成長を続ける美和、冷静な試合運びとパートナーとの絆が光る
WTTコンテンダー ブエノスアイレスでの躍動
飛行機での長距離移動、時差、そして慣れない環境 。通常であればコンディション維持が非常に難しい状況だが、この舞台で美和選手は躍動した。得意のバックハンドから放たれる高速ドライブ、得点力の高いフォアハンド強打。一見すると華麗な攻撃的な卓球だが、その根底にあるのは冷静沈着な試合運びだ。どのような状況でも諦めず、常に次の戦略を練る。ミスをしても下を向かず、すぐに気持ちを切り替える。その精神力の強さと、常に温かい目で背中を押しているコーチでもある父の支えが、彼女を勝利へと導いた。また日本代表のスポンサーで美和選手と個人契約も結んでいる株式会社タマスが研究開発し投入した新しいラバーもとても馴染み、長所を生かしたプレーを助けているという。
特に、彼女の卓越した戦術眼は、準々決勝で対戦した日本の佐藤瞳選手との試合で際立っていた。互いの手の内を知り尽くした日本人対決は、技術とメンタルがぶつかり合う激戦となった。佐藤選手のカットマンとしての粘り強いプレーに対し、美和選手は決して焦ることなく、着実にポイントを重ねていく。相手のミスを誘うバックハンドカウンターや、要所で放たれる強烈なフォアハンド。彼女の勝利は、単なる力の差ではなく、知的な卓球の勝利だった。
そして迎えた決勝では、日本のTリーグで同じ木下アビエル神奈川に所属する台湾の鄭 怡静選手と対戦。2020年東京オリンピックのメダリストでもある相手に、持ち前の攻撃力でねじ伏せ、見事シングルス優勝を果たした。
ダブルスでも、パートナーの大藤沙月選手との息の合ったコンビネーションで頂点に立った。ダブルスは一般的に右利きと左利きのコンビが良いとされるが、この右利き同士の2人は、互いの強みを引き出し合う連携プレーがとても印象的だった。美和選手の多彩なバックハンドと、大藤選手の力強いフォアハンド 。この絶妙なバランスが勝利をもたらし、互いのプレーを信頼し、声を掛け合い、勝利への意志を一つにする。その絆の強さが、彼女たちを南米の頂点へと導いた。
フォズ・ド・イグアスでのさらなる飛躍
アルゼンチンからブラジルまでは近いとはいえ、飛行機で2時間の移動。しかし、美和選手に疲れの色は見えず、むしろ前大会の勢いそのままに、さらにギアを上げていくかのようなパフォーマンスを見せた。これは、彼女が心身ともに成長している何よりの証拠だろう。
シングルス準々決勝では、韓国のチュ・チョンヒ選手と対戦。昨シーズンまで美和選手と同じ木下アビエル神奈川に所属しており、パワーとスピードなどすべてにおいて技術レベルが高い強敵だった。ここでも美和選手の冷静さが光り、チュ・チョンヒ選手のパワフルな攻撃に対し、決して力で対抗しようとはしなかった。相手の強打をブロックし、チャンスと見るや強烈なドライブで反撃。相手の力を利用するような巧みな技術で冷静に対処し、この対応力の高さが、彼女の卓球の幅広さを示している。
準決勝では、日本の橋本帆乃香選手との対決 。再び日本人同士の対戦となった。橋本選手は粘り強いカットを主戦とする正確なボールコントロールが武器。美和選手は、相手の粘りにかなり苦戦するも、徐々に戦術を修正 。最終ゲームまでもつれ込んだが、コースの読み合い、ボールの回転、駆け引きを制したのは美和選手だった。
そして迎えた決勝戦の相手は日本の長﨑美柚選手。決勝の舞台で、またしても日本人同士の対決が実現した。バックハンドの強打を得意とする攻撃的な選手だ。壮絶なラリー戦。まさに激戦だったが、美和選手は最後まで集中力を切らさなかった。第6ゲームまでもつれ込んだ試合で、勝負を決めたのは、彼女のメンタルの強さ。土壇場で放たれたサービスエース、そして力強いフォアハンド。見事、この大会でもシングルス優勝を果たした。
ダブルスでも、大藤選手とのペアで優勝を飾り、2大会連続の2冠という快挙を達成。中国人選手が不在だったとはいえ、すべての試合で勝ち切り、完璧な結果を残したことは、彼女の実力と精神力の成長を証明するものにほかならない。厳しい移動スケジュールと、プレッシャーの中で結果を出し続けたことは、彼女がトップレベルの選手として、さらに一歩階段を上ったことを示している。大藤選手とのコンビネーションも回を重ねるごとに精度を増しており、今後の活躍にも期待が高まる。

偉業の裏側、17歳の素顔
南米での大躍進を支えたもの。それは、彼女の天真爛漫な明るさと、周囲への感謝の気持ちだ。
「長距離の遠征で疲労が心配されるが…」。多くの人が抱く懸念に対し、美和選手は飄々としている。彼女のポジティブな性格は「寝れば元気になります!」という言葉に表れている。練習の疲れも、遠征の疲れも、たっぷり睡眠をとればリセットできる。そんなシンプルで、それでいて力強い言葉。卓球選手としての並外れた才能に加え、この明るさこそが、彼女の強さの源泉なのかもしれない。
この言葉の裏には、プロフェッショナルな自己管理能力が隠されている。遠征中は時差や環境の変化で睡眠リズムが崩れがちだが、彼女は自分の体の声に耳を傾け、最適な休息をとる方法を熟知している。若さゆえの回復力ももちろんだが、トップアスリートとして自分の体をケアすることの重要性を理解している証拠だ。
試合会場では真剣な表情でボールを追いかける美和選手だが、ひとたびコートを離れれば、17歳らしいチャーミングな笑顔が弾ける。チームメイトとのおしゃべりや、ファンとの交流。そのギャップが、多くの人々の心を掴んで離さない。卓球という真剣勝負の世界で戦う彼女が、コート外ではごく普通の高校生としての顔を持っている。この二面性が、彼女の人間的な魅力をさらに高めている。
特に印象的なのは、彼女が発する「ありがとうございます」の言葉だ。コーチやスタッフ、そしてファン、家族。勝利のたびに、関わるすべての人々への感謝を口にする。それは単なる社交辞令ではなく、心からの感謝の気持ち。彼女の謙虚な姿勢が、周囲を惹きつけ、さらに大きな応援の輪を生んでいる。
南米遠征中も、試合の合間には現地の文化に触れ、楽しむ姿が見られたという。ブラジルの雄大な景色を眺め、新たな発見に目を輝かせる。卓球だけではない、広い視野と豊かな感性が、彼女の卓球にも新たなひらめきをもたらしているのかもしれない。異国の地で得る新しい経験は、彼女の卓球だけでなく、人間としての成長にも繋がっている。
視線の先にある新たな舞台
南米で確かな手応えを掴んだ美和選手。彼女の次の舞台は、日本で開催されるWTTチャンピオンズ横浜大会だ。世界のトップ選手が集結するこの大会には、もちろん世界ランキング上位の中国人選手も出場する。
南米で磨き上げた戦術、そして勝利への確信。それらを胸に、彼女は日本のファンの前で、どんな試合を見せてくれるのか。
世界ランキングの上位選手との対戦は、彼女にとって大きな挑戦だ。しかし、彼女は臆することはないだろう。むしろ、ワクワクしているに違いない。中国人選手を相手に、彼女のバックハンドがどこまで通用するのか。彼女の冷静な試合運びが、強豪選手を相手にどこまで通用するのか。ファンもメディアも、固唾を飲んで見守ることになるだろう。
「もっと強くなりたい」。彼女の心の声が聞こえてくるようだ。勝利への飽くなき探求心、困難に立ち向かう勇気、そして17歳らしい明るさと無邪気さ。張本美和という一人のアスリートは、私たちの想像をはるかに超えるスピードで成長を続けている。
WTTチャンピオンズ横浜大会。南米の地で大きな成長を遂げた新星が、今度は日本のファンの前で、どんな輝きを放つのか。彼女のパフォーマンスから、目が離せない。この夏、日本の卓球界に、美和旋風が巻き起こる予感がする。