楽しい一色
芸能事務所に所属したといっても、これといって何がやりたいとかはなかったので、レッスンを受けながら、もらったお仕事を全部やっていました。翌年、中学3年になったときには、スタジオで撮影してもらうモデル仕事も経験させてもらった。やっぱりい嬉しかったですよ。
あの頃、『LIRY』(リリー)という九州限定のファッション誌があったんです。福岡のスタイリストさんが編集長で、天神発のファッションがいっぱい紹介されていて。福岡、九州の女の子たちのファッションといったら、やっぱり天神発ですよ。東京で言ったら竹下通りというか裏原宿というか、歌舞伎町というか、全部が混じった感じの場所です。
この頃は、楽しい一色でした。中学で友達とおしゃべりして、学校が終わったらダンスの練習をして、土日は福岡に行ってレッスンや、ちょっとしたお仕事をさせてもらって。いろいろ考えなきゃいけないなと思うようになったのは、高校に入って、映画の撮影を経験してからです。能古島(のこのしま)って聞いたことありますか?
なつやすみの巨匠
博多湾の真ん中にあって、福岡の人は誰でも知っている小さな島なんですけど。形がひょうたんみたいって言う人と、なすびみたいって言う人と2パターンあります。展望台とかお花畑(のこのしまアイランドパーク)もあって。地元の子たちをワークショップに呼んで、そのまま、この島を舞台にした映画を作るというプロジェクトに参加しました。
水谷豊さんの『相棒』とかアニメ『黒子のバスケ』の脚本を書いた入江信吾さんが企画した『なつやすみの巨匠』(中島良監督)という作品です。入江さんは福岡の出身で、主演の野上天翔さんや博多華丸さん、板谷由夏さん、リリー・フランキーさんも、みんなそう。そこになぜか、鹿児島出身の国生さゆりさんと長崎出身の私が親子役で入っていて。
国生さんが主人公シュン(野上)のお母さん、私がお姉ちゃんでした。そのときは出身地がどうとかより、初めて「THE・芸能」を感じて、緊張しっぱなしでした。テレビの画面の中でしか見たことない人たちがすぐ隣にいるので、頭が真っ白になっちゃって。
ダンスのパフォーマンスではそんなに緊張しないんです。小さい頃からずっと練習してきて、それなりに自信もあるので。あとモデルの真似事をするときも、ポージングするのは自分ひとりじゃないですか。だから失敗しても、自分が恥ずかしいだけだから思い切ってやろうとか、踏ん切りもつきやすいんですけど。
役者さんの仕事は、失敗したら自分が恥ずかしいとかそういう話ではなくて、主役の人からエキストラさんまで、その場面を一緒に構成している人たち全員を巻き込んじゃうわけじゃないですか。なんかもう、ガチガチになっちゃって。それまで、自信を持てるほど芝居の稽古をしてきてもいないし、楽しい一色じゃ済まされないなって。これがお仕事だなって。
震えていたら、国生さゆりさんが声をかけてくれたんです。「あなたの思うようにやりなさい」。優しくて、かっこよくて、しびれちゃいました。スターはほんと違いますよね。
ゴルフはまだ始まらない
自分のやっていることについて、もうすこし真剣に向き合おうと思ったきっかけは『なつやすみの巨匠』と、もうひとつありました。『くーみんテレビ』という福岡ローカルの番組で生まれた『久留米恋日和』。ちょっと変わったミュージックビデオのシリーズで、私はVol.3に出してもらいました。
MVなので芝居といえるようなことはやっていなくて、現場ではキャッキャッって感じで、ただ遊んでいただけです。それなのに出来上がったMVを見たら、すごく素敵な音楽と編集の力で、自分で、自分が可愛く見えてきたりして。
それで、MVで流れていた音楽に興味が湧いて調べ始めたら、あっ、私、恵まれているんだなって分かりました。『久留米恋日和』の音楽をつくってくれたの、川口賢太郎さんなんです。しかも、わたし、現場でも会っていて。
川口さんは、全体の演出をしてくれたMV監督のサイゴウミチノリさんと一緒に撮影もしていて、そのときは身体の大きな、物静かな人だなと思ったぐらいで。ミュージシャンだなんて、ぜんぜん思わなかったですね。当時、私が聴いていたのは、父が好きだったかりゆし58とか、そういうミクスチャーというか、ロックテイストの音楽が多かったので。
だけど、後からネットで調べたら、川口さんと同じ名前のメンバーがいるバンドがあったんです。54-71(ごじゅうよんのななじゅういち)……変な名前。でもYouTubeで昔のライブ映像とか見たら、ちょっと怖いぐらいかっこよくて。ほとんど後ろを向いているベースの人、ときどき前を向くと、ものすごく怖い顔した、若かりし川口さんでした。
安達葵紬 あだちあおぎ
1999年3月4日, 長崎県生まれ. 二人組ユニット「カノサレ」のメンバーとしての活動を中心にモデル, 舞台などで幅広く活躍している.西日本鉄道株式会社のCM「空気イス女子高生」では高い身体能力を発揮. 映画『なつやすみの巨匠』(2015), 『ファンファーレ』(2023)では, 名だたる出演者のなかにありながら独特の存在感を放っている.