySportsNews編集部